2017年3月、「働き方改革実現会議」は約半年間の議論を経て「働き方改革実行計画」をとりまとめた。実現会議には、労働界からは唯一神津会長が参加し、長時間労働の是正や非正規雇用労働者の処遇改善を強く訴え、時間外労働の上限規制、同一労働同一賃金の法整備などが盛り込まれた。
実行計画は現在、二つのステージで具体化が進められている。一つは「働き方改革関連法案」における法整備。今国会で審議が行われている。もう一つは、産業・職種など、働き方で異なる課題をどのように解決するのか、テーマごとに議論を深めようという検討会議だ。
実行計画で取り上げられたテーマは9項目にわたるが、今回は、「長時間労働の是正」に焦点を当て、今、どんな課題についてどんな議論が行われているのかを2回に渡りお伝えする。
構造的な問題は何か(5つの現場より)
<座談会 5つの現場より>
「働き方改革」の最前線で広く、深く、議論を進めよう
自動車の運転業務、建設業は、現行の時間外労働の限度基準告示が適用除外となっている。また、中小企業は、2010年に施行された月60時間を超える時間外労働の割増率(5割)がいまだに適用猶予となっており、医師・教員も長時間労働の実態にある。
5つの検討の場では何を論点に議論が進められているのか。連合から参画する委員による座談会を企画した。
検討会におけるテーマ・論点と課題認識
─それぞれの検討の場の論点や課題認識とは?
医師の働き方改革に関する検討会
工藤 医師については、罰則付きの時間外労働上限規制が改正法施行から5年後の適用とされた。医師には診察を求められれば拒否できないという「応召義務」があり、一般労働者と同じ規制は難しいとの問題意識から、上限規制のあり方や労働環境の改善をテーマに検討会が設置され、2年を目途に結論を得るというスケジュールで議論が進められている。
第一の論点は、医師法の応召義務規定だ。これは自宅開業が一般的だった明治時代に定められたものであり、現在の医療提供体制に合わせた見直しが必要だという認識を持っている。また、医療の進歩はめまぐるしく、自己研鑽のための時間が不可欠だが、それと医師の業務との関係をどう考えるのかという問題もある。
もう一つ、医師の長時間労働の背景には医師不足があり、上限規制を適用すれば、診療を受けられない患者が出てくるという危機感が現場にはある。そこで医師不足対策も論点に浮上している。
私自身は医師ではないが、労組の専従役員になる前は医療現場で働いてきた。現場では自他共に「医師は特別な存在」という意識が根強くある。しかし、医師も労働者であり、労働時間管理や健康確保の強化が必要だ。また、医師の働き方は、看護師や医療技術者、医療事務スタッフの働き方にも影響する。そういうことにも目配りしながら議論に臨んでいる。
トラック輸送における取引環境・労働時間改善中央協議会/トラック運送業の生産性向上協議会
山口 本協議会は、2015年5月に第1回会合が開催され、同年11月の第2回会合からトラック運送業の生産性向上協議会と同時開催で議論が行われてきた。
当初の論点は、2010年労基法改正における月60時間を超える時間外労働の割増率(5割)の適用だ。中小企業は適用猶予とされたが、6万社を超える運送事業者の99%が中小企業という中で、適用に向けて荷主も含めた関係者が一体となった取引環境・労働時間の改善が必要との観点から議論がスタートした。
なぜ、トラック運転者が低賃金・長時間労働になったのか。発端は、1990年の規制緩和だ。運賃の認可制が廃止された結果、新規参入が急増し過当競争に陥った。運送コストは、燃料代も高速料金も車両費も基本的に同一であり、運送料の引き上げを求めなければ、しわ寄せは労働者の賃金にいく。特に中小事業者は、荷主と対等に料金交渉ができないから、ドライバーに長時間労働を求め、ドライバーも低賃金を補うためにそれに応じるという悪循環が生じた。そこで規制緩和の弊害を是正するために「全国貨物自動車運送適正化事業実施機関」(全日本トラック協会が受託)が創設され、事業者への啓発・指導、安全性の評価・認定や講習会などの適正化事業や、適正な運賃・料金設定への環境整備に取り組んできた。そういう流れの中で、あらためて「働き方改革」が課題として浮上したが、深刻なドライバー不足に対応するためにも、今こそ長時間労働の是正を進めなければという認識を持って議論に臨んでいる。
