独身女性がマンションを買う......否定的に見られる事が多い行動だが、先日こんな見出しを見かけた。
「マンションを買えば、愛だけで男が選べる」
これはウェブマガジン・cakesに掲載されていたのだが、元ネタはもう10年も前に女性誌・FRaUがマンション購入を取り上げた際のキャッチコピーだ(2005年4月号)。FRaUのターゲットは20代から30代半ばの働く女性がターゲットとの事なので、時折マスコミに取り上げられるマンションを買う独身女性というトレンド(?)を先取りしていたのかもしれない。
自分が普段、住宅購入の相談で対応するのはほとんどが共働きの夫婦だが、独身女性に購入のアドバイスをする事もある。自分の経験も含めて、独身女性のマンション購入を考えてみたい。
■お金に惑わされないパートナー選び......?
このキャッチコピーを自分なりに読むと、住まいさえ確保してしまえば収入が高いか低いかは気にせず、お金以外の要素でパートナーを選ぶことが出来る、という事なのだろう。
独身女性がマンションを買うと結婚をあきらめたと思われるとか、男が寄り付かなくなるとかそんな話もあるようだが、当事者に言わせれば「余計なお世話」の一言だろう。そんな事よりも考えるべきはリスクとライフプランだ。
先日、「家賃はもったいないか?」という記事で、持ち家は趣味だ、と書いた。損得と関係なく「買いたい」と「買える」が重なれば買えってもいいとは思う。ただし、当然「買うべきか」も考えるべきだ。
結婚がお金に左右される面は少なからずあるだろう。女性から見て結婚相手がフリーターや無職では心配だろうし、男性の収入の高低は如実に既婚率とリンクする。ただ、収入が低くてもそれ以外の面では良い男性はいるだろう。そんな人と結婚するためにはマンションを買うと良い、というのが記事の趣旨のようだが果たしてその判断は正しいのだろうか。結論から言うと辞めた方良い、という事になる。
■「住まいの確保」という発想は正しいのか?
独身のうちにマンションを買えば、一生独身のままならば住まいの確保になる、結婚をしたら最初は2人で住めば良いし、子供が生まれて手狭になれば売っても貸しても良い、家賃を払い続けるよりよっぽど良い判断のはず......という事になるのだろう。
ただ、これはマイナス面を一切考慮していない。
まず、住まいの確保という点で、20代から30代のうちに住む場所を固定してしまうリスクはかなり大きい。買った時点では通勤に便利な場所でも、定年退職まで同じ職場で働ける保障は無い。転職時に家が邪魔になる事は十分ありうるという事だ。地方ならば人口減少による衰退も考えれば、通勤の便利さだけではなく住みやすい場所であり続けるか?というリスクはかなり大きい(これは独身かどうか関係なく、全ての人に言えることだ)。
オフィス街への通勤に便利な場所で、単身者向けの30平米~40平米程度のマンションを買うと都心部ならば平気で3000万円位の物件はある。これは埼玉や千葉ならばファミリー向けの新築マンションが買えてしまう予算だ。独身女性が買うにはあまりに高額という事になるだろう。
もっと安い物件はいくらでもあるが、駅から遠い、都心部から遠い、とどんどん条件が悪化する。手頃に買える水準で選ぶと、そもそも買うほどの物件なのか?という事になってしまうのではないか。
■住宅購入は不動産投資です。
独身時代に買った物件は、結婚後にはっきり言ってしまえば邪魔になるだろう。二人で住んでいるうちは良くても、子供が生まれて手狭になって引っ越すとなった場合、当然貸すか売るかという判断になる。
ここで売ってしまうのであれば、そもそも買う必要はあったのか?という事になる。価格が大幅に下がっていれば賃貸に住んでいた方がよっぽどマシだった、というくらい大損をするリスクを抱える。住宅購入は不動産投資の要素も含むからだ。
貸すとなった場合も、そんなに都合よく借り手は付かない。「1億円の借金で賃貸アパートを建てた老夫婦の苦悩」でも書いたが。不動産賃貸の経営は素人が片手間で出来るような業務ではない。
例えば1500万円で買った単身者向けのマンションを貸しに出すのであれば、それは1500万円をかけて起業・独立をする事と同じ位リスクのあるビジネスだ。それだけの覚悟があるのなら構わないが、将来不要になったら貸せばいい、と考えている人でそこまで覚悟を持っている人が居るとも思えない。
■住宅ローンは二つ借りられない。
