不動産会社の「大丈夫」が全然大丈夫じゃない件について。

先日、2015年3月の新設住宅着工戸数が公表された。2014年は消費税増税前に発生した駆け込み消費の反動もあり、前年の2013年と比較して1割近く落ち込んだ。

先日、2015年3月の新設住宅着工戸数が公表された。2014年は消費税増税前に発生した駆け込み消費の反動もあり、前年の2013年と比較して1割近く落ち込んだ。

2015年3月は前年、前々年と比べてもごくわずかに増加していて、ようやく増税前後の影響は消えたかのように見える。では住宅の購入・販売の現場はどうなっているか。自分が見た限りでは「相変わらず荒れている」としか言いようが無い状況だ。

■世帯年収800万円の夫婦は5000万円の物件を買えるのか?

先日住宅購入の相談に訪れたご夫婦は住宅購入を検討していた。予算は4000万円ほどで、首都圏でマンション購入の予算としては平均よりやや高めの数字だろう。23区内でファミリー向けの新築マンションは厳しいが、中古マンションか、あるいは千葉・埼玉ならば新築マンションも十分購入は可能な予算だ。一戸建ても買えない予算ではない。

まだ購入物件は決まっていなかったが、ウェブで物件を探し、すでにモデルルームを何件か見に行ったり、住宅展示場で無料相談をするなどある程度動き始めた段階だった。

ご夫婦から聞いた話では、不動産会社が提供する無料相談や営業マンのアドバイスではほぼ例外なく予算の増額を勧められたという。理想は4000万円以下、高くても4500万円程度で考えていたが、5000万円でも大丈夫とあちこちで太鼓判を押されたという。

年齢は夫婦とも40歳、世帯年収は800万円で貯金も1500万円と、確かに5000万円の物件を買うには十分な収入と貯金がある。1000万円も上乗せすればグレードは上がり、かなり便利な場所に買う事も可能になる。買えるものなら買いたいと思うのも当然だろう。

収入に占める返済の割合、いわゆる返済比率を5000万円の物件で計算しても、返済額の目安となる上限の35%を大きく下回る。さて、では本当に大丈夫なのだろうか。しっかり計算してみると全く大丈夫ではない事が分かる。

■4000万円のローンで毎年の貯金額はゼロになる。

現在の家賃は月に12万円だが、家賃補助が会社から5万円出ている事により実質負担は7万円となっている。しかし購入後に補助は消える。

頭金を1000万円入れると考えても、5000万円の物件ならば4000万円のローンとなる。これを35年ローンで計算すると、変動金利の0.775%で毎月の返済額は約10.8万円、フラット35の金利水準である1.5%で計算すると約12.2万と、3.8万円~5.2万円が上乗せされる。

マンションならばこれに管理費・修繕積立金で月に3万円程度、さらに固定資産税やフラット35ならば団信保険料も上乗せされる。いずれも負担額は毎年変化するが、ざっくりと年間10万円程度は見積もる必要がある(固定資産税の建物分は負担額が徐々に減り、団信保険料もローン残高に応じて減っていく)。

これらの負担増を全て足し合わせると、変動金利のプランならば90万円以上、固定金利のプランならば120万円以上も年間の負担額が増える。このご夫婦の年間貯金額は100万円程度なので、貯金がほとんど出来なくなるか、取り崩しせざるを得ないほど支払いは増える。

■定年退職時に2000万円近くのローンが残る計算に。

更に考慮すべきは、この計算はあくまで35年ローンであり、ローン残高の推移を確認すると、定年退職となる20年後の時点で変動金利は約1847万円、固定金利ならば1973万円のローンがまだ残っている。

ローンと各種費用の負担で貯金が出来なくなると考えれば、現在の貯金1500万円から頭金の1000万円を差し引いた500万円が20年後の貯金額だ。貯金が増やせないのだから当然繰り上げ返済もできない。退職金も現状では全く期待出来ないという。

これらの状況を全て考慮すれば、5000万円の物件を買うと、60歳の時点で500万円の貯金と2000万円近い借金が残る計算となる。家があるとはいえこれは安心できる水準だろうか。住宅ローン減税を考慮すれば貯金は300万円ほど上乗せされるが、差し引きでもローンは1000万円以上残る。

60歳の時点で必ずしもローン残高をゼロにする必要は無いが、60歳以降の収入は多くの場合で見通しが立たず、年金の支給開始年齢や支給額も見通しが立たない以上、少ないに越したことはない。差し引きで1000万円以上のローン残高は過大と考える人の方が多いだろう。破綻するほどでは無いかも知れないが、長い老後を考えれば安心・安全にも程遠い。

■「返済比率バカ」にご注意を。

では仮に60歳までに返済を終えるために20年ローンで計算するとどうなるか。変動金利の0.775%で毎月の返済額は17.9万円、フラット35で1.5%ならば19.3万円となる(フラット35は20年以下の場合金利は下がるが、この場合は一旦21年以上の金利を使う)。

これらの数字は現在の家賃と比べて毎月10万円以上の負担増となる。老後にローンを残さないようにすると、これだけ無理な数字となり、当然返済は不可能な水準だ。これはあくまで仮の計算だが、定年退職までには繰り上げ返済でローンを終わらせるから大丈夫と考えている人へ楽観的になり過ぎないように見せる数字でもある。

ではこの夫婦が聞いた「5000万円の物件でも大丈夫」という、その「大丈夫」とは一体何だったのか。これはローンは組めますよ、という意味に他ならない。年収に占める返済比率は20%以下であり、借入額が原因でローンの審査に落ちる事はまずないだろう。

営業マンの目的は家を売る事であり、営業マンにとってお客さんが家を買えるかどうかの判断は、ほぼイコールでローンの審査が通るかどうかでしかない。

FPに相談をしても、返済比率が低いから多分大丈夫じゃないでしょうか、という結論が出る可能性が高い。しかし、返済比率は借りられるかどうかを判断する際には役立っても、長期の返済で家計がどうなるか考える際にはほとんど役に立たない。年収が同じでも支出構造は家庭によって全く異なるからだ(返済比率しか判断基準の無い売り手やFPを自分は「返済比率バカ」とよんでいる)。

■今の収入が30年も続きますか?

