ドナルド・トランプ氏の反イスラム発言、共和党のユダヤ戦略を台無しにした

ドナルド・トランプ氏が、イスラム教徒の全面的な米入国禁止を提唱したことを受けて、共和党が進めているユダヤ票取り込み戦略に黄信号が点っている。
Reuters

2016年大統領選挙で共和党候補指名を争う不動産王ドナルド・トランプ氏が、イスラム教徒の全面的な米入国禁止を提唱したことを受けて、共和党が進めているユダヤ票取り込み戦略に黄信号が点っている。

共和党はこれまで長年にわたり、イスラエルの安全保障を最優先課題とするユダヤ系米国人の支持取り込みを重要戦略に掲げてきた。1週間ほど前には、複数の候補者がワシントンで開かれたユダヤ系保守派グループの会合に出席、イスラエルとの連帯を宣言し支持を呼び掛けた。

ところが、トランプ氏の「イスラム教徒入国禁止」発言が、これまでの共和党の取り組みを台無しにしたようだ。トランプ氏が12月末に予定しているイスラエル訪問への懐疑的な見方も広がっている。

ミネソタ州選出の元上院議員で、共和党ユダヤ人連合(RJC)の幹部でもあるノーム・コールマン氏はロイターに「(共和党にとって)プラスでないことは明白だ。彼のコメントは汚らわしい」と強調した。

共和党ストラテジストのリー・コーウェン氏は「ユダヤ人コミュニティーは、宗教のみを理由に迫害された記憶を共有している。標的とする宗教は違えど、同様の主張をする人への警戒心は強い」と話す。

カリフォルニア州で発生した銃乱射事件の犯人が2人のイスラム教過激派だったことを受けて、トランプ氏は今週、移民や学生、観光客らを含むすべてのイスラム教徒の米国入国を禁止することを提案した。

トランプ氏の発言には批判が殺到。共和党、民主党、ホワイトハウス、人権団体、諸外国、シリア反体制派のほか、フェイスブック

一部のユダヤ人共和党支持者の間でも、トランプ氏を見限る動きが出ているようだ。ロイターは、トランプ氏発言前にはトランプ氏を支持していたが、発言後は考えを変えたというユダヤ人5人に話を聞いた。

7年前にインテルのマネージャーを引退したオレゴン州ビーバートンのポール・コーエン氏(59)は「(トランプ氏発言は)行き過ぎという印象だ。テッド・クルーズ氏などへの乗り換えを検討している」とし、トランプ氏について「思いつきの発言が多過ぎ」と苦言を呈した。

<トランプ氏にはユダヤ系の孫>

米治安当局は、トランプ氏発言が世界的なテロとの戦いに悪影響を及ぼすと懸念しているが、共和党は、ユダヤ系米国人の票がますます民主党に流れるのではないか、という現実的な危機感を抱いている。

2008年の大統領選挙では、バラク・オバマ氏はユダヤ人票の78%を獲得した。2012年大統領選では、共和党のミット・ロムニー候補が積極的なユダヤ票取り込み戦略を展開。ロムニー氏は、オバマ政権の中東政策を非難したほか、自分が大統領に当選すればイスラエルとネタニヤフ首相に対してより忠実なパートナーになるなどと主張した。

最終的には、オバマ大統領がユダヤ票の69%を獲得し、再選を決めた。しかし、ユダヤ系米国人の支持取り込みという意味では、ロムニー氏は共和党の候補として、過去25年間で最も健闘したと言える。

ロムニー氏は選挙戦でイスラエルの宗教的寛容を称賛する広告を掲載。広告では「米国と同様、イスラエルはすべての宗教の人々の権利を尊重している」とうたった。イスラエルではトランプ氏発言について、こうした寛容の歴史からの明らかな逸脱と見なす人々も少なくない。

イスラエルの駐米大使を務めた経験を持つ、米国生まれのマイケル・オレン氏は、タイムズ・オブ・イスラエル紙に対し「歴史を通じて敵対的なゼネラライゼーション(一般化)の犠牲になってきたわれわれユダヤ人は、(トランプ氏)発言を最初に非難すべき」と呼び掛けた。

皮肉なことに、トランプ氏は、ユダヤ系米国人の有力者とビジネスをしたり、日常的に親しく交際している唯一の大統領候補者という。

さらに、トランプ氏はユダヤ系の孫がいる唯一の共和党候補者でもある。トランプ氏の娘のイヴァンカさんは実業家のジャレッド・クシュナー氏と結婚後、ユダヤ教正統派となった。一家はコーシャー(ユダヤ教の戒律・慣習に沿って適正に調理された食品)をとり、ユダヤ教安息日に従い、シナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂)にも通っている、という。

イヴァンカさんのラビ(ユダヤ教の宗教指導者)であるイーリ・ウェーンストック氏は、トランプ氏について、娘と違って「定期的には礼拝に来ないため」個人的には知らない、と話す。しかし、イスラム教徒の米入国禁止提案については、信徒の多くと同様に不賛成だとし「発言はユダヤの価値観、米国の価値観とかけ離れたものだ」と主張した。[ワシントン/ニューヨーク 9日 ロイター]

(James Oliphant記者、Michelle Conlin記者 翻訳:吉川彩 編集:内田慎一)

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