BLOG
2018年06月12日 11時18分 JST | 更新 2018年06月12日 11時19分 JST

JALの中長距離LCCに期待せずにはいられない理由 (森山祐樹 中小企業診断士)

JALが創る新たなLCC事業の動向に注目したい。

2018年5月に日本航空(以下、JAL)は、新たに国際線の中長距離LCCを設立すると発表した。これまでANAが展開するLCC事業に対して、ジェットスタージャパンに出資するに留まっていたJALが新たな一手を展開する。その新しいビジネスモデルに対する大きな期待を紹介する。

■新たな可能性
JALが発表したLCCは、中型のボーイング787を活用した国際線中長距離であることが、既存のLCCと大きく異なっている。アメリカのサウスウエスト航空やヨーロッパのライアンエア、イージージェット等に代表されるLCCは、ボーイング737やエアバス320など単一の小型機で整備・運航費用を抑制しつつ、短距離路線を高頻度で運行することで機材の稼働率を上げて低運賃を実現する。

世界のLCCの潮流は「小型機」「短距離」が基本であるところに、JALが「中型機」「中長距離」を持ち込んだ斬新なモデルである。(ただし、JALが世界初ではなく、世界の主な中長距離LCCとしては、エアアジアXやスクート、ノルウェージャン等の例は存在する)

このJALのLCCが使用する787と「中長距離」がもたらす恩恵は、就航可能都市を増加させ、これまでフルサービスキャリアを利用するしかなかった市場にLCCという選択肢をもたらすことになる(2018年5月時点で就航都市は未発表)。

就航都市はアジア・欧米とのことだが、JALの既存就航地と競合することは考えにくいため成田から新たな就航地が増えることが期待される。欧州であればJALが昔就航していたアムステルダム、ローマ、ミラノをはじめ、チャーターを頻繁に運航するヨーロッパの中堅都市プラハ、ウィーン、バルセロナなど期待は大きく膨らむ。

フルサービスであるJALは、ビジネス客に求められる都市に上位クラス(ファースト、ビジネス、プレミアムエコノミー)の座席とサービスを提供し就航するが、新たなLCCでは「誰」をターゲットとし、どのような価値を提供していくのだろうか。JALが描くLCCにより、新たな需要の創出が実現される可能性を秘めている。

■LCCの戦略~コスト削減施策
戦略の基本は「違いを創りだし、それをどうつなげるか」であるが、JALが描くLCCではどのような違いとつなぎが考えられるのだろうか。まず、LCCであるからには当然のことながら既存のフルサービスと比較して低価格を実現するはずで、JALのLCCも例外なく魅力的な運賃の提供を謳う。

低価格を実現するためにコスト削減が必要であるため、それをどのように実現するのかコスト費目から考えてみたい。航空会社のコストは主に、人件費、燃油費、機材費、運航施設利用費、整備費で構成されているが、この中で整備費はJALに委託すると発表されておりLCCとしての優位性はなく、燃油費も価格は世界共通で特段の違いを創れる要因ではない。

機材費についてはJALの使い古しの787を使用することで当初の導入コストは安くなるが、本質的かつ持続的な違いとは言えない。残りは人件費、運航施設利用費で違いを創ることが想定される。しかし人件費、運航施設利用費が費用全体に占める割合はフルサービスであるJALの場合でおよそ30%であるが、プレスリリースで明示される「デジタル技術を活用した省力化とシンプルなプロセス」、「JALとのアセット・インフラ共用」がこれらの費用削減の主な施策なのであろう。この部分での削減額が運賃に効いてくるとしても、これだけでは運賃の低減効果に多くは望めないことは明白である。

一方、プレスリリースでは、売上を伸ばす方向性についても言及され、高機材稼働、座席配置、カスタマイズされたサービスの提供等の明示があり、この中で座席配置には一定の余地があると考える。

