誰もがうらやむ仲睦ましげな4人家族は、実は家族を装った北朝鮮の工作員だった。
(c) 2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
映画「レッド・ファミリー」で描かれる「家族」4人は、妻役のスンヒを班長とする通称「ツツジ班」。本国にそれぞれ実の家族を残して共同生活をしながら、日夜、軍事施設の写真撮影や、北朝鮮を批判する脱北者らの暗殺にいそしんでいる。
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そんな暮らしをしているうちに、隣家の4人家族との交流が深まっていく。日々言い争いばかりしている隣家を最初は「資本主義の限界」と軽蔑していた4人だが、工作員生活に疲弊する4人には徐々に、実の家族の絆がうらやましく思えてくる。
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ある日「父」役の工作員・ジェホンの妻が脱北に失敗したと知らされる。班長スンヒは手柄を立ててジェホンの妻を救おうと、独断で脱北者を暗殺する。しかし彼は北朝鮮に情報を流す二重スパイだった。激しく叱責された「ツツジ班」に下された任務は、隣家の4人を殺すことだった。
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大ヒットした「シュリ」(1999年、カン・ジェギュ監督)が、韓国の一般社会に数々のテロを仕掛ける冷徹な北朝鮮の工作員を描いてから15年。「レッド・ファミリー」に登場する工作員家族の殺害対象は最後の場面を除き、北朝鮮を批判する脱北者に限られる。2回の南北首脳会談を経て、韓国に入国した脱北者(北朝鮮からの亡命者)が2万人を超えた韓国で、工作員を取り巻く人々の描かれ方も具体的、等身大になり、韓国社会の北朝鮮のとらえ方が変わったことを象徴している。両家の家族が誕生日パーティーを開く場面では、隣家の家族が工作員家族を「親北だ」とののしる場面など、北朝鮮を巡って国論が二分される韓国の現状も描き出している。
■監督「体制と人間性を描く意味で『JSA』は参考にした」
「レッド・ファミリー」は第26回東京国際映画祭で観客賞を受賞した。製作・脚本・編集は「サマリア」(2004年)でベルリン国際映画祭銀熊賞、「嘆きのピエタ」(2012年)でベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したキム・ギドク。キムの指名で長編初監督となるイ・ジュヒョンがメガホンを握った。
このほど来日したイ・ジュヒョン監督にインタビューした。
Q 監督自身、脚本を初めて読まれたときどう思ったか。どういう映画にすべきだと思ったか。
A 映画は撮っていくうちに迷いが生じるけど、そのたびに最初に脚本を読んだときの印象を維持しようと努力した。第一印象はとても感動的だった。2家族の対立関係といった構造的な面が気に入った。果たして自分がこれを監督できるのか不安だったが、監督は励ましてくれた。
実は、最初のシナリオはかなり重かったので、修正して人間味を持たせた。いくらスパイといっても人間、実際に目をギラギラさせて銃を持って毎日うろついているわけではないから、一緒に生活すれば映画を見に行ったり、食事をしたりするだろうと、人間味を表す場面を加えてユーモラスにした。工作員である前に、私たちと同じ人間なのだと。多様性を感じ取ってもらえたのではないだろうか。
Q 今まで南北関係を描いた映画は「シュリ」「二重スパイ」(2002年)、工作員ではないけど「JSA」(2000年)があった。今回、独特なのは疑似的な「家族」を通して工作員を登場させている。過去のそういった映画は念頭に置いて撮影されたのか。
A 似ている映画をあげるなら「JSA」、あるいは「トンマッコルへようこそ」(2005年)だと思う。他の作品は工作員の視点で物語が描かれ、工作員の役割やアクションが展開されているが、「JSA」には軍事境界線という「一線」を越えられない描写がある。南と北の兵士たちは親しい兄弟のように打ち解けているのに「一線」を越えられない。最終的にラジオの音が聞こえたことで大展開が起きるのだが、ハラハラする内容だ。
「レッド・ファミリー」では、2つの家族の間には小さな垣根がある。あまりにも低いのでジャンプしたら飛び越えられそうだが、なかなか行き来しない。でも最初はチョコレートを渡し、だんだん垣根を越えるようになる。そもそも、鳥はあの塀を難なく越えて行き来していた。だんだん両家が往来するようになり、北側は思想を検証する必要が生じてくる。南北の関係を考える上で「線」を越えるか越えないかが描写されていたと考えると、形式的には「JSA」に似ていたと思う。
