シベリアトラ2頭 野生復帰へ

瀕死の状態から回復することができました。
Ilya Naymushin / Reuters

2018年5月、極東ロシアのリハビリテーションセンターで保護されていた2頭のシベリアトラが、無事に野生復帰を果たしました。この2頭は2016年と2017年に、それぞれ親とはぐれ、またケガをした状態で保護された仔トラです。今回の野生復帰では、仔トラが森で自分の力で獲物を狩って生きられるように1年以上のトレーニングを実施。さらに、2頭を同時に森に返すという初の試みが行なわれました。

シベリアトラにとっての脅威

極東ロシアの森に生息するシベリアトラ(アムールトラ)。 全長3メートルを超える体躯を持つ、トラの中では最大の亜種です。 その個体数は1900年代半ばには数十頭にまで減少しましたが、その後、行なわれてきたさまざまな保護活動の結果、徐々に回復。現在の個体数は523~540頭と推定されています。 しかし、それでもまだ絶滅の危機から脱したとは言えない状況が続いています。 シベリアトラにとって最大の脅威は、生息地である森林の破壊と密猟。 さらに近年は、現地の森で新たな問題も起き始めています。 例えば、近年増えているのは、トラが人里に出てきて家畜を襲ったり、人を死傷させる遭遇事故です。 その主な原因は、生息地だった森林が失われ、トラの獲物となる草食動物が減少したこと。さらに、そこに人の居住区が造られたことで、人と遭遇する機会が増えたことなどです。 大型の肉食獣であるトラが人の居住区の中や周辺に姿を現すことは、地域の住民にとっては深刻な問題。結果的にトラが危険と見なされ、殺されることもしばしばあります。 実際、2016年には人里に出てきた2頭のトラが殺される事件が起きました。 保護によって増えたとはいえ、それでも数が少ない野生のトラが、1頭でも減ることになれば、シベリアトラはそれだけ、絶滅に近づくことになります。 そうした状況の中で、捕獲されたトラを保護し、野生に復帰させるための必要な処置を行なうことは、トラの個体数を回復する上で、重要な取り組みとなります。 そしてWWFはこれを推進するため、リハビリセンターの建設や、センターでの実際の救護、野生復帰に向けた訓練などを、資金面や技術面で支援を行なってきました。

2頭の仔トラの保護

2018年5月に野生に戻された2頭のトラも、多くの人々の努力によるこの野生復帰の試みにより、森への一歩を再び踏み出すことになりました。 そのうちの1頭は、2016年12月に保護された「ラゾ」と名付けられたメスのトラでした。 ラゾは生後まだ5か月の仔トラで、沿海地方ラゾ村のごみ捨て場に1頭でいるところを発見されたのです。 現場では、政府の狩猟局が2週間にわたり観察を続けましたが、近くに母トラの姿が見られなかったため、マイナス25度になる冬を仔トラ一頭で乗り切るのは難しいと判断。 ラゾは捕獲され、リハビリテーションセンターに運ばれた後、野生復帰のトレーニングを受けることになりました。 もう1頭のオスの仔トラ「サイカン」は2017年1月、沿海地方北部で密猟者に撃たれ、大ケガをした状態で保護されました。 5~7か月の仔トラだったため、近くには密猟を免れた母トラと他の仔トラがいる可能性もありましたが、ケガによる命の危険があったため、すぐにリハビリテーションセンターに運ばれました。 その後の検査では失明の可能性も危ぶまれたものの、獣医による緊急手術と懸命な治療が続けられ、瀕死の状態から回復することができました。 そして回復後、1年半にわたる野生復帰のための狩りの訓練などが始められました。

