2015年12月6日、毎日メディアカフェ「ワーキングピュア〜働くってどういうこと?」が、連合会館(千代田区神田駿河台)で開催された。
評論家の荻上チキさん、自治労中央執行委員の野角裕美子さん、連合非正規労働センター職員の藤川由佳さんがパネルディスカッションを行ない、「ワーキングピュア」と呼ばれる、労働環境に悩みながらもまじめに仕事に取り組む25歳世代の若者の実情を探るとともに、その背景にある社会情勢について語った。
キャリアアップしても待遇改善が見込めず、未来を描けない
――20代の働く世代へ労働の意識調査を行なったところ、80.9%が仕事に真面目に取り組めていると回答し、そのうちの85.7%が不安や不満を抱えていることがわかりました。本日はそのような若者たち「ワーキングピュア」の実情を知り、改善策を探りたいと思います。まずは、若者代表として藤川さんにご自身の体験談を語っていただきます。
藤川 2008年から2012年の大学の4年間、書店でアルバイトをしていました。あるとき上司から「社員にならないか」とオファーをいただき、入社1年目は契約社員、2年目から正社員雇用という約束で、書店に就職しました。
私は本が大好きでしたし、仕事にやりがいも感じていました。天職と思っていたのです。書店業務は、長時間労働や重労働が当たり前の世界で、賃金も満足なものではありませんでしたが、正社員になるという目標を胸に、ガムシャラに働きました。商品の仕入れ、お金の管理、アルバイト教育など、正社員同様の業務をこなしたという自負もありました。ところが、業績悪化を理由に約束の1年が過ぎても雇用体系は変わりませんでした。
総務に相談を持ちかけても話すら聞いてもらえない状況が続き、あろうことか店長に「なぜ正社員にこだわるのか。君は本当にお金が好きなんだね」と責められる始末。さらに「仕事はお金じゃなくて、やりがいだよ」と諭され、納得がいかず、心身ともに疲弊していきました。入社2年目の9月、心労を理由にドクターストップがかかってしまいやむなく退職。
「本当に頑張っている人が報われる社会になって欲しい」そんな想いで、連合に転職しました。
その後、勇気を出して未払い残業請求を書店に申請し、満額を勝ち取りました。行動を起こしたことで、くやしい思いを断ち切ることができ前に進むことができました。
――ありがとうございます。公の場で辛い経験を告白するのはとても勇気ある行動だと思います。
――非正規で働かれたご経験のある野角さん、率直なご意見をお聞かせいただけますか。
野角 なんとも胸が痛くなるお話ですね。私にも藤川さんと同じ20代中頃の息子がおりますので、母親のような気持ちで聞いておりました。私は2001年に東京都町田市にある図書館で非常勤職員として採用され、15年近く勤務しています。
みなさん「非正規公務員」という言葉をご存知ですか? 「正規職員」と呼ばれる方々と仕事のボリュームもクオリティも変わらないのに、雇用体系が「非正規」である公務員のことをいいます。図書館司書の資格は大学で取得可能で、全国に1万人以上有資格者がいるといわれています。図書館の正規職員での募集は全国的に増加傾向にあるものの、それでも年間わずか40~50人ほど。非正規職員として働く選択をする若者がたくさんいらっしゃいます。
みなさん志高い方ばかりですので、一生懸命仕事に励むんですよ。でも、5年10年と経験を積んでも正規職員への道は開けない。キャリアアップしても次につなげられない。そんな状況で未来が描けるのでしょうか?
10年後、自分たちは一体どうなっているんだろう......ネガティブなことを自問自答しながら働くと、人は「正規職員になれない自分が悪かった」「力がなかった」と責め始め、自らを愛せなくなります。
彼らのような「頑張っても報われない若者が増えること」によって、日本はどうなっていくのでしょう。とてももどかしい気持ちになります。
理不尽に耐える力ではなく、理不尽を発見し改善する力を身につけたい
――近年「ブラックバイト」という言葉を耳にするようになりました。学生でアルバイトという境遇なので、「授業があるからお休みしたい」と言って断ればいいと思うのですが彼らは無理してでも雇い主の要求に応えようとします。
――心が優しいからなのか、責任感が強いからなのか、あるいは社会の風潮なのか。荻上さんどのように思われますか?
