連合が全国で展開する「クラシノソコアゲ応援団! 2016RENGOキャンペーン」。
なぜ今、「暮らしの底上げ」なのか。そこにどんな思いを込めたのか。
応援団の特別団員を引き受けてくれた、漫画家のやくみつるさんと神津会長が語り合った。
「クラシノソコアゲ応援団」に込めた思い
―やくさんには、「東北の子ども応援わんぱくプロジェクト」でも大変お世話になりましたが、今回また新キャンペーン「クラシノソコアゲ応援団」の特別団員としてご助力いただけることになりました。最初にこの名称を聞いてどういう印象を持たれましたか。
やく 安倍政権が掲げる「一億総活躍社会」は、発表直後、「言葉がひとり歩きしている」とずいぶん揶揄されました。連合の新キャンペーンが、それに対峙するものであるとすれば、「クラシノソコアゲ」は単なる美辞麗句になってはいけない。抽象的な議論ではなく、「暮らしの底上げ」のために具体的に何ができるのか、それが問われると思いました。いきなり辛口ですみません。
神津 いえ、まさにその通りだと思います。言葉は、それ自体、「力」を持っています。労働組合は、常に自分たちの考えをどう伝えるかに苦心しているから、言葉にはこだわりがある。だから、この新キャンペーンを決める時、運動へしっかりつなげていくという強い思いのもとで、まずその名称をめぐって意見が出ました。なぜカタカナなのか、「応援団」というのは第三者的ではないかなど。
やく 一般にイメージされる応援団は、声は出すけれども自ら動くわけではない。でも、「クラシノソコアゲ応援団」はもっと密に直接的に行動する、ということですか。
神津 そうです。カタカナは、特に労働組合になじみのない若者や女性にも身近に感じてもらえるように、「応援団」は、働く一人ひとりが主役なんだという思いを込めたものと考えています。連合の組合員は全雇用労働者の十数%。日本で働く人の8割以上が、労働組合に属さない未組織労働者です。労働組合は、組合員のニーズに応えることが第1の役割ですが、連合はナショナルセンターです。連合がメンバーシップの問題だけに取り組むならば、その存在意義を問われる。すべての働く人たちが、安心して働き、暮らせるようにサポートしていく。そのための応援団です。
土俵をつくるチャンス!
―働く人たちの現状をどう見ていますか。
やく 数の上では多数を占める人たちが、「応援」という形でサポートしないと職場や地域で孤立しかねない状況がある。格差が拡大し、暮らしがどんどん悪くなる人が増えている。ソコアゲの「底」は、実は所得面での「最下層」をイメージさせる否定的な言葉で、事態がそこまで深刻化していることを表しているのだと思います。
神津 おっしゃる通り事態は深刻です。いわゆる非正規労働者は2000万人超で働く人の4割を占める。年収200万円以下のワーキングプアは1100万人超。学校を卒業して初めて就く仕事が非正規である若者は4割。非正規雇用で職業生活をスタートすると、なかなかそこから抜け出せない。生活が苦しくて「結婚もできない、子どもも産めない」という悲鳴が聞こえてきます。
やく 私が委員をしている新語・流行語大賞の選考の場で、21世紀を括るキーワードは何かという話になりました。その時、真っ先に浮かんだのが「格差社会」です。今世紀が始まってまだ十数年ですが、早くもそれが向こう100年を括る言葉になっているのではないかと...。特に正規・非正規の間には大きな賃金・処遇格差があります。具体的にこれをどう是正していくのかがソコアゲの最大のテーマの一つになるのでは。
神津 まさにそれこそがポイントです。
やく では、一つ質問させてください。今、政府のほうからも「同一労働同一賃金」が打ち出されていますよね。この言葉は、一見わかりやすいんですが、実際にはそう簡単なことではない。政府が意図するところは、これまでの年功や能力を評価する賃金制度の転換ではないかとも思えてくるのですが、どうお考えですか。