JALはこれまで高単価旅客をターゲットに、座席の快適性を追求してきた。そのため、1座席あたりの面積を広げ、少ない座席数で機材を運航している。JALの787のエコノミークラスでは、現在、世界でも非常に珍しい横8列を採用している。(他社は通常9列)そのため、JALとの比較でさえ、エコノミークラスだけで座席数を10%程度増加させることが可能であり、更に座席ピッチを狭め、クラス構成を変更することで1機あたりの座席数としては20-30%程度の増加の可能性がある。

高機材稼働については、就航地や空港の運営時間によりどの程度稼働するかは千差万別であるため、ここでの具体的な想定は困難であるが、アジア圏もターゲットとしていることから、787機材での新しい稼働方法に期待が持てる。こう考えると、LCCとしてのコスト削減とともに、フルサービスキャリアであるJALと比較して1機材あたりの売上高を上げるという両輪でLCC事業を創り上げる姿が見えてくる。

しかしながら、これらのコスト削減と売上高の向上というありふれた「違い」のみでは、中長距離LCCという斬新なビジネスモデルの成功は確信には至らない。特に機材の稼働については、短距離線の方がフルサービスとの差を創りやすいのは、世界のLCCが短距離路線に集中していることからも明らかである。

■期待を裏切るリスク
大きな期待を抱かせるJALのLCC事業であるが、以下の点については期待を裏切る可能性が秘められている。まず、もしJALのLCCが単なるポジショニングのフレームワークで導かれ(例:フルサービスキャリアが近距離~長距離全てを満遍なくカバーし、近距離にLCCがあるとすると新しいLCCが目指すべきポジションは中長距離LCCである)、ありふれたコスト削減施策による事業を検討しているのであれば、期待外れに終わる可能性がある。

また、JALが培った経験やノウハウを活用することを前提としているのであれば、要注意である。フルサービス航空会社の常識やコストダウン、効率化の手法では、大きな違いを生み出すことができないことは、欧米をはじめとする大手航空会社の子会社LCCの多くが失敗に終わった事例で明らかである。(JALもその昔JALWAYSで大きな差別化を生み出せずに撤退している)そう考えると、LCC事業の主要な人材にJAL既存の人的リソースを充てるのであれば、欧米をはじめとする大手子会社LCCの二の舞になる危険をはらむ。

LCCの意思決定にJAL本体が関与する余地があるとすれば、それも大きな足かせとなろう。JAL本体の顔色を窺う意思決定では思い切った決断や、市場を驚かすような施策は出てこない。また、委託先をJALグループ内に留め、取引先の選定に自由な意思決定が持ち込めないのであれば、低運賃の原資であるコスト削減が十分に実現できず、そもそものビジネスモデルに支障をきたすことも考えられる。これらのことから、親会社のからの独立性をどう担保するかは今後の見どころの一つである。

斬新なビジネスモデルには、他者が模倣したくとも物理的、心理的に模倣ができず、競争優位性が長期間にわたり持続するような戦略を確立する必要がある。例えば、斬新なアイディアで、今年のハンブルクでお披露目された機内座席の立席化も、一度世に出てしまえば2年もすれば模倣され、その後の競争優位性は打ち消されてしまう。

しかしながら、JALが満を持して発表した中長距離のLCC事業には、我々がまだ知ることのできない秀逸な戦略が隠されているはずである。その戦略を見極めるためにも、JALが創る新たなLCC事業の動向に注目したい。

【参考記事】
■ANAが目指す「瞬間移動」が航空業界を破壊する (森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/53384699-20180427.html
■ゲームチェンジャーとして加速するJAL (森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/52699273-20171229.html
■アメリカン航空に学ぶ「捨てる」勇気 (森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/50552975-20170131.html
■地域航空が国鉄に学ぶべき理由 (森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49893178-20161031.html
■星野リゾートとリッツカールトンの戦略の違いとは (森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49185987-20160729.html


森山祐樹 中小企業診断士