荻上 労働の話をする前に、そもそも「なんのために働くのか」ということを問い直す必要があると思います。
先ほどの藤川さんのお話に「店長からお金が好きなんだなとプレッシャーをかけられた」といったことがありました。お金が好きなのは当然です。みんな生活のために働いているわけですから、労働に対して対価を得るのは当たり前のこと。やりがいのために働くのであれば、趣味として無償で働けばいいということになりますから。
「給料を稼ぐこと」を考えるために、経済動向についても触れておきたい。この20年間デフレ不況が続いていたため、働く場所そのものが失われてきているという背景があります。企業からすると、給料もそれほど多くは出せないし、キャリアの向上とともに待遇を改善させることも難しい。非正規で柔軟に働いてもらう方がありがたいし、いざというときに切りやすいんですよね。
労働者は仕事不足という状況にあるので多少無理があっても与えられた環境で踏ん張ろうとします。多少プレッシャーを与えたところできっと転職先もないだろうということで、企業側はブラックな労働形態を押し付けることがより容易になってきます。その悪循環で多くの人たちが働くことは多少酷なことがあっても仕方がないというといことを学んでしまい、その価値観を持っている人が先輩になると、下の世代に同程度の圧力をかけるということが繰り返されてしまいます。
僕は学校でいじめ対策などの授業をすることがあります。保護者や指導者が子どもたちに言うのは、「今これくらいの苦労に耐えておかないと社会に出ると大変だ」ということ。しかし本来は、「理不尽に耐える能力」ではなく、「理不尽さを発見し、問題に対しどのような手段がとれるのか」を学ぶべきですよね。
日本の社会は漫然と理不尽さに耐えるように鍛えようとしていて、そこから離脱したら「力不足」なんだという価値観を植え付けている状況にあります。ブラック企業が蔓延するような社会状況、デフレ不況が継続する状況というのも、そうした路線に拍車をかけているといえます。
個人の問題を社会問題として捉え、行政、メディア、国民が連携して解決の道を探る
――なるほど。それらをふまえ、 荻上さんが思う改善策とは?
荻上 最近になってブラック企業、ブラックバイト、マタハラとかパワハラなど労働問題が発見されるようになってきました。デフレ不況で労働環境が悪化している一方で社会問題を発見する能力そのものは育ってきているんです。それを解決しようと、行政は色々努力しようとするのだけど、現場はそれどころじゃなく、なかなか改善しない。
僕は、先ほどの藤川さんのお話にあったような個人の問題を、制度の問題としてくみ上げていく必要があると思います。社会問題とセットとして改善していくべきなんです。
僕がよく使う「心でっかち」という言葉があります。この社会は心でっかちな社会で、何か問題が発生すると社会問題にするのではなく、心でっかちの問題にしてしまうんです。問題に直視せず、「考え方が柔軟にならないといけない」とか、「頑張りが足りない」などと精神論で解決しようとする。本来給与体系や制度に問題があるのに、問題をすりかえてうやむやにしてしまうのはよくない。
ブラックバイトに関してもそうですね。求人サイトを見ているとわかるように、「アットホームな職場です」とか、「やりがいのある職場です」なんてことが強調されていて、肝心の「時給」などの待遇が見えにくい。その場のやりがいをサークル感覚で楽しむのがアルバイトなのでしょうか。労働の本来の意味が打ち消されがちだと思います。
もっというと、働くということをバイトではじめて体験される方が多いので、仕事とはこういうものなんだと間違った解釈をしてしまいます。多少の残業は"人として"やらないといけないなどという間違った価値観です。「シフトが抜けると店に迷惑をかけてしまう」なんて、従業員が考える必要は本来ないわけです。シフト分担は店舗側のマネージメント不足の問題であって、個人に責任があるわけではないのですから。
最近厚労省がブラックバイトに関する統計をとっていて、「ブラックバイトはどの業態で多いか」と聞くと、一般的には飲食業界やアパレル業界が多くあげられるでしょう。もちろんそういう側面はあると思いますが残業や給料の不払いは、塾講師や家庭教師の現場に非常に多いのです。
私も学生時代に両方経験し、無賃労働をたくさんしていました。たとえば、他の先生に現状報告を申し送りするためのカルテは、勤務時間外で書くのが当たり前でした。労働基準法について知っていれば、何かしら主張できたかもしれませんが、上司からそのようにレクチャーされていたので当然のように受け入れていました。厚労省が学生に「どんな改善策が必要か」と調査した結果、ワーキングルールを明確に提示して欲しいという意見が多数寄せられました。
たとえば、労働基準法で義務づけられているいくつかの項目を、メディアが就活時期などに大きく記事で取り上げること。企業面談をするときも、堂々と待遇について聞けるようチェックリストのようなものがあればなおいいでしょう。社会全体で意識向上を図ることが重要です。
繰り返しになりますが、個人の問題を精神論にすり替えず社会問題としてちゃんと指摘することです。そのためには、専門科が統計をとるなどして、有無を言わせぬデータを創ること、それを受けて僕のような評論家が言葉を提供すること、メディアはそれらをしっかり広報し、行政は問題を聞き届けて、マクロ経済の動向を改善し、労働条件の改善を図るといったバトンリレーのようなものを行なう。
労働の価値観のアップデートをするという意味で、メディアの役割は今後ますます重要になってくるでしょう。
後半につづく
ライター 両角晴香
パネリスト プロフィール
荻上チキ
1981年生まれ。政治経済から社会問題まで幅広く取材・論評する。ウェブサイト「シノドス」編集長を務めており、TBSラジオ「Session-22」に出演。著書に『ウェブ炎上』『検証 東日本大震災の流言・デマ』など。
野角裕美子
大学卒業後、一部上場企業に就職。15年の専業主婦生活を経て、2001年4月から東京都町田市立図書館嘱託員として町田市立中央図書館に勤務。2007年11月、自治労町田市図書館嘱託員労働組合結成、執行委員長となる。現在は全日本自治団体労働組合(自治労)中央執行委員。
藤川由佳
大学在学中の4年間書店で働き、同書店に契約社員として入社。2013年12月に退職し、現在は日本労働組合総連合会(連合)非正規労働センターに所属。