神津 「同一労働同一賃金」については、いきなりアドバルーンが上がったという感じです。実は検討が始まったばかりで、まだ中身は見えていないんです。これまでには、正社員の賃金は高すぎるから、非正規に合わせるべきだという乱暴な議論もありました。さすがに最近は聞こえてきませんが、正社員の処遇を引き下げるために「同一労働同一賃金」が持ち出されたのではないかという心配もあるのは事実です。そして、そもそも私としては、それ以前に、昨年の国会で派遣法改悪を強行しておきながら、何をいまさら言うのかというのが、率直な気持ちです。
やく 派遣法は安保法制と並んで昨年の国会の焦点でしたね。
神津 間接雇用である派遣労働は、雇用が不安定で賃金が上がりにくい。そこで、EUでは、派遣労働を臨時的・一時的な業務に限定し、正社員との均等待遇を確保するという原則をルール化してきました。長期に必要な業務なら直接雇用とすべきとの考え方からです。ところが日本では、今回の派遣法改悪で実質的に何年でも人を入れ替えながら派遣労働を使い続けることが可能になった。連合が強く求めていた均等待遇も、政府は終始消極的で法案に盛り込まれなかった。国会では、民主・維新・生活の共同提案で同一労働同一賃金推進法案が出されましたが、与党は当時の維新の党・大阪組を抱き込んでこれを骨抜きにし、派遣法とセットで強行採決したんです。だから、同一労働同一賃金を言うなら、派遣労働の均等待遇をまずやるべきだと...。
やく 労働組合は、何年も前から均等待遇に取り組まれてきたんですね。
神津 そうなんです。パート労働については、パートタイム労働法に差別的取り扱いの禁止や不合理な待遇の相違を禁止する「待遇の原則」が規定されています。有期労働については、2012年の労働契約法改正で「不合理な労働条件の禁止」(20条)が新設されました。まだまだ不十分なものですが、いずれも連合として、議論を積み重ね、均等・均衡待遇の考え方を整理し、強く要求し続けてきたものです。
やく だとすると、ますます政府の「同一労働同一賃金」の意図はどこにあるのかという疑念がわいてきますね。
神津 日本の賃金制度は、安定雇用を前提に1年1歳の能力の伸びを評価する「職能給」を軸に整備されてきました。いわゆる賃金カーブを描いて賃金が上がっていく仕組みです。一方、欧米は、「職務給」が中心で、同じ仕事なら同じ賃金。日本で一気に欧米型の職務給に転換するのは現実的ではないし、むしろデメリットのほうが大きい。
単組の役員時代、職務給から職能給への切り替えに取り組んだ経験があります。当時は、ブルーカラーとホワイトカラーの2本立ての賃金制度で、その身分差別的な垣根を取り払うことが単組の長年の夢でした。
実際に働く者の立場からすれば、職務が決まっているとしても、「その仕事だけやればいい」ということではない。業務の合理化が進められる中で、仕事の範囲は広がっていくし、異動も出てくる。それに対応するためにも、固定的な職務給ではなく、働く人の潜在的な能力を評価する職能給に切り替えてきたという経緯がありました。
一生懸命働けば、自分の能力が高まり、賃金が上がり、企業・産業が発展する。職能給は、そういう日本人の働き方や「人を育てる」ことと一体のものとして機能してきたものなんです。非正規労働者も習熟に応じて処遇が上がるようにするなどの均等・均衡待遇こそが求められています。
やく わかります。労働に対する意欲があってこそ、人が育つ。でも、悔しいのは、「同一労働同一賃金」と新聞に大きく見出しが出れば、経緯を知らない大半の人々は安倍総理が良いことをやってくれそうだと思ってしまうことですよね。同じ土俵に乗るわけにはいかないのかもしれませんが、「そう来るのなら、こう行こう」という構えも持っていたほうがいい。労働組合が積極的に取り組んできた問題を政府が持ち出してきたら、それを正面から切り返したほうがいい。そうすれば、一つの土俵ができて国民も何が本当に問題なのかを知ることができます。
ソコアゲこそ最大の経済対策
―今年は選挙の年ですが...。
やく 選挙を意識してテーマが明確になればいいんですが、むしろ焦点がぼかされているようなもどかしさがあります。消費増税先送りという話も出ていますね。