野生復帰と新たな試み

こうしたリハビリテーションセンターでの治療とトレーニングを一緒に受けてきた2頭は、2018年5月、ついに野生に戻されることになりました。 保護された当時はまだ生後数か月の仔トラでしたが、1年以上経てば、もう立派な成獣として親離れをしている時期。 繁殖できるようになるまでには、まだ数年待たねばなりませんが、それでも身体は十分に成長しています。 復帰場所として選ばれたのは、沿海地方の西に隣接するユダヤ自治州の森。 ここは、森と人里が十分に離れている上、獲物になるシカなどの草食動物が十分に生息しており、しかもトラの個体数がまだ少ない地域です。 そして今回の野生復帰では、現地の森での「慣らし」を行ない、しかも2頭を同時に森に返す、という初の試みも行なわれました。 2018年5月12日、麻酔銃で眠らされたラゾとサイカンは、健康状態に関する検査を受け、ユダヤ自治州内の復帰予定地まで運ばれました。 首にはいずれも放獣後の行動を追跡するための発信器付きの首輪が付けられています。これにより、万一この2頭が再び人の集落に接近しても、探知することが可能になるのです。 2頭が放されたのは、森林内に敷設された50メートル四方のフェンスで囲まれた場所。 ここで1週間程度、現地の森林の環境に慣らした後、フェンスの扉を開ける、という段階的な方法がロシアで初めて採られました。 この段階的な「慣らし」の期間中、フェンスには専門家といえども、人が極力近づかないように厳しく制限が行なわれ、2頭の行動はもっぱら遠隔操作で動くカメラで観察されました。これは、これから野生に戻ろうとするトラが、人に慣れることがないようにするため、採られた措置です。 そして5月19日、森へと続くフェンスが開放されました。 まず出ていったのはラゾです。ラゾはしばらく外の様子をうかがった後、夕方の近づく東の方角に向かって行きました。 同じフェンス内で過ごしていたサイカンの方は、もう1日、このフェンス内で過ごした後、20日の朝に西の方向に向かって森の中へと消えて行きました。 WWFロシアのトラの専門家で、今回のプロジェクトも手掛けてきたパベル・フォメンコは、2頭の野生復帰について次のように話しています。 「今回はいつも行なっているトラの野生復帰とは違った取り組みとなりました。2頭のシベリアトラのリハビリを一緒に行ない、同時に同じエリアで放したのです。これは、実は初めての試みでした。 また「慣らし」を経験させる段階的な野生復帰も、初めてのことでした。こうしたリハビリの試みは、放されたトラがより確実に生存できるようにする上で重要だと考えています。 私たちは、自然の森の中で2頭がまた一緒になり、新しい世代を育んでくれることを願っています」 今後、発信機からの情報をもとに2頭の追跡調査が続けられる予定です。

今後の現場の取り組みと日本の役割

今回の2頭の野生復帰により、ユダヤ自治州に生息するトラの個体数は、現在確認されているだけで13頭となりました。 個体群としてはまだ小さいですが、この中からペアが誕生すれば今後、一定の確率で野生下でのトラの繁殖が実現するかもしれません。 今後、ユダヤ自治州で、トラの個体数を順調に回復させることができるかどうかは、政府やWWFをはじめとする環境保全団体の取り組みにかかっています。 WWFロシアでは今後も政府と協力しながら、保護されたトラの野生復帰だけでなく、ユダヤ自治州における新たな国立公園の制定などを推し進めていく予定です。 また、一方で今もトラの生息地で横行する大規模な商業伐採や違法伐採への対応も必要です。 こうした極東ロシアの森での森林破壊を防ぐために、日本の消費者にもできることがあります。 それは、破壊的な方法で生産された木材や、その木材製品に対して「No!」という意思を、お店やメーカーに対して明確に示すこと。そうした情報が不足していれば、その開示を求めることです。 極東ロシアで生産された木材は日本にも輸入されています。 この木材が、森の環境やトラなどの野生生物に配慮した「持続可能な方法」で生産されたものにしてゆければ、それは極東ロシアの森を守ることにつながります。 WWFでは、企業や消費者に対して、木材が持続可能な方法で生産されていることを認証するFSCマークが付いた製品を購入するよう呼びかけています。日本でも、こうしたマークのついた木材製品を、消費者が選択し、広げていくことが求められているのです。 ラゾとサイカンが自然豊かな森でくらしていけるように。WWFはこれからもロシアと日本の両国で協力して森林の保全とトラの保全活動に取り組んでいきます。

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