女性手帳は"誤報"だった? 「少子化危機突破タスクフォース」のねらい

少子化対策を議論する内閣府の。森雅子少子化担当相の肝いりで3月にスタートしたが、妊娠や出産の正しい知識を啓蒙する目的で女性を対象に「生命(いのち)と女性の手帳」(仮称、通称「女性手帳」)の配布を検討していると報道されると、批判が巻き起こった。その多くは、「妊娠、出産には男性も関わるのになぜ配布対象ではないのか」、「デジタル時代に手帳という形式は時代遅れ」といった声だった。しかし、5月9日の参議院内閣委員会で森少子化担当相は、「女性を対象」「手帳という形式」は決まっていないとして、女性手帳に関する報道は「誤報の部分が多い」と発言した。 議論と報道が加熱する「女性手帳」。タスクフォースでの提案は本来、どのようなものだったのか。メンバーの一人で、日本人口学会長の安藏伸治・明治大学政治経済学部教授にその経緯とねらいを聞いた。
Chika Igaya

 少子化対策を議論する内閣府の「少子化危機突破タスクフォース」。森雅子少子化担当相の肝いりで3月にスタートしたが、妊娠や出産の正しい知識を啓蒙する目的で女性を対象に「生命(いのち)と女性の手帳」(仮称、通称「女性手帳」)の配布を検討していると報道されると、批判が巻き起こった。その多くは、「妊娠、出産には男性も関わるのになぜ配布対象ではないのか」「デジタル時代に手帳という形式は時代遅れ」といった声だった。しかし、5月9日の参議院内閣委員会で森少子化担当相は、「女性を対象」「手帳という形式」は決まっていないとして、女性手帳に関する報道は「誤報の部分が多い」と発言した。議論と報道が加熱する「女性手帳」。タスクフォースでの提案は本来、どのようなものだったのか。メンバーの一人で、日本人口学会長の安藏伸治・明治大学政治経済学部教授にその経緯とねらいを聞いた。

■「少子化対策三本の矢」にあった「結婚と妊娠の支援」

 まず、なぜタスクフォースは「女性手帳」に取り組むことになったのか。

 3月27日に開かれた第1回目の議事録をひもとくと、委員からさまざまな意見が出された上で、最後に森少子化担当相が「今、御意見が出た前倒しの部分、妊娠あたりに焦点を当てたサブチームを1つ作ってやりたいと思う」と指示している。そのサブチームこと「妊娠・出産検討サブチーム」でリーダーを務める安藏教授はこう語る。

 「森大臣は少子化対策の『三本の矢』として、育児支援、仕事と家庭の両立支援、そして結婚と妊娠の支援を挙げています。一本目、二本目の対策はもちろんしっかりとやるけれど、実は難しいのが三本目。このタスクフォースでは最初にそこから着手しようということになりました」

 森少子化担当相自身も4月5日の会見で述べたように、「女性の人生を横軸にして、出会い、結婚、妊娠、出産、育児と、そして家庭、会社、地域の縦軸で並べますと、一目瞭然。育児支援のところに政策が集中している。今まで打っていた施策が前の部分、結婚、妊娠の部分に全くない」という問題意識から、タスクフォースは進められたようだ。

(日本人口学会長の安藏伸治・明治大学政治経済学部教授)

 安藏教授にサブチームのリーダーとして白羽の矢が立ったのは、専門である人口学から見た厳しい少子化についての分析があった。

 「日本の少子化は、もう20年前から始まっています。合計特殊出生率(1人の女性が一生の間に生む子供の平均数)で、2.07人が人口置換水準といって、人口を維持できる数値とされていますが、これを継続的に下回る現象が少子化です。1973年の2.14人を境に低下し続け、2005年には過去最低の1.26人となりました。2010年には1.39人と若干、戻ってきているように見えますが、これは1971年から1974年生まれの第2次ベビーブーマー世代の女性が40歳ぎりぎりの駆け込みで産んでいるだけ。決して、回復しているとはいえません」

 この少子化を人口学的に分析すると、原因に「婚姻率の低下」があるという。「結婚している女性の出生率は1970年以降、ほとんど変化がありません」と安藏教授。婚外子の出生率も1973年で0.85%、2011年で2.22%と微増に過ぎない。

