【シリーズ:ウナギをめぐって】第3回 ウナギという魚の危機

ウナギは今、深刻な絶滅の危機にあるとされています。 その根拠とされる理由は、大きく2つあります。
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野生生物であり、かつ日常なじみ深い水産物であるウナギ。しかし最近まで、その生態はよくわかっておらず、個体数を推定するデータも不足しています。それでも、資源量の不足や、絶滅の危機が指摘されている、というのは、おかしなことのように聞こえるかもしれません。今回は、ウナギという動物の危機について考えてみます。

ウナギが減少の危機に?

川や湖沼で長年すごし、海へ降って産卵するウナギ。 特にニホンウナギは、長大な旅をしてフィリピン近海の海で産卵をし、その稚魚がまた日本の近海へと回遊してくる、謎の生態を持つ魚です。 その移動距離の長さや、トラやゾウなどと比べればはるかに小さいウナギという魚の大きさ、また水中という生息環境を考えると、精密な行動の追跡調査を行なうのは容易ではありません。 近年ようやく、大変な調査と研究努力の結果、ニホンウナギが産卵場所の海から、どのように海流に乗って日本近海まで戻ってくるかが明らかにされました。 しかし、川を降ったウナギがどのように産卵場所の海域に至るのか、そのルートや行動などは、今もよく分かっていません。 こうした魚類が一体どれくらいいるのかを推定するのは、非常に困難な作業になります。 そもそも、データがないだけでなく、どうやってデータを取るのかも定まっていません。 つまり、そもそも全体的に減少しているのか、また減少している場合、その程度はどのくらいなのかも、定量的に示すことができないのです。 それでも、ウナギは今、深刻な絶滅の危機にあるとされています。 その根拠とされる理由は、大きく2つあります。

理由1.水産資源としての危機

ウナギ減少の理由の一つとして挙げられるのは、「漁獲量」の減少です。 誤解してはいけない点は、「漁獲量=個体数」ではないこと。 漁獲量はあくまで、自然の中に存在する野生の個体の中から、人間が獲った量を示すものです。魚の個体数は減っても、人間がもっと努力して漁業を行えば、すぐには漁獲量は減らない場合もあります。 しかし、これが減少しているということは、そもそもの個体数自体も減少している可能性が考えられます。 水産庁のデータからも、ニホンウナギの漁獲量が1950年代後半から、減少を続けていることがわかりますが、その大幅な数字の変化は、水産資源としてのニホンウナギが、深刻な危機にさらされていることをいることを示すものといえます。

もう一つ、これに類したデータとして、ウナギの「消費量」、つまり「どれくらい食べられているか」を示した数字もあります。 これも「個体数」とは異なるものですが、それが明らかに急増した場合、当然、「漁獲量」も急増し、それが乱獲のような形で、野生の「個体数」に大きな圧力をかけてしまっていることが懸念されます。 水産資源となる生物の場合、個体数が分からなくても、このような「漁獲」や「消費」などの数量が、その危機を表す一つのデータとされるケースがあるのです。 ここ数年(201X-2017年?)のデータを見ても日本だけで、年間約5万トンのウナギが消費されています。 この需要を賄うために行なわれる漁獲が、もしもウナギの自然の再生産(産卵・成長)を上回る、過剰な規模で行なわれていたら、どれほどウナギがいたとしても、その減少は避けられないことになります。

理由2.野生生物としての危機

もう一つの危機の根拠となる理由は、ウナギを野生生物として見た時に指摘される危機です。 IUCN(国際自然保護連合)は、野生生物の絶滅の危機の度合いを調査・評価した「レッドリスト(絶滅の恐れのある野生生物のリスト)」を公開しています。 現在ここで「絶滅のおそれが高い種」として評価されている野生生物は、世界に約2万種。 ウナギ(Anguilla)属の魚についても、16種中、13種が、このレッドリストに掲載されています。

