2015年3月12日にシリアの町、アレッポのコバニ中心で起きた過激派組織「イスラム国」(IS)の戦闘員とクルド人武装グループの衝突で破壊された建物の瓦礫を、一人の男が見つめている。
著書「カリフ国家:イスラムの政治史」は、1月13日にフラマリオン社からフランス語で出版された。歴史家ナビル・ムリン氏が過激派組織「イスラム国」(IS)の起源をたどっている。カリフ国家とは7世紀以降、イスラム教預言者ムハンマドの後を継いだ指導者が治めていたイスラム国家を指す。フランス国立科学研究所の上級研究員であるムリン氏は、カリフ国家の政教制度を研究している。
ハフポスト・マグレブ版はムリン氏に、アルカイダを含む他の組織と比較した場合のISについてや、イスラム史の文脈の中での「カリフ国家」の概念についてどう考えるかを聞いた。(日本版編集部注:ムリン氏はインタビューの中で「イスラム国」という言葉を避け、「ダーイシュ」という言葉を使っております。同氏の用語の表現を踏まえて翻訳しました。)
――ISは、イスラム教の支配者がかつて確立した他のカリフ国家と同じパターンをたどっているのか。
ジハーディズム(聖戦思想)の指導者は自らの政教プロジェクトを正当化するため、2つの補完的なイデオロギーに基盤を置いています。その一方で、彼らは中世以来、イスラム教で広く行き渡っている救世主思想を取り入れようとしている。つまり、彼らはウンマ(イスラム共同体)の統合を回復するために、カリフ国家を復活させ、シャリーア法を厳守。そして、救済を達成するために世界を征服しようとしている。しかし、同時に、彼らは意識的であれ無意識的であれ、ナショナリズムと独裁主義といったようなヨーロッパの考え方や制度の両方に影響を受けている。ジハーディズムは今日のダーイシュ(IS)によって具現化されているが、これはイスラム教の歴史からの連続性と決裂の要素を同時に持つ、ハイブリッド(混合的)な現象となっている。
――「決裂の要素」とはどういう意味か?
決裂の要素は数えきれぬほどあり、この組織の行動のあらゆる分野で見ることができる。もちろん、ジハーディストはヨーロッパ起源の知的概念やシンボル、イメージ、制度をイスラム化することで、こうしたヨーロッパから影響を受けた事実を必死に隠したがっている。
例えば、ジハーディストのグループで最も人気がある論文「残虐性の操作」は、まず第一にヨーロッパ、ラテンアメリカ、アジアの著書に基づいており、イスラム教徒の政治と宗教の伝統には基づいていない。さらに、この論文の著者アブ・バクル・ナージ氏は「ジハーディストがイスラム法と普遍的な法則を一致させることができていないため、世界の隅々を制圧できない」と何度か発言したことがあった。彼は「もっと上手く戦うためには西洋から学ばなければならない」とジハーディストをせき立てた。
――ISとアルカイダの違いは広報戦略か。
もし広報戦略がアルカイダとダーイシュを分ける1つの要素であれば、それは氷山の一角に過ぎない。この2つのテロリスト組織の根本的な違いは、カリフ国家を復活させる戦略が異なることだ。アルカイダの活動は、「イスラム教のコミュニティ」が外敵の攻撃にさらされているとの考えに基づいている。そして、すべてのイスラム教徒には苦境にある同胞を助ける義務があるという考えに基づいている。この汎イスラム主義の結束とは、西洋諸国とそれらの諸国を支えるアラブ系イスラム政権の双方に対する世界的な聖戦を意味している。
彼らの究極の目的は、イスラム勢力内での非イスラム勢力を掃討すること、そして、「背教者」の政権を屈服させてカリフ国家の下でウンマ本来の統合を回復することにある。しかし、この戦略は失敗。ジハーディストの指導者の一部は、特に2001年9月11日のテロ事件後に、この戦略をめぐって一斉に厳しい批判を浴びせた。
もし広報戦略がアルカイダとISを分ける1つの要素であれば、それは氷山の一角に過ぎない。
これとは対照的に、ダーイシュは「グローカルな」プロセスの中で行動する。これはつまり、世界的な視野で考え、地域的な視野で行動する能力だ。この組織の指導者たちは、アラブのイスラム世界の中心に領土を所有したがっている。また、残りの世界を征服する前に、経済的に自立することを目指している。
このために、彼らは3つの段階を踏んだ。第一に、道徳心を低下させ、資源を枯渇させる。第二に恐怖政治。第三に「イスラム国」「カリフ国家」の樹立だ。イスラム国/カリフ国の樹立だ。この中の一部の成功した戦略と2014年6月の「カリフ国」樹立の宣言は、我々が目撃してきたように、シナイ半島やリビア、チュニジア、そしてフランスなど、アラブ系イスラム世界やそれ以外の世界のあちこちで模倣されてきた。
――7世紀に存在したようなカリフ国家と、ISが一致するポイントはどこにあるのか。
彼らが自分たちを正当化するために利用している要素だ。中世以来、イスラム諸国で出現した政治組織のほとんどは、権力掌握を正当化するためにカリフ国の考えを重用してきた。たいていの場合、それは暴力によって実行された。カリフ国は、政教一致を旨とするイスラム教徒が作り出した制度だ。これをあまり深く話す必要はないが、アラウィー朝からムワッヒド朝までモロッコのほとんどの王朝は、社会構造に大きく影響を受けてきた。ダーイシュのアプローチもまったく例外ではない。しかし、中世にこれらの王朝が権力を保つために利用した要素が、現代もいまだに通用するのかは疑問が生じる。
――その落とし穴はISを破滅に陥らせるか。
客観的・主観的理由で、ダーイシュの未来には2つのシナリオがあると言える。1つ目のシナリオはあまりあり得ないと思うが、それは普遍的な統治体制の確立、いわばダーイシュが普通の国になることで、暴力という面では、ダーイシュに一定の枠をはめることになる。現在の環境で、そして最終的には国際社会に受け入れられるよう努力することになる。
私たちはすでにこのような現象を中世史だけでなく、現代史でも直面してきた。私はイランと、特にサウジアラビアのことを考えている。これらの国は、20世紀初期にはほとんどダーイシュのように見えていた。サウジアラビアのイデオロギーの基盤は、"イスラム国”と同じ基盤に依って確立された。つまり、ワッハービズムだ。
しかし、ダーイシュがこの種の道徳的信条と、結果を度外視し、どのような犠牲を払っても信念を貫く意志をともに取り入れたため、壁にぶち当たっている。
さらに、こうした行為の中には数多くの内部矛盾が存在している。戦闘員は、異なった地域から集まっており、社会的、政治的、文化的、イデオロギー的に大きな矛盾を抱えている。今のところ、この組織が戦闘を維持できているのは、主に勝利が続き、急速に拡大していることにある。
しかし、資源が尽き始めて勝利が難しくなると、内紛へ発展し、テロリスト組織を崩壊に追いやることになるだろう。この2つ目のシナリオは、起きる可能性が最も高い。
ジハーディズムは確かに社会構造だが、それ以上にイデオロギーになっている。この意味で、我々の戦いはイデオロギーをターゲットにしなければならない。もし包括的な解決方法が見つからなければ、混乱のあるところはどこにでも、がんが再発する。ダーイシュと戦って打倒するには、軍隊は意味がない。アラブ世界のほとんどの政権がこの手段を選んできたが、しかし、それでは十分ではない。このイデオロギーと戦うには、政治的・経済的な解決方法が必要だ。
この記事はハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。
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