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2018年07月08日 21時51分 JST | 更新 2018年07月11日 10時25分 JST

戦災孤児だったおじいちゃん~わたしの遺伝子が記憶する歴史を辿って~

その「小さな歴史」は、あなたに調べられることをきっと待っている。

生まれたばかりの私と祖父
谷村一成
生まれたばかりの私と祖父

2013年の春のことだったと思う。私は家族と共に、高知県土佐清水市に住む祖父のもとへ行っていた。ある日、祖父が珍しく、私と従姉妹だけを呼び、昔話を始めた。

祖父の父。つまり、私の曽祖父である谷村進章は海軍に召集され、グアム島で玉砕した。進章の妻、治子も結核により病死。終戦時、祖父は2つ年上の姉と2人で戦災孤児となった。

谷村一成
実の孫のようにかわいがってくださっている祖父の姉

近所の家に世話になっていたが、戦後の混乱により、自分の子どもを育てるのでも精一杯な時代。囲炉裏鍋で頭を叩かれるなどの虐待に耐え、小学校にもろくに通えず、山に行っては牛に木材を引かせ、牧場ではヤギの乳を絞り、遊ぶこともなく働いていたという。祖父がどうやって字を書けるようになったのか、私は知るすべがない。だが、やはり満足した教育を受けることができなかったようで、年賀状など字が人目に触れる場合は、「字を書くのが苦手」だと言って、妻(私の祖母)や長男の妻(私の叔母)に代わりに書いてもらっていたようだ。

谷村家はそれなりに田畑などを持っていたため、比較的豊かな家だったそうだ。そして、長男である進章(私の曽祖父)は、それらの財産を相続する予定であった。しかし、進章が戦死した結果としてそれらの財産は祖父が引き継ぐことになった。だが、なんせ終戦当時まだ3歳。訳もわからぬまま、気づいたら財産はなくなっていたという。

祖父のような戦災孤児は、当時の日本にはあちこちにいた。昭和23年2月1日に厚生省が発表した全国孤児一斉調査によると、123,511人もの孤児が生じていたことがわかる。(この数字には、行き場がなく路上生活をしていた孤児が含まれていない。朝日年鑑によるとそのような孤児は3,5万人にものぼるという。)

だが、そのうちの1割程度である12,202人しか保護施設に入れていない。残りは、祖父のように他人の家で幼いうちから働いたり、路上で孤児どうし固まって生活したりしていたのだ。こうした孤児たちの実態は、長く明らかにされてこなかった。

2016年に「戦争孤児たちの戦後史研究会」が発足するなど、ようやくその実態を把握しようという動きが起きている。だが、戦災孤児だった方々はすでに高齢となっており、これまで補償や支援も受けられないまま苦しい生活を送ってきた。そして、多くの元戦災孤児たちは、自身の悲惨な体験を家族にすら打ち明けなかったという。

谷村一成
祖父はここで左官業を営んでいた

中学校には通うことがかなわず、大阪に出て左官職人となった祖父は、その後独立。谷村左官という小さな会社を起こして高知に戻り、愚直にただひたすら真面目に働いてきた。贅沢をしたり、遊んだりしていたという話は一度たりとも聞いたことがない。自分のことは二の次に、悪口一つ言わず他人のために尽くし続けた生涯だった。そんな祖父が、過去の苦しかった思い出を、怒りや悔しさをまじえながら話す姿はあまりにも衝撃だった。祖父が自分の過去を話したのはその時が初めてだった。そして、それが最後となった。戦災孤児だった過去を私に話して半年もしないうちに、祖父は旅立ってしまった。

戦後73年が経とうとしている。これは、戦争を記憶する世代が、最も若くても70代後半となっていることを意味する。そうした中で、悲惨な歴史を後世に伝えようとする動きも盛んになっている。もちろん、戦争に限らず、そうした歴史を知り、後世に伝えていくことは大切なことだ。だが、それは決して、歴史的な重要人物の名前を覚えたり、事件の発生した年号を覚えたりすることではない。教科書に掲載され、社会的に共有されている「大きな歴史」の中で、自分に連なる先人たちが、時代の流れに翻弄されながらも、いかに生き、いかに苦しみ、いかにそれを乗り越えてきたのかという「小さな歴史」を知ることこそが大切なのではないだろうか。そうして初めて歴史はそれぞれの個人にとってリアリティを持ち、後世に伝わっていくのだと思う。

歴史は学者だけが調べ、記録し、教科書によってのみ後世に伝えられるかのような錯覚に陥りがちだが、決してそうではない。私はライフワークとして、自分に連なる先人たちが、明治維新や太平洋戦争などの「大きな歴史」の中で、いかに生きてきたかという「小さな歴史」を調べてきた。ルーツ探しをしているただのモノ好きのように思われることも多いが、私にとってこれは知るべきものだと考えている。それは、たしかにわたしが直接経験したことではないが、わたしへの命のリレーをつないできた先人が経験したこと、わたしのDNAが経験してきた歴史なのだ。歴史を忘れない、とはこういうことだと思っている。

この夏、祖父母や両親に会う機会も増える時期だと思う。そんな時に、ふと尋ねてみてほしい。あなたに連なる先人たちがどう生きてきたのか。いま日本中で、たくさんの歴史が、誰にも伝わらないままに消えようとしている。その「小さな歴史」は、あなたに調べられることをきっと待っている。

谷村一成
祖父が両親の記憶がなかったはずだ。でも、みんな左方向を向いて写っているのは遺伝かな?