建設業の働き方改革に関する協議会
三浦 建設業は、「3K」職場と言われてきたが、とりわけ労働時間が長く休みが少ない。「4週4休以下」の事業所がいまだに6割を占める。就業者数は、1997年をピークに減少が続き、高齢化している。3分の1が55歳以上で、29歳以下は1割。賃金水準は製造業に比べて1割程度低い。技能労働者が不足し、それが長時間労働に拍車をかけている。建設業界において、「働き方改革」は産業の担い手をどう確保するかという問題でもあると認識している。
「働き方改革関連法案」においては、建設業は改正法施行から5年後の適用とされた。建設現場の長時間労働の背景には、何より無理な工期設定がある。その適正化には発注者や国民の理解を得ることが不可欠であることから、協議会が設置され、議論がスタートしたところだ。
主な論点は、長時間労働の是正に向けた取引条件の改善、適正な工期の設定、適正な賃金水準の確保、週休2日の促進。さらに人材確保という観点から、職業教育の拡充や女性活用のための環境整備、ICTの活用推進なども項目にあがっている。
中小企業・小規模事業者の働き方改革・人手不足対応に関する検討会
川野 中小企業では人手不足感が深刻化している。中小の「働き方改革」は、人手不足の対応と合わせた取り組みが不可欠との認識を共有し、検討会に参加している。検討会では、まず実態把握として構成委員からのヒアリングを実施し、好事例の発掘、経営強化支援など、さまざまな角度から意見を集約して課題整理を行ってきたところだ。
日本の企業の99・7%が中小企業であり、雇用労働者の約7割がそこで働いている。時間外労働の割増賃金にしても、上限規制にしても、働く人の多数を占める中小労働者に適用されないとすれば、法として意味がないといっても過言ではない。規制強化に戦々恐々としている経営者もいるが、2010年に閣議決定された「中小企業憲章」には「国の総力を挙げて、中小企業の持つ個性や可能性を存分に伸ばし、自立する中小企業を励まし、困っている中小企業を支え、そして、どんな問題も中小企業の立場で考えていく」と定められている。人手不足への対応や生産性の向上の課題も、背景にある取引関係の改善なしに本質的な対策はできない。労働組合としても、「中心に据えるべきは労働者であり、中小企業である」というスタンスを明確にし、そこに踏み込んでいきたい。
学校における働き方改革特別部会(中教審)
相原 特別部会における教員の働き方改革の論点は三つ。一つは、長時間労働の是正。時間外労働の実態をみると、小学校で3割、中学校で6割の教員が、過労死認定基準とされる月80時間を超えている。二つめは、業務の多さ。日本の教員は授業以外にさまざまな業務を行っており、それが労働時間の長さにつながっている。三つめが、給与体系。1972年の給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)で、教員に時間外勤務を命じることができるのは、実習、学校行事、職員会議、非常災害対応の4項目に限定され、時間外・休日勤務手当は支給しない代わりに、給与月額の4%に相当する教職調整額が支給されている。つまり部活動や生徒指導、授業の準備も自発的な活動とされ、労働時間算定の枠外におかれている。三つの論点のいずれも、早急に対応すべき喫緊の課題だ。
私自身は、学校現場に身を置いたことがない。だからこそ、あたり前と思われている学校現場の常識や慣例に対して「それでいいのかな?」という指摘ができる。課題はすでに明らかだ。良い意味での素人目線を生かして議論に参加し、先頭を切って「働き方改革」を進めていきたい。
今後の議論のポイント
─これからの議論のポイントは?
