広がるLGBT市場 東京オリンピックで偏見のない「おもてなし」

性的マイノリティであるLGBTをターゲットにしたビジネスが拡大している。2020年の東京オリンピックに向けてビジネスチャンスを広げ、偏見のない「おもてなし」を実現するためには?
岩渕潤子

性的マイノリティであるLGBTをターゲットにしたビジネスが拡大している。アメリカではオバマ大統領が同性婚を正式に支持、差別撤廃を表明している。日本でも厚労省が「職場におけるセクシュアルハラスメントには、同性に対するものも含まれるものであること」を盛り込んだ男女雇用機会均法の改正指針を公布、7月1日に施行するなど、社会的に認知が進んでいる。こうした動きを受け、LGBT向けのサービスが少しずつ増えているのだ。

■京都のお寺とホテルが外国人LGBT向けのウェディングプラン

日本政府観光局の英語版では、LGBT向けの観光情報ページでホテルなどを紹介している。ホテルグランヴィア京都では、京都市の臨済宗の寺院、春光院とともに外国人向けのウェディングプランを4月からスタートした。また、邸宅ウエディングなどを広く手がけるブライダル企業「テイクアンドギヴ・ニーズ」では、社内でLGBTに関する理解を深めるための研修も行っている。

電通総研が2012年に行った「LGBT調査2012」では、LGBTの人たちの消費行動や生活意識が調査された。それによると、「LGBTをサポートしている企業の商品・サービスを積極的に利用するか」という質問に対し、「価格や内容が他社と同等であれば積極的に利用する」と答えたLGBTの人は約5割だった。「企業や社会に対して要望や注文はあるか」に対しても、「非常にある」と「どちらかといえばある」が約5割で、「ゲイに偏見を持たないでほしい」「多様な生き方を容認できる環境」「LGBTをターゲットにした市場を考えてみてほしい」「同性婚の法制化」といった声が寄せられた。

2020年には東京でオリンピックが開催され、海外からさまざまな観光客が訪れることが予想される。ビジネスチャンスとしてとらえると同時に、あらゆる人にとって快適で楽しい都市になるためには何が必要なのか。シンポジウム「創造都市とグローバルエコノミー 多様性豊かな社会を目ざして」が6月14日、東京・青山学院大学本多記念国際会議場で開かれる。

基調講演には、NYを中心にゲイを対象としたライフスタイル・マガジン「メトロ・ソース」を出版発行しているロブ・デイヴィスさんが登壇。「メトロ・ソース」創刊から25年を振り返り、「多様な社会へ向けてのポジティブな変化」とのテーマで講演する。欧米のアート・シーンを中心としたLGBTカルチャーに詳しく、今回のシンポジウムを企画した青山学院大学客員教授の岩渕潤子さんにそのねらいを聞いた。

■ソチオリンピックの同性愛宣伝禁止法が反面教師に

シンポジウムのきっかけは、青山学院大学にLGBT当事者の学生が在籍していたことだった。LGBTを対象としたマーケティングに関心を持っていた岩渕さんは、その男子学生を紹介され、LGBTを含む多様な価値観に寛容な社会の実現を目標に掲げた「青山Beyond Bordersラボ」(BBラボ)を今春、学内で立ち上げた。

「予想以上に学生たちは抵抗がなかったようで、25人以上が面接に来てくれました。丁度、ソチオリンピックを控えたロシアで、同性愛宣伝禁止法が成立したことを受け、日本と中国の首脳は開会式に参加しましたが、欧米の首脳は参加を見送るというニュースがありました。しかし、東京オリンピックでは海外の方がたくさん訪れるし、地方都市へ訪問する方も多い。その時には、LGBTの方たちにフェアなおもてなしができるようにしなければいけません。その2つが学生たちの頭の中ではすんなりつながったようです」

寛容な社会の実現を目指し、BBラボでは議論を深めるための有識者を招いたシンポジウムを企画。登壇者として、デイヴィスさんに白羽の矢を立てた。デイヴィスさんが手がける「メトロ・ソース」は25年前、NYで創刊された主にゲイの男性を読者対象とする情報誌だ。「家族の誰に見られても誇りに思えるライフスタイル・マガジンとしてのゲイ雑誌」というコンセプト。知的な記事や芸術性の高いデザインによって編集されている。ハイブランドの広告を獲得し、現在ではNY版、LA版、全米版があり、流通部数は13万部にのぼっている。

