群れ戦略か、縄張り戦略か-生き残りに向けて、環境変化にどう対応すべきか?:研究員の眼

生物の集団が、環境に適応して生き延びていく様子には、個体が集合する群れ戦略と、個体が分散する縄張り戦略が観察できる。

人間社会の中で、個人がどのように振舞うべきかを考えるときに、自然界の生物の姿が参考になることがある。ゲーム理論では、生物の集団の観察を踏まえて、そこから人間社会の適応戦略を導き出すということが行われている。

その中で、群れと縄張りという、対照的な2つの戦略について紹介したい。

生物の集団が、環境に適応して生き延びていく様子には、個体が集合する群れ戦略と、個体が分散する縄張り戦略が観察できる。

群れ戦略には、いくつかの利点がある。

まず、1つ目に、群れることで周囲への警戒監視機能が向上する。天敵が接近してくるリスクに対して、各個体がそれぞれ、全方位を四六時中監視することは難しい。しかし、群れを作り、分担して監視すれば、常時警戒することが可能となる。

2つ目に、もし、天敵に襲われたとしても、捕食される個体の数は限られ、大多数の個体は生き延びることとなる。つまり、各個体にとって、捕食されるリスクは薄まることとなる。

このように群れ戦略は、天敵への警戒を高められ、各個体の捕食のリスクを減らすことができることから、イワシのような魚や、シマウマのような動物でよく観察される。

ただし、群れ戦略には欠点もある。群れが極端に大きくなると、群れの中での餌の奪い合いが深刻になったり、群れ社会の中の上下関係が複雑化したりする。そして、争いごとが増えていくのである。

これに対して、縄張り戦略は、個体が分散することで、限りある資源を分かち合うことを目指す。縄張りがうまく機能すれば、各個体はお互いに、ほどよい距離を保ちながら、自分の縄張りの中の餌を独占できる。

また、繁殖のためにも縄張りが有効である。繁殖行動や子育ての際に、縄張りがあることで、巣作りをして、安定的に生活することができる。

縄張り戦略は、肉食動物のトラや、魚のアユなどで観察される。しかし、縄張り戦略も、うまくいかないことがある。資源に対して、個体の数が多過ぎると、縄張りを作れない個体が出てくる。

すると、そうした個体が縄張りを侵すことを防ぐ為に、縄張りの主は、警戒を怠れなくなってしまう。こうなると、縄張りの中で、悠然と餌を独占することは難しくなる。

このように見ていくと、どちらの戦略にも、一長一短があることがわかる。これらには、人間社会にも当てはまる要素が多い。

例えば、企業で働く従業員は、群れ戦略をとっていると言える。

企業を取り巻く様々なリスクへの警戒を高めて、その存続を図り、対価の報酬・給与を受け取ることで、生活を営んでいる。しかし、企業の中には、社会ができて、そこでの人間関係が問題を引き起こすこともある。

例えば、一部の従業員が怠けて機能を十分に発揮しなかったり、ポストの奪い合いなどで従業員間の派閥争いが生じたりして、業務が非効率になってしまうことがある。

一方、縄張り戦略は、新たな産業分野で、ベンチャー企業のオーナーが、新規技術により優位性を持つケースなどに見られる。特許により、新規技術を知的財産化して、縄張りを強固にすることができれば、そこで安定的な事業運営が可能となる。

しかし、特許取得前に、類似の新興企業が出現して、市場を奪い合うようなことになれば、縄張りを保つことは難しくなる。

この2つの戦略には、優劣はつけられない。

例えば、いつも群れ戦略をとる生物の集団は、環境への適応がうまくいかないと、全滅してしまうことがある。一方、縄張り戦略に固執していると、個体数が増えてきた場合に、いさかいが絶えず、各個体が疲弊してしまいかねない。

そこで、企業や個人の置かれた状態によって、2つの戦略を使い分けることが重要となる。

例えば、縄張り戦略をとるアユは、個体数が増えて、その戦略の優位性が薄れると、群れ戦略をとるようになる。この例からも学べるように、大切なことは、1つの戦略に固執するのではなく、臨機応変に戦略を使い分けることである。

周囲の環境を見ながら、どちらの戦略を取るかを臨機応変に変えていくという戦略は、「メタ戦略」と呼ばれる。メタ戦略を実施する際は、周囲の環境変化を察知する能力が不可欠となる。

また、メタ戦略は、戦略の多様性を増すことも意味する。群れ戦略か、縄張り戦略かの二者択一ではなく、その2つの戦略をどのように組み合わせるかで、多くのメタ戦略が考えられる。

このことは、多様な考え方や価値感を生み出すことにつながる。

十分な多様性があれば、環境の変化があっても、生物の集団全ては死滅せずに、生物種として、生き延びる可能性が高まるだろう。

アユがどのように2つの戦略を使い分けているのか、興味深い。関連する生物学の調査・研究の進展を期待したい。

われわれ人間も、アユを見習って、周囲の環境を見ながら、柔軟な戦略をとることが必要と思われるが、いかがだろうか。

関連レポート

(2016年10月6日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

保険研究部 主任研究員

注目記事