TPPで「ミッキーマウス法」がやって来る? 福井健策弁護士と「電子フロンティア財団」マイラ・サットンさんの対話から

日本は7月、マレーシアで開かれた環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に、初めて正式参加した。交渉に先立ち、日経新聞は7月9日、政府が著作権保護期間を権利者の死後50年から70年に延長する方針を決めたと報道、甘利明経済財政・再生相はこれを否定している。しかし、アメリカは自国と同じこの「保護期間70年」や、著作権侵害を権利者の告訴無しに起訴・処罰できる「非親告罪化」を求めているとされている。「クールジャパン」に大きな影響を与えるTPPの知的財産条項。著作権に詳しい福井健策弁護士が、アメリカでデジタル時代の自由な言論を守るために活動している(Electric Frontier Foundation, EFF)や国内の著作権関係者と対話、問題の所在を明らかにしていく。
猪谷千香

日本は7月、マレーシアで開かれた環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に初めて正式参加した。交渉に先立ち、日経新聞は7月9日、政府が著作権保護期間を権利者の死後50年から70年に延長する方針を決めたと報道、甘利明経済財政・再生相はこれを否定している。しかし、アメリカは自国と同じこの「保護期間70年」や、著作権侵害を権利者の告訴無しに起訴・処罰できる「非親告罪化」を求めているとされている。「クールジャパン」に大きな影響を与えるTPPの知的財産条項。著作権に詳しい福井健策弁護士が、アメリカでデジタル時代の自由な言論を守るために活動しているNPO「電子フロンティア財団」(Electric Frontier Foundation, EFF)や国内の著作権関係者と対話、問題の所在を明らかにしていく。

■アメリカ著作権局長が「著作権短縮」を発言

「電子フロンティア財団」はサンフランシスコに拠点を置き、個人や企業からの寄付で運営、スタッフの半数近くが弁護士というNPOだ。インターネットユーザーの利便性向上などを目的に活動する国内の一般社団法人「インターネットユーザー協会」(MIAU、小寺信良・津田大介代表理事)のロールモデルにもなっている。

EFFの国際政策アナリスト、マイラ・サットンさんが東京・高円寺のMIAUのオフィスを訪問。かねてから、ツイッター上で交流のあった福井弁護士と初めて対面した。2人の話題は、日米で進むTPPについて。アメリカから見た、日本の状況は−−−。

福井弁護士(以下、福井):マイラさんは以前、英語で僕の本を読みたいとつぶやいてくださっていて、「EFF」とプロフィールにあったので、「よかったら本を送ります」と英語でリプライしたら、「ありがとうございます」って流暢な日本語でお返事が来たのが最初の出会いでした(笑)。

マイラ・サットンさん(以下、マイラ):私は母が日本人でなんです。日本語は話せるのですが、漢字は難しいですね(笑)。今回は、仕事と日本の家族に会いに来ました。

福井:日本がTPPの交渉に参加することになりましたが、マイラさんたちEFFは現状をどう分析していますか?

マイラ:マレーシアで10月に行われるAPEC首脳会議での合意を目指して、各国の交渉が続けられるでしょう。しかし、日本では農業の分野などで反発が強く、デモも起きていると聞いています。そういったムーブメントが交渉国の中で日本が一番強いので、日本の参加がTPPの交渉にどう影響するか、アメリカの関係者も注視しています。他の国ではここまで大きな、目に見えた反発はなかなかありません。TPPの交渉をオープンなものにしたいと思っている私たちにとっては、非常に力強く感じています。アメリカでは、TPP交渉をオープンにするよう、さまざまなグループが政府にプレッシャーを与えています。日本でも政府に訴えるべきです。ただ、日本はTPPに参加しない方が良いとも考えています。

福井:日本のメディアは、アメリカと他国間で意見の対立が少なくないと報道しています。最近の動向はどうですか?

マイラ:知的財産の項目において、一番交渉が進んでいないと聞いています。著作権や薬の特許に関する分野です。5月にペルー・リマで開かれたTPPの交渉会合に私もステークホルダーとして参加しましたが、最近、少し空気が変わってきたのを感じています。また、リマの会合に先立って、3月にアメリカの著作権局のトップであるマリア・パランテ局長が、連邦議会での公聴会で、著作権の保護期間の「短縮」を含む著作権法の改正を提言しました。もし、アメリカの法律が変わったら、TPPへのインパクトもあります。

福井:マリア・パランテ局長の発言はどのように受け止めていらっしゃいますか?

マイラ:著作権保護期間については、多くの人が期間を短縮した方がいいと思っているので、そういう意味で彼女の発言は歓迎されていますね。なんといってもそれまでが最悪の状況でしたので。議会の風向きも良いとは思います。ただ、マリア・パランテ局長自身に政策を実行する力があるわけではありませんし、最終的に彼女の言ったことが本当に実施されるまでは、祝うつもりはありません(笑)。

■世界的に問題となっている「孤児著作物」

福井:著作権の保護期間を短くしたい理由は、孤児著作物問題からですか?

(編集部注:孤児著作物とは、著作権者を探しても不明な状態にある著作物のことで、著作権者の許諾が取れないため、作品や資料の利用ができない事態が世界的な問題になっている)

マイラ:孤児著作物は本当に問題だと思うのですが、セクシーな問題ではないので(笑)、多くの人は関心がないかもしれません。しかし彼女が発言した理由のひとつに、孤児著作物問題の存在があると思います。

福井:シンボリックな意味で、ということですね。マリア・パランテ局長の発言はある意味、熟慮された結果だと思いました。ただ単に著作権保護期間を短くするだけではなく、著作権者が著作権を登録すれば従来通り「70年」、登録しなかったら「50年」にするという提案をしています。この方法なら、多くの作品、恐らく存在する99%の著作物の保護期間は短くなります。

マイラ:アメリカでは日本と違い、著作権に関しては登録制度がとられています。ですから保護期間を長くしようと主張している−−−ミッキーマウスの著作権が切れそうになるたびに保護期間を延長してきたため「ミッキーマウス保護法」と言われていますが−−−映画業界などの著作権者は、自分たちの収益が上がるものに関しては登録するでしょうし、きちんと登録すれば「70年」に保護期間は伸びるわけですから、提案には反対しないだろうと言われています。そして、福井先生のおっしゃる通り、孤児著作物や著作権者が望まないであろう全体の99%の著作物が登録されないとも予想されます。

しかし、私たちの立場としては、「50年」だろうが「70年」だろうが、どちらにしても今の著作権保護期間は長いということです。実際にアメリカでは、アーティストが作品から十分な見返りを受けるためには、生きている間の14年で保護期間は十分という研究結果が出ています。

福井:マリア・パランテ局長の提案は戦術的には敵を作らない点で評価できます。また、次善の策としても現実的に50年は妥当だと思いました。

関連記事

注目記事