「レッドファミリー」で特に描きたかったのが、体制という枠の中で葛藤する人たち。やがて体制の中でもお互いを気遣うようになり、特にスンヒ班長は、相手を気遣って面倒を見たいのだが自制していた。体制と人間性を描く意味でも、「JSA」は参考にした作品だった。
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Q 北朝鮮の「娘役」工作員ミンジと、隣家の家族の息子チャンスは、徐々に交流を深め、思いを寄せて行きます。監督が込めた思いは。
A 登場人物の年齢は、それぞれの世代を代表する役割にした。「祖父」役の工作員は朝鮮戦争を経験し、スパイとして南に来て40年以上になる人。すでに体制を疑ってはいるが、もう年を取ってしまった世代の象徴。スンヒ班長とその夫役の世代は体制を維持し、体制を固めている人。ミンジは体制の中で生まれた子。チャンスとミンジにとっては体制というものがすでに重荷になってしまっているが、次の世代が解決しなければいけない課題だ。そういう課題を背負っている2人に少しでも希望を託し、希望を信じたいと思った。
2家族が合同で誕生日を祝うシーンで、ミンジは「思想の教育は受けているが私たちの世代は関係ない」と言う。最近の若い世代はイデオロギーを意識しなくなっている。でもその半面、南北統一にも関心が薄れている。
両家の間を鳥が行き来するシーンにも比喩を込めた。祖父役の工作員は、両家の間を軽々と行き来する鳥を見ながら、家族と離れて40年、ガンを患った自分の境遇を重ね「自分はまるで鳥みたいだ。どこを見て、何のためにここまで来たのか。今自分に残っているのはガンしかない」と話す。鳥は死んでしまうのだが、死んだ鳥はミンジとチャンスの2人が一緒に埋めている。
Q 誕生日を祝うシーンで、北朝鮮を非難する隣家の家族に、工作員家族が「表現の自由よ」と言いながら反論する場面がある。実は北と南、それぞれの中でも意見がまとまらない。これはおそらく南の場面を比喩的に表しているのかと思った。
A 映画の中で最も難しかった場面が、実はあの場面だった。誕生日の場面はいろんな意見の衝突ということにしたが、北の家族はみんなスパイだから、言いたいことがあっても正直に言えない。ミンジは北で教育を受けているが、「どうして他の国に頼ってばかりで自分たちで解決しないのか。どうして自分たちの国のことなのに自分たちで相談しないのか」と正論を言って祖父役の工作員が止めたり、スンヒ班長も同意しているけど盗聴されているから、終わったあとで「今日は誕生日だから大目に見る。でもあんなふうに言えるということはうらやましい」と話したりする。こういう台詞で、だんだん隣家と心が通じ合ってきたのではないかとも思える。
あのシーンは韓国でよく見られる飲み会の場面に似ている。酒を飲みながら「お前はアカじゃないのか」と言い合いになることがよくある。誰かが戦争を心配していると、それを聞いた別の人が「今の時代、戦争を心配することはない。心配するということはお前はアカなんじゃないか」と。一緒に酒を飲んでいるのに心が通じ合わない、みんなもどかしいと思っている人がたくさんいる。私自身も、どうしてこの国は人の心が互いに通じ合わないのかと考えていた。韓国では北朝鮮への考え方は人によって全然違う。何かよくない記憶がある人と、家族の中で北とつながりがある人で考え方は違う。「早く統一して北を助けなければ」という意見もある。どれが正解という答えはなかなか出せない。
何はともあれ、難しい概念を取り払って、娯楽として楽しんでほしいと思う。
■早期の統一に観客は悲観的
また、一般向け試写会の来場者に「南北統一は何年後になると思いますか」と尋ねたところ、1年後 3名(3%)、5年後 4名(3%)、10年後 21名(18%)、20年後 18名(15%)、それ以上 58名(48%)、無理 16名(13%)と、短期的な統一に悲観的な回答が多数を占めた。
1~10年と答えた人は「してほしい」「希望を込めて」「ドイツも思ったよりも早く統一できたから」などの理由、それ以上、無理と答えた人は「分断後100年が目安」「そもそも統一したいのかな」「米中が統一を望まない」といった理由をあげた。
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「レッド・ファミリー」は10月4日から新宿武蔵野館など全国で順次公開。