この中で、CR(近絶滅種)、EN(絶滅危惧種)、VU(危急種)の3ランクに評価された種が、「絶滅の恐れの高い種(絶滅危機種)」とされています。 ここには現状で、ヨーロッパウナギ、ニホンウナギ、アメリカウナギという、世界的に最もよく食べられている3種のウナギが入っています。 NT(近危急種)は、この絶滅危機種の3つのランクに準じた評価で、今後の状況によっては「VU」にランクアップされる可能性があります。 LC(低危険種)は通常、現状で絶滅のおそれがない、と評価されている種ですが、DD(情報不足種)の方は、今後の調査によっては、絶滅の恐れが明らかになる可能性のある種なので、安心という訳ではありません。 また、この13種にもれた16種中の3種は、まだ絶滅危機の評価が行なわれていない種、ということになります。 ただこの一覧を見ると、個体数の減少傾向については、ヨーロッパウナギ、ニホンウナギ、アメリカウナギの3種を除いた全てが、「不明」とされています。 オオウナギのように絶滅の危機が現時点ではないとされる種や、DDの評価を受けている種はともかく、VUのボルネオウナギやNTのビカーラウナギについても、減少しているかどうかがわからない、というのは、どういうわけでしょうか。 それは、過剰な漁獲による減少以外の要因、特に分布域での環境悪化などの進行が、ウナギという野生生物の生息を年々難しいものにしている、と判断されているためなのです。

ウナギの減少を招くさまざまな要因

野生生物の絶滅の危機は、必ずしもその個体数の減少だけで評価されるわけではありません。 分布域の森や海などの自然がどれくらいの広さ、速さで失われているかが明確であれば、絶滅危機種に指定されます。

仮に、実際に生息している個体数が分からなくても、環境破壊による影響と、減少している可能性がほぼ確実であれば、危機の評価は行なわれます。 ウナギの場合も実際に、生息域の環境変化の深刻な影響を受けていると考えられています。

たとえば、ダム建設などの大規模な開発事業も、ウナギが遡る川の流れを断絶し、そのすみかを奪ってしまいます。 特に河口堰の建設は、川の下流部への潮の侵入を阻み、流れを止めるだけでなく、海水と淡水の混ざった「汽水」の自然を大幅に削り取ってしまうため、川へ入るシラスウナギは遡上することが困難になります。 また、河川や湖沼の沿岸を、コンクリートの堤防で護岸するなどの工事も、ウナギの食物となる小さな動物を減少させる原因になるため、その影響も受けることが心配されます。

さらに近年は、気候変動(地球温暖化)の影響による海水温の上昇や海流の変化が、ウナギの産卵場所および回遊経路に大きな影響を及ぼす可能性が指摘されています。 例えば、ニホンウナギは、西マリアナ諸島の西方沖で産卵しますが、その厳密な産卵地点の緯度は上下します。温暖化が進むとこの産卵地点はどんどん南に下がるといわれています。

ここで生まれたニホンウナギは仔魚(レプトセファルス)は、北赤道海流に乗って西へ向かい、その後、南北に分かれる海流のうち、北へと流れる黒潮に乗って、東アジアの沿岸に来ます。 しかし、そもそも産卵地点が南下してしまうと、南へ向かうミンダナオ海流に取り込まれ、成長の場である東アジアにたどり着けない個体が増えてしまうことになります。 これらの個体は、ニホンウナギ本来の生活サイクルを手に入れられず、繁殖もできなくなります。

さらに、温暖化は北赤道海流が南北に分岐する海域の緯度をも、上下させてしまうと考えられており、このことも、ニホンウナギ本来の回遊を妨げると懸念されています。

過剰な利用という漁業資源としての危機。 そして、生息環境の悪化という野生生物としての危機。 ウナギに限りませんが、野生生物が絶滅の危機に追い込まれる問題が生じた場合、その原因が1つや2つに特定されることは、あまりありません。

特に、ニホンウナギのように広い地域や海域でくらし、多様な環境を利用して生きている動物の場合は、そのそれぞれの場所や条件で生じる圧力や脅威がいくつも合わさり、危機が大きくなる例が大半です。 正確な個体数が不明のままでも、絶滅の危機の傾向が強まっていると考えられているウナギ。

次回はその未来を左右する、その「資源管理」あり方と現状の課題に注目いたします。

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