原因不明とされた遺伝病のミトコンドリア病の仕組みを、熊本大学大学院生命科学研究部の魏范研(ウェイ ファンイェン)助教と富澤一仁(とみざわ かずひと)教授らが初めて解明した。さらに、発症の原因を押さえる薬も見つけており、臨床試験を検討している。有効な治療法がなく、厚生労働省の難病に指定されているミトコンドリア病の患者に光を当てる研究として世界的に注目されている。3月3日付の米科学誌セルメタボリズムのオンライン版に発表した。同誌の編集部は重要論文としてレビューした。
ミトコンドリア病は、全身の筋力や心臓機能の低下などの症状(ミトコンドリアミオパチー)が見られる。1万人に1人程度、発症し、軽度から死に至るものまである。生物のエネルギー源であるATPを産生する細胞内小器官のミトコンドリア内に、独自の遺伝子のDNAがあり、それを基にRNAを介して酵素のタンパク質が作られ、ATP合成系が構築されている。DNAに変異が生じると、ATPが十分に合成できなくなり、多くのエネルギーが必要な筋肉や心臓の働きが低下することはこれまで知られていた。特定の遺伝子に変異があると、なぜATPが十分に合成できなくなるのか、その分子レベルの仕組みは謎だった。
研究グループは患者の細胞内のミトコンドリアでのATP合成系を詳しく解析した。DNAの設計図を基に、20種類のアミノ酸を連結させて、タンパク質を作る役割をしている転移RNA(tRNA)に着目した。4種類のアミノ酸に対応するtRNAは通常、Cdk5rap1という酵素で硫黄修飾を受けて、タンパク質を作ることができる。ミトコンドリア病患者の細胞では、遺伝子変異で酸化ストレスが特に強い。Cdkrap1は酸化ストレスに極めて弱い酵素で、酵素活性がなくなる。
ミトコンドリア病患者では、この酵素活性が低下しているため、硫黄修飾されていない tRNAがミトコンドリアに増えて、タンパク質を正確に作れないようになった。このため、正常なATP合成が十分にできず、筋肉や心臓がエネルギー不足に陥り、ミトコンドリア病を発症することを突き止めた。 さらに、硫黄修飾されていないtRNAを、あたかも硫黄を修飾されたような形態にする既存の薬も見いだした。「今後は、この薬がミトコンドリア病の治療薬になるか臨床研究を実施していきたい」としている。
富澤一仁教授は「ミトコンドリア病に効く可能性がある薬は、糖尿病にも有効なことを既に発見しており、4月から医師主導の臨床試験を始める。tRNAの構造解析で、この既存薬の可能性をたぐり寄せた。ミトコンドリア病のような遺伝子に変異があって発症している患者にも有効なので、臨床試験を積み重ねて、ぜひ治療に使えるようにしたい。約30年前から普及している処方薬なので、臨床応用しやすい」と意欲を見せている。
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・熊本大学 プレスリリース