広島カープの優勝が現実味を帯び、私たち夫婦は離婚の危機に

今のカープが優勝するということは、日本、いや世界に元気を与えてくれる出来事なのだ。
Fans celebrating at baseball match of Hiroshima Toyo Carps inside MAZDA Zoom-Zoom Stadium, Hiroshima, Hiroshima Prefecture, Japan
Fans celebrating at baseball match of Hiroshima Toyo Carps inside MAZDA Zoom-Zoom Stadium, Hiroshima, Hiroshima Prefecture, Japan
Ian Trower via Getty Images

遂に広島カープにマジック20が点灯し、25年ぶりのリーグ優勝が現実味を帯びてきた。これは、本当に凄いことなのだが、残念ながら、野球に興味がない人に、これがどれだけすごいことなのか、わかりやすく説明された記事を見たことがない。

これは、単に「いつも弱いチームが今年たまたま強いみたい」というだけの話じゃない。私と妻の円満な夫婦関係が壊れるくらい凄いことで、今のカープが優勝するということは、日本、いや世界に元気を与えてくれる出来事なのだ。

新潟生まれの私がカープファンになったのは5歳の時。7人兄弟の末っ子の私は、兄姉と同じ球団を応援したくなかったため、セリーグで唯一残っていたカープを応援することになった。25年前に優勝した時は小学5年生だった。

同級生3人と、学校を休んで、新潟から日本シリーズの応援に埼玉の西武球場まで出かけた。小学6年生の時は、北別府学という投手の200勝記念試合のため、同級生と2人で夜行電車で広島まで行った。

15歳から海外に出て、カープ熱は冷めるかと思ったが、逆にもっと熱烈なファンになった。人道支援の世界に飛び込んだ私は、タイでは難民が通う学校に数ヶ月住み込んだり、ケニアでは世界最大の難民キャンプで3年近く働いた。

そこで、現地住民のニーズよりも、より資金力がある欧米諸国の援助機関の論理で物事が動く現実を前に、理想を見失いそうになることが何度もあった。そんな時、思い出したのがカープだった。高い給料が払えないために、エースや4番打者を巨人や阪神に放出しながらも、なぜか上位争いに位付く姿にどれほど勇気づけられたことか。

2013年、カープが初めてプレーオフに進出したとき、私はアゼルバイジャンという旧ソ連の国にいた。プレーオフを観戦するため、私は妻と一時帰国し、甲子園で阪神戦を見た。「甲子園で阪神以外を応援するなんて危険」と友人から言われたが、行ってみたら、球場の4割近くをカープファンが占めていた。

カープが2連勝して、1位の巨人と東京ドームで対戦することになった。妻は仕事でアゼルバイジャンに戻ったが、私はそのまま東京へ移動し、3試合すべて観戦した。結果は3連敗。

今年、カープが優勝すると予想する専門家は少なかった。マエケンという絶対的エースがメジャーに行った。一昨年、新人王だった大瀬良と、本塁打王だったエルドレッドがケガで開幕からフル回転できない状態。去年4位だったカープが、飛躍的に強くなるという要素は一つもないように思えた。

それが、残り26試合で、2位巨人に8ゲーム差をつけて独走の1位。なんで?と思うだろう。私も思っているし、説明がつかない。でも、説明ができないからこそ、「すごい」のである。

昨年、年俸20億円の契約を断り、メジャーリーグから黒田投手がカープへ戻ってきた。そしたら、昨年までパッとしなかった野村投手が、いきなり開花し、今年は最多勝争いをしている。「黒田さんから色々アドバイスを受けたおかげ」と本人。元本塁打王でカープの4番だった新井選手は2007年に阪神に引っこ抜かれた。数年後に調子を落とし、阪神と自由契約になり、昨年、古巣に拾われた。そしたら、調子を取り戻し、現在、リーグ打点王だ。

主力選手が他球団から引っこ抜かれる際、引っこ抜く側は、「そこまで必要じゃない選手名簿」を作り、引っこ抜かれる側が、名簿から1人引き抜ける保険制度がある。新井選手が阪神に引っこ抜かれた時、その制度で、カープに来た赤松選手は、今年、走塁や守備でチームに大きな貢献をしている。また、一昨年、巨人に主力投手が引っこ抜かれた際に、同制度で来た一岡投手も、最近、調子を上げている。優勝にはこの2人の力は欠かせないだろう。

マジック点灯を決めた24日の巨人戦は、両チームの先発メンバーから対照的だ。まず、巨人はエースの菅野投手が先発。ドラフトの目玉選手だった2011年、他球団に交渉権が与えられたが「巨人に入るのが夢」と入団を断り、1年待って巨人に入団した。

1年待って、カープに入ってくる選手はいない。先発メンバー9人のうち、菅野投手を含め、巨人はドラフト1位で入団した選手は5人。他の4人の内、2人は外国人で1人は他球団から引っこ抜いた元4番打者。一方、カープはドラフト1位入団は2人だけ。外国人なし。全員生え抜き。今シーズン活躍をした、丸、菊池、田中、鈴木ら若手から、黒田や新井のベテラン勢まで、ドラフト1位入団ではない。

つまり、カープは、お金がない分を、他球団が注目しない選手の育成力で補っているのだ。これこそ、東京一極集中の日本で、地方が、それぞれの魅力を引き出すために必要な力ではないだろうか。

今年、カープが一番お得意様としているのが阪神で、これまで23試合やって17勝6敗。お金がある阪神は、これまで、4番打者の福留選手を始め、有名選手を何人も獲得してきた。そして、今年から阪神を率いているのが、元カープの四番打者で、2002年に阪神に引っこ抜かれた金本監督。阪神がいなければ、カープの独走もありえなかったわけで、これに皮肉な縁を感じるのは私だけではないはずだ。

お金や知名度で物事が動く今の世の中。国連のトップが今年代わるが、選定プロセスには5つの常任理事国の意向が強く反映される。都知事選の候補者選定では、各党とも知名度を最優先に考えた。米国の大統領選は、お金持ちの不動産王と知名度抜群の元ファーストレディの戦い。一方、お金のない生活保護者はパチンコさえする自由を奪われる時代。

カープの躍進は、こんな世界の潮流に明らかに逆行している。お金や知名度などの論理で説明できない「何か」がカープに宿っている。注目されなかった選手、調子を落として捨てられた選手、5倍の年俸を断って戻ってくる選手、その選手に感化された選手らが、ファンと一体となって、潜在能力を最大限に発揮し、お金持ち球団を倒している。

「なんで?」と思う人は、是非、球場に足を運んで、その「何か」を体全体で感じ取ってほしい。赤いシャツを着ていれば、誰でもすぐ友だちになれるし、私が応援した時は、赤いシャツがない人に、「私もう一枚あるから」と貸し出す人までいた。被爆地広島で起きているこのミラクルを映画やドキュメンタリーにして、世界に発信してほしい。

優勝した際は、無論、私は、今住んでいるヨルダンから一時帰国し、試合を観戦する。と、言いたいところだが、第一子が、シーズン終盤の9月に生まれる予定だ。妻に「一週間だけお願い!」と言っても、「行くなら、カープと結婚して、そのまま帰って来ないで」と言われる。

「あなた、あれだけ『俺は主夫だぜ!』とかブログで書いておいて、よくそんなこと言えるわね」とも。妻に「産む時期をあと半年ずらして!」と言っても、無視される。

25年なかったことだから、今回見逃したら、次は60歳か。と、悲観的になりつつも、カープが第一子の誕生を祝ってくれているのだと思い、毎日ヨルダンからネットの一球速報を見ながら応援している。

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