シェアハウスのチャノマが商店街の空気を動かした!?-縁をつなぎ、縁を広げる空間「コトナハウス」とは?:基礎研レター

居間のような部屋では、女性と男性がテーブルを前にお茶を飲みながら、おしゃべりしているようだった。

1――「コミュニティ型賃貸住宅」に「共感コミュニティ」をプラスする

「コミュニティ型賃貸住宅」は、入居者同士や入居者と地域住民とのコミュニティを育む賃貸住宅のことで、最近、少しずつ導入事例が増えている。

以前執筆したレポートでは、コミュニティ型賃貸住宅を導入することで、共助の関係に前向きな世帯を地域に呼び込み、やがて同じ地域で持ち家を得て、地域の担い手となっていくことが期待できると論じた。

別のレポートでは、人々の共感に基づくゆるやかなつながりである「共感コミュニティ」を取り上げ、共感コミュニティが地域に増えていくことで、暮らしていて心地よい地域社会をもたらすはずだと主張した。

その頃から、「コミュニティ型賃貸住宅」と「共感コミュニティ」を足すと、さらに地域にとってよい効果をもたらすのではないかと考えていた。

つまり、コミュニティ型賃貸住宅に、「地域に開かれた場所」を設けて、住人と地域の人、様々な背景を持った人との共感コミュニティを育む。そうすれば、単にそこに暮らしているだけでは得られない多様なつながりを持った、共助の関係に前向きな世帯が、地域の担い手になっていくのではないか。

2015年4月にオープンした「コトナハウス」(*1)は、まさにそのような場と言える。

2――コトナハウス-子どもと大人が学び合う場

1|地域に開かれた場所が備わったシェアハウス

コトナハウスは、東京都国立市の、JR南武線谷保駅から5分ほど歩いた商店街にある。「ダイヤ街」と大きく表示されたアーケードの入り口を入るとすぐに、「コトナハウス」と書かれたガラスの引き戸が眼に入る。

引き戸の外から中の様子がよく見え、少し広めの玄関といったタタキの間に続いて、居間のような部屋がある。そこで女性と男性がテーブルを前にお茶を飲みながら、おしゃべりしているようだった。

「こんにちは」と言って中に入ると、「こんにちは、どうぞー」と返してくれ、上がるように促してくれた。そこに、奥からもうひとり小柄な女性が出てきてあいさつしてくれた。コトナハウスを運営する落合(おちあい)加依子(かよこ)さんだ。

落合さんによると、この居間のような場所は「チャノマ」と呼んでおり、「地域の人と住人が使い合う場所」と説明してくれた。チャノマの脇にはキッチンがあり、キッチンの奥にはシェアハウス住人用のリビングがある。

リビングから階段を上がった2階が住戸という構成だ。4つの住戸のうち3つは個室で、1つはドミトリー(相部屋)になっている。ここに現在5名が入居している。

シェアハウスの中に、チャノマという地域に開かれた場所が備わり、全体が「コトナハウス」である。落合さんはコトナハウスを、「子どもと大人が一緒に学び合う場」と考えている。

近所の子どもがここに集い、住人である大人と出会って一緒にワイワイと遊び、語り合う。そこから子どもも、大人も様々なことを感じ取り、学んでいく。

だからこそ住宅の中にチャノマがあることが重要だという。さらには、商店街にあることで、誰でもフラリと立ち寄りやすく、地域の人ともつながりやすい。

このようなコトナハウスのあり方に共感した人がシェアハウスに入居する。

落合さんは、以前から「子どもたちにとってあったかい家」のような場所を持ちたいと考えていた。そこに子どもも、大人も自由に集い、好き好きにくつろいで過ごす。

自分自身もそこでしたいことをしながら、皆と一緒にいる時間を楽しむ。その考えに共鳴してくれた建物オーナーと一緒にこの場所をかたちにした。

「みんなが楽しんでくれることをしたい。それが私にとっての幸せだと考えて始めた。私とオーナーさんとで始めた場所だけど、他の人もここが好きだと感じて来てくれるとうれしい」と、コトナハウスへの思いを語ってくれた。

2|チャノマの運営

チャノマは、「チャノマ―」と呼ばれるメンバーと住人とで運営している。チャノマ―になると、チャノマの留守番や、チャノマを使った活動ができる。チャノマ―は現在12名、ほとんどが近隣に暮らす人だ。月会費(*2)の他、チャノマを使って活動するときは1時間あたり500円を支払う。