結婚後に夫婦で家を買うとなった場合も、独身時代のマンションは邪魔になる。最近では夫婦でマンションを買う場合、ローンも2人で組もうと考えているケースがほとんどだ。二人で組めばより多額のローンを組めるだけでなく、共有名義で二人の所有物に出来る。
しかし、住宅ローンは通常一人で二つ組むことは出来ない。住宅ローンはあくまで自分が住むために貸すものだからだ。結果的に、この状況では結婚後に買う物件は夫が単独でローンを組むことになる。それで希望の家が買えるのならとりあえず問題はないが、名義は夫単独となる。夫婦で住んでいれば実質的には二人で返済する事になるが、それにもかかわらず自身の持ち分はゼロになってしまうわけだ。
夫婦間の相続は配偶者控除といって1.6憶円まで税金はかからないので、よっぽどの資産家でなければ相続税はかからない。したがって離婚をしない限り住宅の持ち分はあまり関係無いが、自分も負担しているのに自分の持ち分が無い状況はあまり気持ちの良いものではないだろう。
離婚をするとなった場合でも、夫婦で築いた資産は離婚時の財産分与の対象となるので、持ち分が無い=権利が主張出来ないとはならない。ただし、これはあくまで法的には、ということになる。話し合いがスムーズにいかなければ自身の権利を認めさせるために裁判をする、と考えれば気の重い話だろう。
そして持ち分に妻の権利が全く含まれていなければ、夫は売るなり貸すなり自由に出来てしまう。気が付いたらマンションを売り払って散財されていて請求してもお金が無かった、という可能性もゼロでは無いわけだ。どんなに契約でガチガチにしばっても、無い袖は振れない。自分が確保している状況と相手から受け取る権利がある状況は全く別、と考えておいた方が良い。
そこまで心配するなら独身時代に買ったマンションは売れば良いのだが、価格が大きく下がっていれば損をしますよ、という話に結局は戻ってしまう。
■「家賃並みで買える」という勘違い。
このようにアレコレと考えていくと、独身のうちにマンションを持つメリットはそこまで大きいのか?という事になる。住まいを確保すればお金に関係なく男性を選べるという話も、返済が続く限りは家賃と同じか、それ以上に返済の負担は重い。売る、完済する、自己破産をする、くらいしかローンから逃げる手段は無いからだ。
よくある「家賃並みの負担で家が買える」という話も、多額の頭金を入れている事と、変動金利で金利上昇リスクを取っている事を無視したケースがほとんどだ。よくよく考えるとパートナー選びの際にマンションを持っている事が何かメリットがあるとは考えにくい。
前出の「家賃はもったいないか?」では、賃貸と持ち家を損得で比較するなんてばからしい、50年後に家賃や生活スタイルがどうなっているか、そして途中経過がどのような道をたどるかも全くわからない中で、支払い総額だけで比較する事に何の意味があるのか、と書いた。
■女性の「複雑」な人生に、マンションの単独購入は足かせになる。
若い女性の人生は、若い男性よりも複雑な選択肢をたどるだろう。結婚する・しないから始まって、子供は生まれるか、生まれるならいつ生まれるか、何人生まれるか、仕事は続けるのか辞めるのか、辞めるならいつ辞めるか、続けるなら何歳まで続けるか......とちょっと考えただけで男性と比べて分岐点があまりに多い。
シンプルに言えば「ライフプランが固まっていない段階でローンを組んでマンションを買うと、今後の人生の足かせになりますよ」という事になる。
もちろん、そういったリスクやデメリットも承知の上で買うのなら、否定するつもりはない。過去の相談でも、デメリットは認識したうえで買いたい、という事であれば意向に沿ったアドバイスを提供してきた。
住宅・不動産の記事は以下も参考にされたい。
■1億円の借金で賃貸アパートを建てた老夫婦の苦悩。
■年収1100万円なのに貯金が出来ませんという男性に、本気でアドバイスをしてみた。
■不動産会社の「大丈夫」が全然大丈夫じゃない件について。
■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか?
■お金で解決できる問題はお金で解決した方がいい、という話。
「持ち家は趣味」と書いた通り、マンションを買う事で楽しい生活が出来るのなら、それはプライスレスと考えて良い。他人がとやかく言う事ではない。ただ、趣味や気分の問題ではなく何か金銭的なメリットがあると思い込んでいるのなら、決してメリットだけではないですよとアドバイスをしておきたい。
■住宅購入の本を書きました。