 その一方で、男女ともに未婚の割合は激増している。30歳から34歳の女性の未婚率は、1980年には9.1%だったが、2010年には34.5%。同じく35歳から39歳では、5.5%から23.1%と4倍以上に増えている。男性はもっと未婚率が高く、35歳から39歳では1980年には8.5%だったが、2010年には35.6%まで増加している。

 「つまり、日本では結婚した女性は子供を産むという傾向があり、少子化の原因は未婚の人が増えていることで説明されます。そこで求められる対策は、未婚の人が結婚して家族を形成しやすくなる環境の整備です。結婚後の経済的安定や育児支援、それから、リプロダクティブヘルス(妊娠や出産に関する健康)へのサポートです」

■「女性手帳」は「母子手帳」がモデル

 こうした人口学に基づく知見などをベースに、タスクフォースの「妊娠・出産検討サブチーム」で話し合ってきたのが、3つの方策になる。つまり、「妊娠・出産に関する知識の普及、教育」「妊娠・出産に関する相談・支援体制の強化」「産後ケアの強化」だ。

 「今まで誰もやらなかった、妊娠出産をトータルに支援しようという話です」と安藏教授。そのうちのひとつ、「知識の普及と教育」に際し、具体策として考えられたのが、「女性手帳」だった。安藏教授によると、このアイデアは「母子手帳」がモデルになっているという。

 「母子手帳は日本が世界に誇る素晴らしいシステムです。周産期の母体の情報から出産を経て子供が成長するまで、どんな予防注射を受けたかや、風疹にかかったことがあるかなど、すべての医療情報が入っています。母子手帳を軸に行政と医療機関、医療サービスが緊密に連携できたことによって、日本の乳児死亡率は、1000人の出生に対して、3人以下という世界的にも素晴らしいレベルに達しています。これと同じような形で手帳を導入しましょうという話になりました」

 また、日本の学校教育では、性感染症や避妊に関する教育は行われてきたが、妊娠や出産に関する教育は不足していたと安藏教授は指摘する。「学生に聞いてみても、性感染症の危険や妊娠しないことは教えられてきたが、子供をどう持つか、人生の中で女性の体がどうなっていくかという情報を与えられていませんでした。しかし、平成26年度の高校2年生から妊娠の可能性についての教育が始まることが決まっています。これに連動する形で、10代から配布できれば」

 「女性手帳」は、母子手帳から個人の記録を引き継ぎながら、妊娠や出産、そして閉経などの知識を記載するという2部構成が想定されている。

 「自分のメディカルヒストリーを自分で管理しましょうということ。また、不妊に関することでも、不妊の原因の4割は男性が原因と言われています。そういう情報もきちんと入れたい。人間の平均寿命は伸びていますが、妊娠出産が可能な時期は変化していません。これは、国が妊娠出産に介入するということではなく、妊娠出産する機会を失わずにその権利を守れるよう、そのための知識を広めようとする目的なのです」

 配布対象については「当初から女性だけでなく、男性も入っていた」という。5月7日の第3回目の会合で提出された妊娠・出産検討サブチームの報告では、形式についても「紙媒体だけでなく、スマートフォンのアプリとする、定期的なアラートを伝えるといったネットを活用した媒体も検討」とされている。また、報告には「女性手帳」以外にも、妊娠に関する相談が気軽にできる拠点の体制充実や、産後ケアの強化も盛り込まれている。

 しかし、「女性手帳」に焦点をあてた報道をきっかけにして、ネットを中心に大きな議論が起こり、5月9日の参議院内閣委員会では森少子化担当相と民主党の蓮舫元少子化担当相という新旧大臣が舌戦を繰り広げる展開となった。

 その中で、森少子化担当相は「女性手帳を女性だけに、しかも手帳という形式、配布するということも決まっていない」と報道されていた内容を否定。これに対し、蓮舫元少子化担当相は「では、今メディアなどで報道されているのは全部誤報ということでいいですね」と質問し、森少子化担当相は「誤報の部分が多いと思います」と答えている。一方で、メディアは5月22日、「女性手帳」について、政府が女性手帳への批判を受け、希望者だけに配る方針を固めたことを報道している。

 タスクフォースは「女性手帳」を含め、最終的にどのような対策を打ち出すのか。間もなく最後の会合が開催され、とりまとめが行われる。この結果が6月に政府が発表する「骨太の方針」に反映され、今後の日本の少子化対策の舵取りをすることになる。