ご飯をつくってみんなで一緒に食事をする「となりでごはん」という取り組みや、ベビーマッサージ、リトミックダンスなどが、チャノマ―によって定期的に行われている。

留守番だけのチャノマ―もいる。土、日曜日の午後、13:00~16:00は極力チャノマを開けていて、その時は誰でも入ることができるが、必ず留守番を2名置くようにしている。留守番をするチャノマ―は、訪れた人たちと会話したり、時には子どもと一緒に遊んだりして過ごす。

ここで何かをしたいというより、人と接することが好きで、人が自由に集うこの場所そのものに共感する人たちだ。

3|学びあうための主催プロジェクト

コトナハウスが主催する取り組みも行っている。2015年は、子どもたちが紙粘土でお菓子の家をつくる、「おかしのいえプロジェクト」を半年ほどかけて実施した。

2016年1~3月に、商店街を舞台に実施した「テラコヤプロジェクト」は、子どもたちがお店の人にインタビューし、その内容をまとめたカードを取材に応じてくれたお店にプレゼントするという企画だ。

参加した子どもたちは延べ50~60人。プロの編集者から取材方法を学び、お店の人から地域のことを学ぶ機会になった。

3――コトナハウスの住人は地域の担い手となるか

オープンしてからこの間、入居者も少し入れ替わり、落合さん自身も最近、パートナーを得たのを機に近くのマンションに引っ越した。相手は一緒にコトナハウスに入居していた方だ。現在は2人でコトナハウスの運営に携わっている。

落合さんは、オープンから約2年経過して、「コトナハウスに行くことが楽しいと思ってくれる人が増えてきた。居心地よく過ごせる場になってきた」と評価する。

商店街の人にもようやく知られるようになってきたという。商店街の新年会をコトナハウスで実施するなど、商店街一員としての配慮も怠らない。

チャノマ―のひとりLさんは、「チャノマを開けていると、近所の子どもが来たり、親子連れがフラッと入ってきたり。入ってこなくても、立ち止まって覗いていく人がいて、商店街の空気を動かしている」と教えてくれた。

住人のYさんは、「外から帰ってくると、いつも誰かいるし、初めて会う人も多いので、毎日ワクワクしながら暮らしている」、「ここに住んで人とのつながりが広がった。住んでいなかったらそれはなかったと思う。コトナハウスは、縁をつなぐ場所、広げてくれる場所だ」と話してくれた。

こうして話しを伺うと、共助の関係に前向きな住人が、チャノマで育まれた共感コミュニティを通じて、実際に多様なつながりを得ていることが分かる。

今後、コトナハウスを出てからも近くに暮らし、地域の担い手になっていくのだろうか。現在の入居者は全員20代で単身。学生もいるため、この先ダイレクトに地域の担い手として活躍する姿は描きにくい。

しかし、落合さんとパートナーがそうであるように、いずれ愛着を持ったこの地で世帯形成し、地域の担い手となる住人も登場するのではないかと感じる。

落合さん自身は、けっして地域をよくしたいと思ってコトナハウスを始めたわけではない。落合さんが、「みんなが楽しんでくれる顔が、私の幸せ」と言うように、いわば、自分自身のためにしたことで、ここに集う人を楽しませている。

その状況が、地域の雰囲気を明るくすることにつながっているのではないか。Lさんが、「商店街の空気を動かしている」と表現したのはそのことだと思う。

自分の興味関心で始めたことが、人のためにもなり、地域にも好ましい影響を与える。運営する人、利用する人、地域の人の3者にとって幸福な状況をつくろうとしている。それを始めた落合さんは、既に新たな地域の担い手と言えるだろう。

住人とチャノマ-も、チャノマの運営を通して、共感コミュニティを育んでいる点で、新たな地域の担い手と考えていいのではないか。

だからこそ、いったんコトナハウスを巣立ったとしても、今度はチャノマ-として運営に参加する、あるいは、また別の共感コミュニティをつくるなどして、住人が新たな地域の担い手となっていくことは、十分期待できると思うのである。

(*2) チャノマ―の月会費は1,000円+光熱費300円だが、2017年4月から、もう少し参加しやすくするため月会費を500円に値下げすることを検討している。

関連レポート

(2017年2月28日「基礎研レター」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

社会研究部 准主任研究員

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