iPS細胞論文不正についての私見

「不正を誘発する圧力やインセンティブ」が強く存在する限り、研究不正はなくならないのではないかと思う次第です。
京都大iPS細胞研究所の助教の論文に不正が見つかり、記者会見で厳しい表情を見せる山中伸弥所長=22日、京都市左京区
京都大iPS細胞研究所の助教の論文に不正が見つかり、記者会見で厳しい表情を見せる山中伸弥所長=22日、京都市左京区
時事通信社

先週1月22日(月)、京都大学iPS研究所(CiRA)より1本の論文に不正があるとする発表が為されました。

この論文が日本人にとって馴染みのあるiPS細胞に関するものであり、研究所の所長がiPS細胞の生みの親、ノーベル生理学・医学賞受賞者の山中伸弥先生であったためか、多数の報道やSNS上の拡散がみられました。

その中に、「山中先生自身が論文不正に関わった可能性があるのではないか?」という趣旨の記事がありましたが、現在では撤回されたようです。

シカゴにおられる中村祐輔先生が三度にわたりご自身のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」に関連ポストを載せておられます。

全体を通じての主張として共通するのは、この研究不正への山中先生の関与は無いので、所長を辞することが無いように、ということだと思いますが、1点、たぶん世代の違いによるかもしれない若干の違和感がありました。

2つめのポストより転載します。

このような問題が出るたびに、研究費を獲得するための重圧だとか、高いポジションを得るために評価の高い雑誌に論文を発表したいという重圧だとか、日本の研究環境に責任を転嫁する人がいるが、これは絶対に間違いだ。今回の件は、一般社会に例えれば、詐欺行為だ。貧しくてお金が欲しいとの理由で、詐欺行為を働いた場合、「貧乏」に責任を転嫁できるはずもない。どの社会にいても競争はあり、研究者たちの甘えだ。研究者だけ、人間としてどうあるべきかという基本的な精神が欠落していることを許されるはずがない。

詐欺行為の元が貧困だったとして、そこに責任を転嫁すべきではない、というアナロジーは、今回のような若手研究者の研究不正の原因となっている過当競争について、そのまま当てはまるかどうか疑問と思います。研究者を多数育成するには、大学院の定員や博士研究員の雇用数を増やさなければ達成されないので、それらは国策にもとづいて為されてきました。つまり、日本の多数の子どもたちが「自分もA木先生のような漫画家になりたい!」と思って自分でその道に進み、研鑽を積むのとは異なる面があるのです。

分担執筆した『責任ある研究のための発表倫理を考える (高等教育ライブラリ) 』の「第3章 生命科学系論文の作法―ディジタル時代に必要なスキルと倫理観―」にも書かせて頂きましたが、犯罪学の例に倣えば、不正の原因には①動機、②機会、③正当化の3つの要因があると考えられます。私なりに生命科学分野の現状を鑑みて、これらの要因となる事項を分類してみたのが以下の表になります。

したがって、②の要因を減らすために、リスク管理を強化したり、③のために研究倫理教育を徹底することはもちろん必要ですが、①の動機として「不正を誘発する圧力やインセンティブ」が強く存在する限り、研究不正はなくならないのではないかと思う次第です。

今回のケースは、昨年3月に発表された論文に対して、7月にiPS細胞研究所の相談室に不正の疑いが通報され、8月に調査を開始し、5ヶ月で発表に至ったという意味では、対象論文を1本に限ったからとはいえ、論文不正対応として標準的なものと思われます。ただ、本当にこの論文だけのことなのかについては疑問が残ります。

(2018年1月28日大隅典子の仙台通信より転載)

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