インドネシア・スラウェシ島 エビ養殖業改善プロジェクト

ASC認証の取得が実現すれば、海の自然に配慮したエビが、スラウェシ島から日本にやってくることになります。
(画像はイメージ)
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日本で最も人気のある水産物の一つ、エビ。 その主な輸入先は東南アジアの国々で、中でもインドネシアは、輸入量で第3位の13%を占めています。 しかし、このエビ養殖は、沿岸の自然を破壊する主因の一つにもなっています。 そこで、2018年7月、WWFはインドネシア・スラウェシ島で、自然環境や労働者・地域社会に配慮したエビ(ブラックタイガー)養殖への転換を目指す、養殖業改善プロジェクトを開始しました。 プロジェクトでは、ASC(水産養殖管理協議会)基準を満たす持続可能な水準に到達することを目指した、養殖の改善に取り組みます。ASC認証の取得が実現すれば、海の自然に配慮したエビが、スラウェシ島から日本にやってくることになります。

インドネシア・スラウェシ島 エビ養殖業改善プロジェクト概要

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失われるマングローブの自然

魚類や甲殻類、鳥類や爬虫類をはじめとする多様な生きもののすみかや採食場となるマングローブ。 マングローブは、熱帯から亜熱帯の海辺や河口に広がる森林で、ヒルギ科の植物を中心とした樹種によって構成されています。干潮時には樹木の生えた地面が露出し、満潮時にはそれが冠水する「浅海域」の景観の一つで、林立するヒルギの根が大型の魚類などの侵入を防いでいることから、エビやカニ、貝類などの小動物や魚の卵、稚魚などにとって、安全な生息場所にもなっています。 また、陸地と海の間を覆うマングローブは、高潮や強風などの影響を軽減する環境としても、大きな役割も持っています。密集しながら広域に根を張ったヒルギの木立が、波や風の力を吸収し、弱める緩衝地帯となるためです。実際、インドネシアでの巨大地震などの折にも、自然のマングローブが残っていた場所では、津波の被害が少なかったという報告もあります。 しかし、このマングローブの環境は今、各地でエビの養殖池をつくるために伐採され、失われ続けています。 魚の稚魚やエビなどの自然の育成場所ともなっているマングローブは、沿岸部だけでなく、より広域の海域の生物の生産性を支える重要な環境です。 そこでWWFは、エビの養殖を手掛ける地域の人々や、養殖にかかわる企業と共に、その環境を保全する取り組みを行なっています。

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エビ養殖の改善に向けた、生産国と消費国の関係者による協働

今回WWFジャパンでは、そうした取り組みの一環として、2018年7月より、インドネシア・スラウェシ島南部に位置するピンラン県で、新たなプロジェクトを開始しました。 インドネシアは、世界でも屈指の豊かな自然環境と水産資源を有し、漁業・養殖業が主要な産業として人々の生活を支えている国。 スラウェシ島にもかつては、マングローブが生い茂り豊かな自然が広がっていました。 しかし近年は、無計画なエビ養殖場が広く造成されてきたため、その本来の自然が豊かさを失いつつあります。 また、暴風や高波といった悪天候による被害も、マングローブの減少に伴い深刻化。地域の人々の生活やエビ養殖に影響を及ぼし、各地域の悩みの種となっています。 そのためWWFインドネシアは、スラウェシ島南部でエビの加工を行なっているインドネシア企業、PT. Bogatama Marinusa/ PT. BOMAR(以下、BOMAR社)に、地域の沿岸環境に配慮した養殖を実現するよう働きかけを行なってきました。 このBOMAR社は、日本生活協同組合連合会(以下、日本生協連)にエビを納入している現地業者でもあり、その主要調達先として、日本のエビ消費にも大きく関わっている企業でもあります。 調達先の企業が現地での養殖業の改善に積極的に関わり、また対象となる水産物の調達を継続的に行なっていくことは、現地の企業が養殖業の改善に取り組む強い動機づけになります。 そのため、WWFジャパンはWWFインドネシアとの連携のもと、日本生協連に対して、今回のスラウェシ島南部でのエビ養殖業改善の取り組みへの参画を依頼し、プロジェクトが開始されることになりました。 プロジェクトの目標は、該当する現地のエビ養殖が、自然環境や労働者・地域社会に配慮した養殖業を認証する、国際的な養殖のエコラベル認証「ASC(水産養殖管理協議会)認証」を取得すること。 プロジェクトの背景には、日本生協連が生産現場の自然環境や労働者への配慮を重視した水産物の調達拡大を目指していることがあります。 現場であるスラウェシ島のピンラン県は、エビ養殖が地域住民の重要な生計手段となっている地域。 ここで、生産国インドネシアと、消費国日本の関係者である、BOMAR社、日本生協連、WWFインドネシア、WWFジャパンが一丸となり、自然と人の暮らしの共存を実現する未来の養殖業を目指す協働が開始されています。