工藤 今年4月から専門医制度がスタートするが、地域によってはますます医師が不足する懸念がある。その対策として、子育てなどで現場を離れている女性医師の復帰支援もポイントになる。さらに医師についても、第一線の働き方だけでなく、ライフステージにあわせた多様な働き方が選択できる環境整備が求められている。また、医師の業務の軽減や労働時間管理のあり方についても議論を深めていく必要がある。
山口 「働き方改革関連法案」において、自動車運転者の時間外労働の上限規制は、改正法施行から5年後の適用とされ、しかも一般則を大きく上回る年間960時間。拘束時間に置き換えると現行の告示の年間3516時間を上回る長時間労働を容認するものであり、今後も労働組合として一般則の適用を強く求めていく。
その上で、「働き方改革」の具体的課題については、協議会とは別に「自動車運送事業の働き方改革に関する関係省庁連絡会議」が設置され、予算措置も含めて検討が行われている。トラック運転者の長時間労働の原因の一つは、手待ち時間など運送にかかる以外の時間が長いことだ。そこで運賃以外に待機料などの料金を設定し、荷主に改善を促していこうという議論が進んでいる。生産性の向上に向けたパイロット事業の実証実験や、人材確保のための「ホワイト経営の見える化」も始まっている。
三浦 休日確保については、政労使が共に取り組む体制が見えてきたが、その実現の鍵はやはり工期設定だ。まずは国や自治体が発注する工事について「4週8休」を定着させ、民間が発注する工事に拡大していく必要がある。また、時間外労働の削減に向けた労働時間管理の徹底や健康確保対策、人材確保のための高齢者の継続雇用への対応も議論のポイントになりそうだ。
川野 人手不足に対応するには、魅力ある企業・職場づくりという観点から、労働条件・労働環境の改善を進める必要がある。今、大手企業の働き方改革によって、手間のかかる仕事が中小に回され、生産性の低下や長時間労働につながるのではないかとの懸念も生じている。そうした背景にある問題に目を向けていかないと、いくら助成金や減税措置を講じても根本的な解決にはならない。やはり取引関係の適正化がポイントと言えるだろう。
相原 本来教員が担うべき任務は何かを明確化するなど、教員がイキイキと働ける総合的な環境整備が重要。そのためには、部活動指導員など、地域の協力を得る仕組みも考えていく必要がある。
また、時間外労働の上限規制を行うには、その前提として労働時間管理が必要であり、タイムカードやICTによる時間管理システムの導入など、時間概念を学校現場に広めていく必要がある。給与体系については、財源問題のハードルは低くないが、現場の納得感の得られる見直しが求められる。教員の働き方改革は、子どもを持つ保護者の立場からも関心が高いテーマだ。質の高い教育を担保するという観点からも課題に向き合っていきたい。
労働組合が果たす役割
─私たち労働組合の役割は?
工藤 現場の声を届けるには、もっと組織率を高める必要があると痛感する。労働組合の役割として、働く者の立場だけでなく、医療を受ける国民の立場からも、問題を考えていくことが必要だ。誰もが安心して安全な医療を受けるには、過重労働で疲弊した医師が増えるのは望ましいことではない。私たち自身のためにも、医師の働き方改革が必要だと訴えていきたい。
山口 労働組合の最大の役割は、運送業で働く者の社会的地位の向上だ。これまで荷主の立場が圧倒的に強くて改善が進まなかったが、ここにきてドライバー不足が一気に社会問題化した。これを追い風に、運賃問題に踏み込み、労働組合みずから企業を動かして、業界全体の労働諸条件のレベルアップをはかっていきたい。
三浦 現場の労働者が声を上げなければ、使用者にも政府にも届かない。労働組合は、常にフェイス・トゥ・フェイスで現場の声を拾い上げ、具体的な政策に反映させていくことが第一の役割だ。また、建設業の労働組合としては、産業特有の重層構造を乗り越えるような労働組合の横の連携をもっと強化していきたいと考えている。
川野 労働組合の役割は、労使交渉を通じて労働条件を決定し、組合員の雇用や権利を守り、社会的公正労働基準を確立することだ。「働き方改革」においても、それを具体化していくのは、それぞれの職場における労使の取り組みだ。そのことを肝に銘じ、先頭に立って労働条件・労働環境の改善を進めていきたい。
相原 今回の座談会を通して、「働き方改革」の最前線で、これだけの広がりと深さをもって、労働側委員が対応されていることを再確認できた。
労働組合は「職場の最前線」と「法律をつくる最前線」で役割を担っている。より良い働き方を実現するには、経済的な規制、社会的な規制のバランスが重要だが、労働組合は、現場で働く者の立場だけでなく、広くサービスを受ける立場からも物事を見ることができる。医師の働き方改革は安心で安全な医療提供の、また、教員の働き方改革は真に子どもと向き合うことができる質の高い教育の土台だ。ドライバーや建設業、中小企業で働く人の長時間労働を是正し人手不足を解消することは、社会インフラを守ることにつながる。「労働」を真ん中にして両方の受益が共に成り立つような働き方の見直しを進めていく。それが労働組合のいちばんの役割だということを申し上げてまとめとしたい。
─ありがとうございました。
[進行 冨高裕子 連合労働法制対策局長]