キングジムの型破り開発術を中小企業が単純にマネしてはいけない理由(岡崎よしひろ 中小企業診断士)

文具業界で成功を収めているキングジム社。自社もこのような成功にあやかって更に飛躍したいと考えているビジネスパーソンの皆様。ちょっと待ってください。

働く人や学生さんにとってなくてはならない相棒。文房具。最近では文房具のムック本が出ていたり、文房具の様々な活用方法が雑誌で特集されたりと注目を集めています。

その流れかどうかわかりませんが、

ユニークなデジタル機器やアイデア文房具を次々と発売しているメーカーがある。創業88年の「キングジム(事務の王様の意味)」だ。ラベルライター「テプラ」のほか、メールもネットもできないデジタルメモ「ポメラ」や手書きのメモ帳をデジタルデータにできる「ショットノート」まで...ニッチ層の心を掴むヒット商品を生み出してきた。市場調査は一切せず「1割の人が買いたいもの」を狙って開発する異色の企業文化に迫る!

といった興味深い報道がなされるとの事です。

キングジム社の文具というと、このほかには大きなファイルであるキングファイル、ラベルを作れるテプラなど、仕事でお世話になっている人も多いかもしれませんね。

このように、文具業界で成功を収めているキングジム社。自社もこのような成功にあやかって更に飛躍したいと考えているビジネスパーソンの皆様。ちょっと待ってください。

■1割の人が買いたいものって

1割の人が買いたいもの。言い換えると、10人に一人が欲しいと感じるような製品。キャッチーですよね。なんだか万人受けする製品開発に背を向けて、売れるかどうかわからないけど尖った製品を作るんだといった気概が感じられます。

このように書くと、かなり絞り込んでいるように思えますが、実際には1割もの人が欲しいと思うものを狙って開発するといった絞り込み方になっています。

もちろん、万人が欲しがるものを提供できれば莫大な収益を獲得することができるのは皆さんが認めるところだと思いますが、これは中々難しいのです。

そのため、1割くらいの人が欲しがるものを提供するというのは、セオリー通りの行動であると考えられます。

とここまでで、「そうか1割の人が買いたいものを開発すればいいんだ!」と考えて取り組むもうと考える方もいるかもしれませんが、もう少し本稿に付き合ってください。

■1割ではなくもっと絞り込む

本稿を読んでくださっている方の多くは、キングジム社ほどには経営資源(いわゆるヒト・モノ・カネ)がない企業にお勤めだったり、そういった企業を営んでいると考えられます。

どうしてそのようなことが言えるかというと、我が国の企業の99.7%は中小企業で、働いている人の約66%はそこで働いているからです。

そして、キングジム社は資本金、従業員数いずれの基準でも中小企業には該当しません。つまり大企業なのですね。

そのため、今回の報道は『「1割の人が買いたいもの」狙って開発する異色の企業文化』に注目して、「独自の取り組みをしているんだな」と考えるのではなく、「大きな経営資源を持っているキングジムのような大企業ですら、ターゲットを絞り込んだ製品開発を行っている」といった視点で見ていく必要があります。

つまり、大企業ですら1割程度の人に受ける製品を投入しているのだから、あなたの会社はもっと絞り込んだ製品を市場に投入していった方が望ましいという事です。

例えば、同じ文具を扱う会社だとしたら、1割もの人が受け入れる文具ではなく、『50代から60代の男性が趣味の仲間と集まるような場合に使ってもらえるようなメモ帳』とか『大人の男性が食べたスイーツを記録するノート』を開発すると言った風に大胆に絞り込んでいった方が結果としてうまく行く可能性が高まるという事です。

■さらなるニッチを狙っていく

大企業と真っ向勝負を挑んでも全国津々浦々にまで自社製品を届けることもなかなか容易ではないですし、価格面で対抗するのは難しいのが現実です。大企業は低コストで製造することが可能な生産設備や、生産を委託できる取引先。全国津々浦々に商品を届けられる物流網といった巨大な経営資源をすでに保有しています。

そのうえ、一般的に言って大企業は大きな信用を既に得ているため、同じような製品であれば大企業の製品の方を結果として消費者は選ぶといった事も発生します。

このため、本特集を見て「ウチも1割の人に刺さる製品開発を」しようと考えるだけでは、同じ土俵で戦う事になってしまいます。

そのため、むしろ「キングジム社が1割の人が買いたいものを開発するなら、ウチは1%の人が買いたいものを作ろう」と考えていく必要性があるのですね。

【参考記事】

(2015年5月7日「シェアーズカフェ・オンライン」より転載)

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