「生態系の保全」と「持続可能な生計の確立」を目指して

本プロジェクトでは、エビ養殖業の改善を通じて、マングローブ生態系の保全と、地域住民の持続可能な生計の確立を目指していきます。 主な活動は、エビ養殖に関する自然環境への影響の調査に基づき、かつてあったマングローブを再生することによる生態系の保全です。 今回まず改善の対象となる養殖池の面積は、約60ヘクタール。ASCのエビ基準では、養殖池をつくるために失われた面積の50%に相当するマングローブを再生することが求められています。そのため、約30ヘクタールにあたるマングローブの再生を行ない、養殖池やその周辺の自然環境の回復や、養殖池周辺に生息する生きものの保全に取り組んでいきます。 加えて、労働者に対して、水質調査をはじめとする自然環境への影響のモニタリングに関するトレーニングを行ない、労働者が養殖の自然環境に与える影響を適切に管理できるようにしていきます。 またこの地域では、エビの健康管理が十分にできておらず、飼育しているエビに病気が発生してしまうことがあります。これは、養殖の生産量全体に影響を及ぼすだけでなく、適切な対処が行なわれないことで病気の発生率が高まり、同じ池で養殖が続けられなくなる場合もあります。 ASCのエビ基準は、適切なエビの健康管理も求められており、労働者へのトレーニングを通じて、こうした課題への対処も行なっていきます。 さらに、こうした自然環境に配慮した養殖業への転換は、今の世代だけでなく、将来の世代にわたってエビ養殖を続けていけることにもつながります。地域にとって、エビ養殖は欠かせない重要な産業。今、働いている人たちはもちろん、より若い人々にも普及啓発を行ない、地元の政府機関にも理解を促進してもらう必要があります。プロジェクトでは地域全体として養殖業の改善を進めることで、地域住民の持続可能な生計の確立も目指していきます。

国境を越えた取り組みとして

一方、エビを輸入し、消費している日本でも、取組が求められています。 日本では、まだまだ持続可能な水産物に関する認知度が十分ではなく、普段の生活の中で食べているシーフードが、世界のどこで、どのような形で生産されているのか、ほとんど関心が持たれていません。これは、多くの日本人が、安くて環境に配慮していないエビの消費を通じて、知らず知らずのうちに、マングローブの豊かな森の破壊に、加担している可能性を示すものです。 そのため、WWFでは今回のプロジェクトを通じて、日本生協連とともに、日本全国で2,000万人以上の組合員が加入する生活協同組合のネットワークを活用し、養殖エビをはじめとする持続可能な水産物に関する普及啓発を行なっていきます。 消費者による、持続可能な水産物の理解や購入が促進されることにより、そうした水産物の需要が拡大し、マングローブの自然が将来にわたって守られ、現場で持続可能なエビ養殖に取り組む養殖業者や養殖池の拡大につながることが期待されます。 また、こうした取り組みは、将来的な食料問題の解決にもつながるものです。 人が手をかけて行なう養殖も、健全な海の環境、周辺の豊かなマングローブの自然があって、初めて成り立ちます。 養殖も自然環境への配慮を欠いたまま生産を続ければ、結局は生産性が低下し、ついには生産自体が困難な状況に陥ってしまうでしょう。 近年、世界では、養殖水産物の生産量が天然水産物の生産量を上回り、今後さらに養殖の割合が増加することが予想されるようになってきました。 世界の人口増加に伴いより多くの食料が必要とされる中で、地域の生計を支え、生産を続けていくためには、今のこされた自然を守り、人の暮らしとの共存を実現することが、必要なのです。 今回のプロジェクトは、こうした課題の解決に向けた挑戦の一つでもあります。

プロジェクトの目標

WWFジャパンは、3年間のプロジェクトを通して、以下の目標の達成を目指していきます。

●ASC基準に基づいてエビ養殖業が改善されることにより、プロジェクト現場の養殖池周辺の自然環境や生物多様性が保全されはじめること

●プロジェクト現場となる地域全体で、ASC基準に基づいたエビ養殖への転換が進むことで、地域住民の生計の持続可能性が促進されること

●プロジェクトの発信および普及啓発活動を通じて、日本の消費者の持続可能な水産物に対する消費選択が拡大すること

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