宇宙の観測で宇宙論に影響する新しい成果がもたらされた。宇宙マイクロ波背景放射の偏光観測のみのデータを用いて、重力レンズ効果による偏光パターンをミリ波で測定することに、国際研究グループのPOLARBEAR(ポーラーベア)が世界で初めて成功した。南米チリ・アタカマ高地で宇宙マイクロ波背景放射を観測して捉えた。
宇宙背景放射の振動の向き(偏光)パターンの測定が可能なことを実証し、宇宙初期の急激な大膨張であるインフレーション起源の原始重力波観測や、ニュートリノ質量和の精密測定への道を開いた。7月9日の米物理学誌Physical Review Lettersと10月20日の米天文学誌Astrophysical Journalに発表した。
宇宙背景放射は、宇宙が誕生した138億年前に発せられた「宇宙最古の光」で、どこからも一様に飛来してくる電磁波。宇宙の誕生と進化の謎を解く鍵を握るとされている。特に最近は、インフレーションが作り出した原始重力波の証拠となる大きな渦状の「偏光Bモード」の観測が注目されている。また、138億年かかって地球に届くまでの間、宇宙空間に分布する物質の影響で曲がる「重力レンズ効果」による小さな渦の偏光Bモードの精密測定も、宇宙の大規模構造の手がかりとして期待されている。今回、観測に成功したのは後者の宇宙の重力レンズ効果のほうだ。
ポーラーベアのグループは、日本(高エネルギー加速器研究機構と東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構)、米国、カナダ、フランス、英国、チリの6カ国の約70人が参加して、標高5200mのアタカマ高地に直径3.5mの主鏡からなる望遠鏡と、最先端の超伝導検出器を設置して、2012年から、銀河系のちりの影響が少ない狭い空(約30平方度)の背景放射の偏光を観測した。アタカマ高地は標高が高いため、大気で背景放射の電波が吸収されにくく、地球上で背景放射の観測に最も適した場所のひとつだ。
1年間のデータを解析して、宇宙の重力レンズ効果による偏光Bモードを観測した。統計的に計算すると、99.999%以上で、重力レンズ効果による偏光Bモードの存在は確かだった。また、観測結果は標準的な宇宙理論から予測される理論値とよく一致した。検出器の誤差や雑音のレベルが小さく、偏光Bモードの精密測定が可能なことも実証した。
背景放射の偏光Bモード観測では、南極点に設置されたBICEP(バイセップ)2のグループが今年3月に、インフレーションを裏付ける原始重力波の観測に成功したと発表して、話題になった。しかし、欧州のプランク衛星のデータでは、この結論に疑問が投げかけられており、決着していない。ポーラーベア望遠鏡は今後、より広い視野の空を観測して、BICEP2の原始重力波の観測結果を検証する。また、精度がより高いポーラーベア2望遠鏡を設置して、観測の精度を飛躍的に上げる。
ポーラーベアグループの日本代表の羽澄昌史(はずみ まさし)高エネルギー加速器研究機構教授は「われわれの観測で、重力レンズ効果を宇宙背景放射偏光データのみを使って初めて捉えた。ポーラーベア望遠鏡の実力を示すもので、さらに精密観測をすれば、宇宙にあるニュートリノの質量和がわかるほか、インフレーション理論の定量的な検証も実現できるだろう。その見通しをつけた点で、意義は大きい」と話している。
関連リンク
・高エネルギー加速研究機構 プレスリリース
・東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 プレスリリース
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