神津 消費税増税は先送りせず、社会保障の拡充を進めるべきです。これは、民主・自民・公明の三党合意で決めたこと。その基本を曲げてはいけない。ところが、与党は目先の人気取りに走って、軽減税率導入を決定し、さらに先送りを匂わせている。軽減税率は低所得者対策にもならないし、そのための1兆円の財源確保の見通しも立っていない。選挙になれば、政治家は、税金を上げるとは言いにくいかもしれません。でも、なぜ増税が必要なのか、政治家はそこをきちんと語る必要があるし、有権者も一歩踏み込んで考えることが必要だと思います。
やく なるほど。でも、それで景気を後退させることになったらどうするんだという声もありますよね。
神津 私は、日本の経済はそれなりの厚みがあって、劇的に改善されることはないけれども、劇的に悪くなることもないと思っているんです。消費税増税には、駆け込み需要とその反動がつきものですが、実は将来の方向性を示すことがいちばんの安心・安定の材料になり、消費刺激策になる。本当にやるべきは、まさに「底上げ」です。非正規労働者の処遇改善や正社員化を進め、賃金が上がるようにする。そうすれば、税金も社会保険料も払える。ジャブジャブの金融緩和で目先の株価に一喜一憂するのはもうやめて、地道に腰を据えて暮らしの底上げに取り組むべきです。
やく なるほど、ソコアゲこそ最大の経済対策だと。
若者の無関心は底を打った
―次期参院選では18歳選挙権がスタートしますが...。
やく 新しい動きは出ていますよね。若者の政治への無関心が言われてきましたが、昨夏の国会前行動では多くの若者が声を上げた。無関心は底を打ったのかなという感じはします。次に必要とされるのは、問題解決に向けて、その思いを受け止め、束ねる存在です。
神津 まさに「若者一人ひとりが主役」でしたね。その思いは、私たち「クラシノソコアゲ応援団」が受け止めたいですね。
やく 若者が出てきて、57歳の特別団員の私を「ちょっとおまえ引っこんでろ!」と押しのけ、「自分たち若者のほうがアイデアを持ってるんだ」という動きになれば、運動は一気に広がるかもしれません。
神津 連合でも、若者の「ご意見番」に集まってもらう場が必要です。
やく 今の若い人は、インターネットやSNSの普及により、われわれの頃より、はるかに拡散力のある有益なツールを自在に操ることができる。それを使わない手はありません。
―最後に日々地道に働く人たちにメッセージを。
やく 日々の暮らしは憤懣やるかたない状況だと思います。私は、小言めいた漫画を描いたりして、それを噴き出している。憤懣は抱え込まないで出したほうがいい。そして共有したほうがいい。
神津 ぜひ応援団を共有の場にしてほしいと思います。
余談ですが、やくさんは『サンデー毎日』の「サンデー俳句王」の選者をされていますね。実は、私も同誌でコラムの連載をすることになったんです。タイトルはずばり「暮らしの底上げ」です。
『サンデー毎日』で好評連載中
やく そうですか。『サンデー毎日』の読者は、「労働組合よ、もっと頑張れ」と思っている人が多いように思います。今回は、私の素朴な疑問に神津会長は真摯にていねいに答えていただき、納得できました。だから、もっと多くの人に正論を届けてほしい。「ソ・コ・ア・ゲ・タイッ!」で一緒に頑張りましょう。
神津 ありがとうございます。これからも発信力強化のためのアドバイスをお願いします。
―今日は率直なお話をありがとうございました。
[進行/西野ゆかり連合広報・教育局長]
連合動画「ほどほどステーション」を見入るやくさんと会長
やくみつる
漫画家・クラシノソコアゲ応援団特別団員
テレビのコメンテーター、エッセイストとしても活躍中。
神津里季生
連合会長
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2016年5月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。