WDの東芝半導体子会社売却への介入・株式取得は独禁法違反の疑い

東芝は、WD陣営に半導体子会社を売却する方向で交渉すべきではない。

迷走に次ぐ迷走を重ねてきた東芝の半導体メモリー事業の売却をめぐって、協業先の米ウェスタンデジタル(WD)の陣営に独占交渉権を与える方向で調整に入ったと、8月30日の日経新聞一面で大きく報じられた。そして、このような動きについて、世耕弘成経済産業大臣は、29日の閣議後の記者会見で、「東芝とWDが前向きな形でコミュニケーションを取っているとすれば、一定の評価はしたい」と述べ、歓迎する意向を示したとのことだ。

東芝は、6月に、韓国の半導体大手SKハイニックスや米ファンドからなる「日米韓連合」を優先交渉先に選んだが、WDが反発して法的措置に出たことから、交渉が行き詰まっていた。東芝の方針が二転三転し混乱を重ねている原因について、経産省の意向に振り回されているとの指摘もある(【経産省に振り回される東芝...再建の命綱・半導体事業売却が頓挫の可能性、国のいいなり経営】)。

今回、東芝が、WDの陣営に独占交渉権を与える方向で調整に入ったと報じられた途端、経産大臣が、すぐ様、その動きに対して「一定の評価」を明言したことは、経産省が、自らの意向で東芝を「振り回してきたこと」を、大臣が図らずも自白したということだ。

しかし、東芝がWDの陣営に独占交渉権を与えるなどということは、全く論外である。

そもそも、WDは、半導体メモリー事業に関して東芝と競争関係にある。そのような競争業者が、東芝がその事業に関して行おうとしている決定に介入してくること自体が、日本の独占禁止法に違反する。

独占禁止法2条9項で、「この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう」とされ、6号で、

六 前各号に掲げるもののほか、次のいずれかに該当する行為であつて、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの。

ヘ 自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引を不当に妨害し、又は当該事業者が会社である場合において、その会社の株主若しくは役員をその会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、唆し、若しくは強制すること。

と規定されている。

そして、公正取引委員会告示(一般指定)15項では、「競争会社に対する内部干渉」について

自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある会社の株主又は役員に対し、株主権の行使、株式の譲渡、秘密の漏えいその他いかなる方法をもつてするかを問わず、その会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、そそのかし、又は強制すること。

と定めている。

WDは、フラッシュメモリーをめぐって、東芝と競争関係にある。そのWDが、東芝との契約に基づいて、半導体子会社を他社に売却しないように要求することは、「その会社の不利益となる行為」を「強制すること」に該当し、しかも、それによって、東芝の事業に著しい支障が生じかねない状況になっているのであるから、「競争会社に対する不当な内部干渉」に該当し、公正な競争を阻害する恐れがある。

東芝は、WD社の行為が「不公正な取引方法」に該当し、違法だとして、公正取引委員会に申告を行い、併せて、それによって著しい損害を受け,又は受けるおそれがあるとして、裁判所に,WDの行為の差止めを請求することも可能だ。

そもそも、WDが、競争関係にある東芝の事業の意思決定に「横やり」を入れてくることが、「公正な競争」という観点から問題があるということは、独禁法の規定を具体的に知っていなくても、まともな法的センスがあればわかる問題だ。

ところが、世耕経産大臣は、そのような違法な介入を行ってくるWDに東芝独占交渉権を与えようとしていることを「評価する」というのだ。

しかも、上記の日経新聞の記事によれば、

WDは、議決権のない新株予約権付社債(CB)や優先株の引き受けにより約1500億円を拠出する。CBの転換後に約15%の株式を持つ見通し

とのことだ。

もし、東芝とWDとの間で、そのような内容を含む合意が行われたとしたら、新たな独禁法違反の問題が生じる。「不公正な取引方法により会社の株式を取得し、又は所有してはならない」との規定(独禁法10条)に違反する疑いだ。

フラッシュメモリーをめぐって、東芝と競争関係にあるWDが、半導体子会社を他社に売却しないように要求していることは「競争会社に対する不当な内部干渉」であり、「不公正な取引方法」に該当するので、それによって東芝の株式を取得することは、独禁法10条に違反する疑いがある。

この問題は、東芝が半導体子会社の売却先の決定を急いでいる最大の理由とされている「(中国等)の独禁法当局の審査」に時間がかかるという「手続上の問題」とは異なる。日本の独禁法に「違反する疑い」という問題だ。もちろん、もし、東芝がWD陣営と合意した場合には、そのよう独禁法違反の疑いが、日本の公正取引委員会の審査においても、重大な問題とされることになる。

「東芝と競争関係にあるWDが、半導体子会社を他社に売却しないように要求しているのは日本の独禁法に違反するので、それを主張して法的措置をとるべき」との指摘は、定時株主総会直前の今年の6月末、知人を通じて(東芝を徹底批判してきた私の名前は伏せて)、東芝の社外取締役の一人に伝えている。「貴重なご提言を頂戴し、是非参考にさせていただきます」との反応だったと聞いているが、その後の東芝はWDに対して法的措置をもって対抗するどころか、WDとの妥協を図り、独占交渉権まで与えようとしているというのは全く不可解だ。

経産省が、東芝に対して、WDと合意する方向での解決を強く求め、東芝はそれに従わざるを得ない状況になっているということなのかしれない。

いずれにしても、東芝は、WD陣営に半導体子会社を売却する方向で交渉すべきではない。むしろ、最近になって、アップルも加わったスキームを提示したと報じられている「日米韓連合」との交渉を優先すべきである。

日本の法律に違反する疑いのある東芝・WD間の交渉を「評価する」などと公言する経産大臣には、東芝の問題に口を出してもらいたくない。

(2017年8月31日「郷原信郎が斬る」より転載)

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