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2015年10月24日 23時19分 JST | 更新 2015年10月24日 23時21分 JST

第二次世界大戦の爆撃機「沼地の幽霊」 73年の時を超え故郷・アメリカに戻る

1942年2月、大量に弾丸を積んだアメリカ初の空襲用爆撃機U.S.B-17が、パプア・ニューギニアの人里離れた沼地に不時着した。

1942年2月、大量に弾丸を積んだアメリカ初の空襲用爆撃機U.S.B-17が、燃料不足のためパプア・ニューギニアの人里離れた沼地に不時着した

9人の乗組員は無事だったが、安全な場所にたどり着くまで6週間もマラリアや熱中症と戦わなければならなかった。そしてこの空飛ぶ要塞はその後何十年も見つけられることがなかった。この飛行機には驚くような逸話があり、ハワイに戻すのは至難の業であった。

ジメジメした沼地で半世紀を過ごし、2013年4月、このかつて忘れ去られた歴史の一片は自国に戻り、現在は太平洋航空博物館パールハーバーに展示されている。

"故郷"に戻ったボーイングB−17E "飛行要塞" 通称「スワンプ・ゴースト(沼地の幽霊)」

1972年、オーストラリアの兵士たちがヘリコプターから部分的に水から顔を出している飛行機を見つけたのが、不時着から30年後のことだ。ジョン・ダーントンによるスミソニアン・マガジンの記事によると、この兵士らが調査のためにその片側の翼に降り立ったとき、「不気味にそのまま」であることに気がついたそうだ。

機関銃はあるべき場所に収まって充填されており、キャビンに残された魔法瓶にはコーヒーが入っていた」とダーントンは書いている。「灰皿には吸殻が残されていたと言う者もいた」。地元の新聞はこの飛行機に「スワンプ・ゴースト(沼地の幽霊)」という愛称を与えた。

その後、第二次世界大戦の元爆撃機パイロットや、有名な飛行機の収集家であるデイビッド・C・タリチェットらが率いるサルベージ・チームが何年もかけてパプアニューギニア政府と交渉した。太平洋航空博物館長のケネス・デホフ氏は、この「スワンプ・ゴースト」は国宝と呼ぶに値すると言う。

デホフ氏は「初代オリジナルの飛行機なのですから畏敬の念を覚えて当然です」とハフポストUS版に対して述べた。

「スワンプ・ゴースト」はおそらく太平洋航空博物館にある中で唯一完全で、現役の(引退していない)第二次世界大戦時のB-17E爆撃機であり、アメリカの戦勝に大きな役割を担った飛行機の1つだ。太平洋航空博物館によれば、同機は戦闘の傷跡を残す唯一のB-17Eでもあると言う。

「この飛行機は立派な要塞でした」とデホフ氏。「数えたところ、機体には121の弾痕がありました」。

もともとこの飛行機に乗っていた乗組員たちは、この墜落の後、1週間の休養を取り、すぐに別の戦闘機に配置された。そして戦争が終わるまで飛び続けた。この飛行機のパイロットであったダーントン氏によれば、フレデリック『フレッド』・C・イートン大佐は新しい乗組員たちに何度も飛行機の残骸をに見せ、9人の男たちが生き延びた話をしたそうだ。

現在、見学者たちは太平洋航空博物館のB−17Eスワンプ・ゴースト特別ツアーに参加すれば、当時の状態の飛行機を間近に見ることができる。

この記事はハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。

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