■男性2人が食事している写真を印刷拒否

デイヴィスさんはその出版発行人で創業社長。ウォール・ストリートのフランス系銀行で金融のプロとして活躍してきた経歴を持ち、ゲイであることを公表している。LGBTマーケティングを語るには最適な人物だが、デイヴィスさんは毎日2000通ものメールが届くという多忙なビジネスマンでもある。岩渕さんはアメリカへ渡り、デイヴィスさんに面会しようと何度もコンタクトを取ろうと試みたが、失敗していた。

「問い合わせ用の代表メールアドレスからは返事がありませんでした。SNS経由で連絡してもだめ。結局、知人のアメリカ人元外交官に直接電話をしてもらって、なんとかアシスタントのメールアドレスを聞き出すことに成功しました。それが、もうアメリカへ行く2日前。日本を出発してからアシスタントの返事が届き、NYでお会いすることができました」

岩渕さんは、日本の若いLGBTたちのためにロールモデルとして自身の話を語ってほしいと依頼。デイヴィスさんは快諾してくれたという。シンポジウムでは、創刊から25年をふりかえって、アメリカの社会はどう変わったかを語る。

「デイヴィスさんが『メトロ・ソース』の創刊号を出そうと思った時に、レストランで男性2人が食事している写真を掲載したら、印刷所が印刷を拒否したそうです。クライアントには保守的な団体や企業もあり、彼らが不快に感じる可能性があるので、うちではできないと言われて。ショックだったそうですが、他の小さい印刷所で引き受けてくれたので発行できました。しかし、発行部数が増えていくに従い、その印刷所だけでは間に合わなくなりました。そこでデイヴィスさんが印刷所を公募したところ、最初に印刷を拒否した印刷所が手を挙げた。デイヴィスさんは不快な思い出としてとらえるより、彼らが進歩したのだとポジティブに考えて、その印刷所に仕事を発注したそうです」

こうしたエピソードは枚挙にいとまがないが、アメリカではオバマ大統領が同性愛婚を容認するなど、社会の意識は変革を遂げている。

「デイヴィスさんは、ゲイを固定したイメージにあてはめるのは間違っていると言いました。例えば、ヘアスタイリストやファッションデザイナーの男性にはゲイが多いと思われがちですが、デイヴィスさんは銀行で働いてきました。ですから、一般に根強い固定観念を打ち壊したくて、『メトロ・ソース』を立ち上げたそうです。ゲイであることが、ゲイにとってすべてではなく、他の人と同じように家族の一員であり、ビジネスマンでもある。たまたまゲイだったという価値観を広く受けいれてほしいというのが、デイヴィスさんの考えです」

青山学院大学客員教授の岩渕潤子さん

■あらゆる偏見を取り除いてビジネスチャンスを広げる

シンポジウムでは、元Google米国本社副社長でGoogle Japan社長だった村上憲郎さんも登壇。「能力以外を問わない採用こそ、グローバル企業の最低条件である」というタイトルのプレゼンテーションを行う。優秀な人材を集めるためには、あらゆる偏見をとりのぞき、フェアな採用が求められるという。

そのほか、多様化についての先進的な取り組み事例の紹介として、デルタ航空のグローバル・ダイバーシティ担当ジェネラルマネジャーや、インターナショナル・スクール・オブ・アジア軽井沢の理事、柳沢正和さんらが登壇する。

「たとえばLGBTに対する理解がなければ、東京オリンピックで日本を訪れた男性のカップルがホテルでダブルを依頼すると従業員に驚かれて不快な思いをするかもしれません。でも、『メトロソース』のような媒体があったら、喜ばれるでしょう。これは、LGBT当事者の問題ではなく、私たち「みんな」の問題です。私たちが変わることで、ビジネスチャンスを広げられるし、海外での日本の評価も変わる。東京オリンピックはそういうチャンスでもあります」と岩渕さんは話している。

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