最近、東京の街頭に旧日本軍のコスプレをした若者たちが登場し、メディアで話題になっています。
経済や政治の歴史の観点からすれば、低成長が常態化し、格差が固定化する様相を呈している今日の状況で、ナチズムのような考え方が復活しつつあるのは驚くに値しません。
そこで簡単にナチズムの台頭した背景と、当時の経済や政治の状況を振り返ってみることにします。
第一次世界大戦でドイツは敗戦国となり、賠償金を要求されます。当時のドイツは、しっかりした徴税ベースが無かったので政府負債に依存せざるを得ませんでした。
それは資本市場のクラウディング(=政府以外の借り手を、おしのけること)を起こし、ドイツ企業の資本コストは上昇しました。
賠償金問題がある限り、ドイツ政府はどんなに努力しても財政均衡を実現することは困難でした。そこで(どうせ財政赤字を立て直すことは無理だ)という諦観のもとに、責任ある政府予算を立てるインセンティブが失われてしまったのです。
このため増税などの方法で政府の収入を増やす努力をまったく伴わないまま、政府支出だけが増えました。
また安易な現状打開策として、インフレ政策に対する肯定論が次第に政界や財界に浸透していったのです。実際問題としてドイツはインフレを起こして借金を帳消しにするか、デフォルトするかのどちらかしか選択肢は無かったのです。
著名な投資銀行家、シグムンド・ウォーバーグは、次のように語っています:
インフレは意志の弱い政治家たちが逃げ込む安易な方便であり、その意味でインフレは政治的な現象である
インフレ下では雇用拡大につながりやすいため、労働者は職を見つけることは出来ました。また事業主は不動産や外貨に投資することで富の減価に対して自衛手段を講じました。
しかし年金生活者は給付額が予め決まっているので、インフレに対し措置を講じることができず、あっという間に困窮化しました。このようにインフレを起こすということは負担を担う相手のリバランスの意味合いがありました。
当時のワイマール共和国の政党政治は労働者階級の代弁者を自負する社会民主党(SD)と実業界の権益の擁護を掲げる人民党(PP)の対立構造で説明出来ました。
しかしその最大の特徴は1920年代を通じて沢山の政党分裂が起き、政党政治の機能マヒが起きたという点です。
このような政治の停滞の中で労働者階級の多くはより平等な社会を夢見て共産主義(コミュニズム)に傾倒します。
実業界はこのコミュニズムの勢力伸長に極めて神経をとがらせていました。
このようにドイツの政治に停滞感が漂っていたときに国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)が登場したのです。「ナチズム」という呼称は、国家社会主義ドイツ労働者党の党名を短くした「ナチ」から来ているのです。
ナチス党がユニークだった点は、上に述べたような各政党の割拠、そしてお互いに譲歩しないことで何も実現できないという閉塞状況の中で、いろいろな社会階層の断絶を軽々と乗り越え、非常に多くの人々の共感を得たという点です。
1900年以降に生まれた若い世代は、とりわけナチス党支持者が多かったです。これはドイツ社会が若者を冷遇する社会になっているという実感を多くの若者がもっており、それを変革するにはナチス党のような、躍動感に満ちた、新しい勢力が必要だと考えたからでした。
一方、ドイツ実業界はインフレによる労働者の賃金上昇に苦しんでいました。さらに労働組合の力が強く、実質賃金の下落や労働条件の悪化(=こんにちの日本で言えばブラック企業)に彼らがとりわけ敏感だったので、収益性の低下に苦しみました。
1929年、ニューヨーク株式市場が大暴落します。ドイツは貿易赤字で、外国からの資本に依存する体質でした。大暴落は、そのアメリカ資本が断たれることを意味しました。
そのような状況下で、ウィーンのロスチャイルド家の資本が入っていたクレディトアンシュタルト銀行が1931年に破たんします。商業手形の不渡りが続出し、金融恐慌がおきます。
1932年には深刻なデフレとなりドイツのインフレ率は-12%、失業率は37%になります。
経済の混乱は非常事態宣言の乱発を招き、それがヒトラー独裁への道を固めたのです。当時、ドイツの実業界や裕福層は、彼らの富がナチズムから彼らを守ると考えました。
1932年にハンブルグの高級住宅地のユダヤ教会に反ユダヤの暴徒が乱入し狼藉を働く事件が起きました。ナチス党は共産党員を拘束、全ての左翼新聞の閉鎖を決めます。その後、ユダヤ人資本家に対する風当たりはどんどん強まり、ユダヤ系資本の企業はアーリア人のパートナーを招き入れることで接収を免れようとします。
しかし最終的には大半の企業や富がナチス政権により没収され、裕福なユダヤ人の多くも財産の保全が出来ないまま、アメリカやイギリスに脱出しました。こうして1933年から1939年にかけて約50万人のユダヤ人がドイツから他国へ移民したのです。
さて、今年中間選挙を迎えるアメリカで、今、最大の争点のひとつだと考えられている問題は固定化の様相を呈している格差問題です。
この問題に対して世間の関心が高いからこそ、トマ・ピケティの『21世紀の資本論』のようなお堅い本がベストセラーになるのだし、ミレニアル世代と呼ばれるアメリカの若者たちの考え方(=婚期が遅い、家やクルマを買わない)が金融政策にすら影響を及ぼそうとしているわけです。
社会の過半数の人々が「こんな社会なら、維持する意味は無い!」と感じたとき、ピケティ流に言わせれば「民主主義のプロセスが阻害される」わけで、全体主義や戦争の遂行は偏在する富の「平準化」に効果てきめんです。
(2014年5月12日「Market Hack」より転載)