現在の貯金額を前提にせず節約すれば良いのでは?と思った人もいるかもしれないが、年間で何十万円も削れる余地があるほど無駄遣いをしている家庭はほとんどない。すると、生活水準を落としてでも5000万円の家が欲しいのか?という話になる。これは正解の無い問いになるため、購入者自身で決めて下さい、という事になる。

多少手間を掛けてくれる場合はキャッシュフロー表(CF表)と言って、将来の収支を確認できる表とグラフを作成してくれることもある。ただ、これも何も考えないで作るとトンデモ無い物が出来上がる。以前別の相談で作成されたCF表をお客様から見せてもらった事もあるが、老後に1億円も貯金が貯まる事になっていた。非常に収入の高い方だったが、お客さん自身もローンを完済した上に本当にこんなに貯金が貯まるのか......?と不思議に感じていた。

この相談では「CF表自体はちゃんと作ってあって計算も間違いはないと思います。ただ、今の収入があと30年も続くと考えるのは楽観的過ぎませんか?」と指摘した。

給料が高い人ほど下落のリスクも高い。例えば年収300万円ならば、正社員である限り大幅な下落は無いだろう。しかし、年収が1000万円とか1500万円の人はそれだけの高給を維持できるだけのパフォーマンスを何十年も維持できるのか、慎重に考える必要がある。やはり、60歳まで今の収入が続く事はとても現実的ではないという事だった。お客さんの話をろくに聞かずにシミュレーションをするとこういう結果になってしまう。

■「大丈夫」は売り手にとって正しい。

今回書いたような計算は特段難しいものではないが、金融機関や不動産会社の営業マンはまずここまでアドバイスはしてくれない。返済比率以外の判断軸を始めて知った人も多いと思う。資格試験のテキストに載っているわけでもないので、FPですら返済比率を見て返済がラクとか大変とかアドバイスをしているのだから当然だ。

ただ、だから不動産会社が酷いとか悪徳業者だとか、そういう事を言いたいわけでは無い。自分がマンション販売の営業マンならば同じようにアドバイスをすると思う。目的が売る事なのだからそれが正しい。今回相談に来店されたような慎重派・心配性なお客さんは逃げてしまうかもしれないが、そこまでは考えない人も多いだろう。したがって不動産会社の営業マンとしてローンが通りそうな人ならば「買っても大丈夫」と伝える事は間違っていない。

先日書いた「1億円の借金で賃貸アパートを建てた老夫婦の苦悩」という記事では無茶な不動産投資を勧められて苦境に陥った夫婦を紹介したが、これも構造としては同じだ。赤の他人が、ましてや売り手が自分の懐事情を心配してくれると期待する方が間違っているという事だ。これがリピート性のあるビジネスならばお客さんの事を考えたアドバイスが必要になるが、一回きりで取引が終わる住宅購入ならば売り手に客を心配するインセンティブは全く働かない。

■売り手はアドバイザーではない。

不動産会社の営業マンは人の異動が激しく、歩合給で働いている人も少なくない。一件売れれば多額の歩合が貰えるとなれば、なおさら客の懐事情など気にしている余裕はない。相変わらず荒れている、と最初に書いた理由はお客さんのためにアドバイスをするような環境が構造的に不動産業界には元々無いからだ。結局は自分の事は自分で考えないと痛い目に合いますよ、という結論しか出ない。

アドバイスの結果、来店したご夫婦はやはり4000万円程度に予算を抑えるという結論に達した。多くの人はギリギリの予算で購入を検討しているが、自分は500万円とか1000万円も予算を下げれば返済は相当ラクになりますよ、と伝えるようにしている。

購入予算が当初より上がる事は非常に多いが、500万・1000万という数字は多くの人にとって人生を左右しかねないほどの大金だ。初めて扱う大きな金額を前に判断基準の分からない人も多いため、水を差す意味でこういったアドバイスも必要になる。

■住宅購入時に考える3つのポイント。

住宅購入の相談で自分が意識する事は、買えるかどうか、買っても大丈夫か、買うべきか、の3段階だ。

不動産会社は買えるかどうか=ローンに通るかどうか?の部分しか気にしないが、お客さんが心配している事は買っても大丈夫か、つまりリスクの部分だ。そして今回の記事で書いたように、リスクの判断はそれほど難しくは無い。結局は買うべきか、つまり自分が送りたいライフプランと住宅の購入は整合性が取れるのか、という話が最も重要なポイントになる。

住宅の購入相談というとお金の話ばかりしているように思われるが、実際には普段の生活や働き方など、お金以外の話の方が時間はよっぽど長い。なぜなら家を買う事が本当に楽しい生活に結びつくかどうか、購入する人自身に見極めて貰う必要があるからだ。

以上、住宅購入を検討している人は参考にしてもらえればと思う。

参考記事

※今回の事例はお客様に許可を取ったうえで記事化した。

※フラット35は毎月金利が改訂されるが、現在は1.5%前後で上下しているため仮の数字として1.5%で計算した。条件次第で金利が割り引かれるフラット35Sは一旦除外した。

※変動金利はもっと金利が低い金融機関はあるが、相談者の提携ローンの数値を前提に計算した。文中では返済終了まで金利が変わらない前提で計算したが、今後金利が上昇する可能性もある。

中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー