先日7月22日、テレビ東京系列で放送されている経済ニュース番組「ワールドビジネスサテライト(WBS)」で住宅ローンに関する特集が報じられた。昨今の住宅ローン金利の低下に関する報道だ。
今年4月からの消費税増税を前に、昨年は駆け込み消費で不動産業界は活気づいていた。その反動で今年度は住宅販売が落ち込んでいる。実際には昨年が多かっただけなので、本来の水準に落ち着いていると考える方が正しいと思うが、昨年より少ないことは間違いない。
特集の内容は住宅販売の落ち込みにより住宅ローンを借りる人が減って結果的に金融機関の競争が激化し、さらなる金利低下を招いているという内容だった。この指摘自体に問題は無いのだが、特集の最後に出演したファイナンシャルプランナー(FP)のコメントがあまりに酷い。ほんの数十秒程度だったが、これは一言物申しておかないと勘違いする人もいるかもしれないので、間違いを指摘しておこう。
■FPは10年固定を勧めるのセオリー?
「では今、どのようなローンを組むのが有利なのでしょうか?」
このようなナレーションに続いてFPとして出演した男性がまずは次のように回答をする。「FPは10年固定をお勧めするのがセオリー」。
自分もFPで特に住宅購入に関するアドバイスを多数提供しており、老舗情報サイトのオールアバウトでは住宅ローンのガイドも勤めているが、10年固定をお勧めした事は過去に一度も無い。FPは10年固定を勧めるのがセオリーというのも始めて聞いたので、一体どういう情報に基づいているのか、まったくもって不明だ。
住宅ローンは大きく分けて、変動金利、固定金利、固定期間選択型と3種類ある。簡単に説明すると、変動金利は半年ごとに適用される金利が変わり、それによって利息の負担や返済額が変わる。固定金利は全期間同じ金利が適用されるため完済するまで返済額も変わらない。
固定期間選択型は5年とか10年など当初一定期間だけ金利が固定され、その後は固定期間が終了した時点での金利が適用される。このFPのコメントで紹介されている10年固定はこれにあたる。
変動金利は金利が低いけど将来上がってしまうかもしれないから不安、固定金利は金利が変わらないから安心だけど変動金利より負担が重い......どっちにしたらいいんだろう?と迷っている人は安易に固定期間選択型を選びがちだ。特に10年固定はほどほどに固定期間が続くので、固定期間選択型の中では選ばれやすい。これはフラット35を提供する住宅金融支援機構のアンケート調査からもそのような傾向が分かる(ただし全体に占める割合は10%なので多数派ではない)。
では10年固定はお勧め出来るかというと、自分の場合は全くお勧めしない。固定金利選択型は変動金利と固定金利の良いトコ取りと勘違いされることもあるが、実際には悪いトコ取りだ。
例えば返済期間が35年の住宅ローンを10年固定で組んだ場合、10年後のローン残高は、当初の借入額の1/3以上、3000万円を借りれば2000万円以上残っている計算だ。そしてローン残高全額にその時点の金利が適用される。現時点では変動も固定も金利は十分低いが、10年後にどうなっているかは全くわからない。金利変動が怖い人が選んでいい借り方ではない事は明らかだろう。
このFPはこれまで10年固定をお勧めしてきたのかもしれないが、それをFP全体の常識かのように説明するのは明らかに間違っている。
■固定金利を借りた人は結果的に損をしてきた?
この不思議な指摘に続くコメントは「固定金利で借りてきた人は、結果的に振り返ってみれば損をしてきた」というものだ。
これ自体は一見すると間違っていない。ここ数年金利は低下の一途をたどり、変動金利で借りた人は当初借りたままの低金利がずっと続いている。固定金利で借りた人は変動金利で借りた人より多額の利息を負担している。
しかし、この指摘もより正確に考えれば間違いだ。固定金利で借りた人は今後も金利は変わらない。当然の事ながら変動金利で借りた人は今後も金利変動リスクを背負う。住宅ローンは何十年も続くので、当初数年間の金利が低かったからといって変動金利が正解という事は無い。
「変動金利と固定金利の違いは損得の違いではなくリスクの違い」
自分は住宅購入のアドバイスでは必ずこのように顧客に伝える。固定金利が高いのは金利変動リスクを避けるためのコストであり、これを損得で比較するのは株式投資と預金はどっちがトクか?と考えるようなものだ。リスクが異なるものを損得という同じ基準で比較するのは明らかにおかしい。
■金利は上がらない?
続くコメントは次のとおりだ。「日本国内の金利が当面、数年といったレベルで上がることが考えにくい」。
これも上の指摘と同様、金利は株価と同じで、予想出来ないと考えるのが普通だ。ただし、住宅ローンの変動金利は一般的に金利が上がった・下がったと言われる時に使われる長期金利ではなく、日本銀行(日銀)が決める短期金利に連動する。では日銀はどのように金利の上げ下げを決めるかというと、通常は物価の安定を目標とする。
10年以上0%近辺で上下していたインフレ率は現在やや高めに推移しているが、アベノミクスではインフレ率2%を目指すと言われているので、インフレ率が2%になるまでは金利を上げない可能性は高い。しかし、短期間で物価が大きく上昇すればそれを抑えるために短期金利を上げざるを得ないだろう。
現在の日本は多額の借金が積み上がっていることは今更説明するまでもない。そしてそれが、為替や金利、物価水準に今後は大きく影響を与える可能性は十分ある。したがって、物価や金利が先行きがどうなるかは全く分からない。
このFPの経歴を見ると過去に債権市場のアナリストとして活動していた経歴もあるようなので、彼にとって金利は「予想」して「当てる」ものなのだろう。しかし、ごくふつうに生活している人にとっては金利がどうなろうと安定した生活を送る事が最優先だ。予想がハズレました、ゴメンなさいでは到底済まされない。
2014年の年初、2013年の株価上昇を誰も的中させる事が出来なかった、という小話がツイッターやフェイスブック等のSNSで流れていた。名だたる金融機関のチーフエコノミストとか、なんとかストラテジストの1年前の予想内容が紹介されており、実際の上昇率とのあまりに大きなズレが笑いを誘っていた。
プロであっても株価の予想は外れるという事実は過去の統計データからも明らかだが、投資額を少額に抑えればその影響をコントロールできるので、予想を信じた所でさほど問題ではない。しかし住宅ローンは多くの場合何千万円と大きな額になる。金利の予想が外れた際の影響は株価よりよほど大きい。
金利が上がる理由、上がらない理由はいくらでも挙げられる。しかし、予想が外れた際に誰かが責任をとってくれることはない。だからこそ、自分は常々「損得よりリスク」とアドバイスをしている。ベストセラーになった書籍・ブラックスワンの帯に書いてある様に「ありえないなんてありえない」ということだ。
■変動金利がお勧め?
そして最後には「まずはちょっと変動金利を勧めたい」という。ファイナンシャルプランナーは相手に合わせたアドバイスをするのが本来の姿だ。金利変動リスクを取れるのなら変動金利でもいいだろうし、リスクが取れないのであれば固定金利を選んだほうがいい。どちらか一方が万人にお勧め出来る、という事はない。
加えて言うと、このFPが1年前に書いた記事をウェブで発見して読んだ所、今後金利は上がるだろう、だから10年以上の固定された住宅ローンを借りたほうが良い、とお勧めしていた。たった1年でアドバイスの内容が正反対にひっくり返っているわけだ。なんていい加減な奴だ!そんなヤツがFPを名乗っているなんてヒドイ!!と思うことなかれ。株価の予想では過去にずっと予想を外しながら雑誌やテレビでもっともらしい(かついい加減な)予想を披露して続けている人は決して少なくない。
プロ野球選手であれば打率で年俸が大きく変わり、場合によってはクビになる。野球のテレビ中継では打率が常に表示される。株価や金利の予想をする人も過去の的中率を打率のように常に首からぶら下げておけばいい。もっとも、そんなことをしたらほとんどの予想屋さんは失業してしまうと思うが......。
じゃあお前の予想は当たるのか、と指摘されるかもしれないが、自分は予想がアテにならないことはわかっているので、予想はしない主義だ。金利や株価がどうなろうと安定した生活を送れるようにアドバイスをするのが自分の仕事だ。こういうスタンスならば大儲けは無いが大損も無い。そしてこのスタンスで何の問題も無いと思っている。リスクだらけの人生で過大な株価変動リスクや金利変動リスクを当たりもしない予想をしてまで取る必要は無いと考えているからだ。
■「ファイナンシャルプランナー」は信用出来るのか?
全ての発言が放送されているわけではなく、かなり編集もされている様子だったが、それを差し引いても、今回出演したFPのスタンスは全く信用出来ない。これは金利の予想が当たるかどうかといった問題ではない。住宅ローン金利というごく普通の生活を送る人に大きな影響を与えるものについて、あまりに安易な態度がとても共感出来ないからだ。
住宅購入・住宅ローンについては以下の記事を参考にされたい。
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FPといってもピンからキリまで様々で、住宅ローンについてもFPにより意見は様々だが、金利が上がるときは景気が良くなって給料も増えているから返済額が増えても問題ない......と、驚くほどいい加減なアドバイスをするFPもいる(金利が高くて景気が悪いスタグフレーションという状況を知らないようだ)。
テレビを見ていた人はFPというのは金利の予想する人で変動金利をお勧めするのが普通なのか、と誤解したかもしれないが、決してそうではないということは強調しておきたい。
※出演したFPについてはわざわざ名前を出して批判してもしょうがないので伏せておく。