キャスティング・ディレクターの仕事――奈良橋陽子さんは「美しく創られた怪物」を演じる日本人をどうやって見つけたのか

ハリウッドと日本をつなぐ仕事の魅力、求められる能力とは?

人が生涯につく仕事の数は、大抵1つか2つ。なりたい職業に就けるとも限らない。それでも、さまざまな職業を知るたびに「これは楽しそう」「あれは自分に向いているかも」と、心が浮き立つものだ。それぞれの仕事には、思いもよらない喜びや苦労、そしてその仕事ならではの技術が隠されているに違いない。

ハリウッド映画に出演する日本人をキャスティングしている奈良橋陽子さんは「キャスティング・ディレクター」だ。最近では、女優アンジョリーナ・ジョリーが監督を手がけた映画『不屈の男 アンブロークン』でも、繊細な日本兵役にギタリストのMIYAVIをキャスティングし話題を呼んでいる。

映画『不屈の男 アンブロークン』で日本兵役を演じたMIYAVI

一体、奈良橋さんはどうやってこの職を見つけたのか。ハリウッドと日本をつなぐ仕事の魅力、求められる能力とは?「役と役者の魅力が噛みあうと、化学反応が起きる」と話す奈良橋さんにキャスティングの現場を教えてもらった。

■ 「美しく創られた怪物」を演じられる日本人はどこにいる?

――キャスティング・ディレクターとは、どういう仕事なのか。奈良橋さんが関わった映画『不屈の男 アンブロークン』(2月6日公開)を例に、教えていただけますか。

映画というのは、誰かの強い思いから生まれるんです。『不屈の男 アンブロークン』は、監督のアンジー(アンジェリーナ・ジョリー)が、イタリア移民のルイ・ザンペリーニの数奇な運命を描いた原作に惚れ込んで企画がスタートしました。

ルイは1936年のベルリン・オリンピックに出場した将来有望なランナーだったのですが、第二次世界大戦で空軍爆撃手となり、乗っていた機体のエンジン故障で海に不時着します。そして漂流の末に日本軍に捕らえられ、東京の収容所に送られる。ここで登場するワタナベ伍長という日本人のキャスティングを依頼されました。

――映画を観ましたが、ワタナベはとても複雑な役ですよね。冷静なようで激情型。主人公を傷めつける描写が物議をかもして、一度はこの映画の日本公開が見送られたともうかがっています。

アンジー、そして原作が伝えたかったのは、日本兵のひどさではなく、闇の中でも光を求めること、そして人を赦すことの尊さです。決してワタナベは、単なる悪役ではないんですね。捕虜であるルイに固執し、過剰なまでに厳しくあたりますが、アンジーいわく「彼は実際のところ知的で、教養のある人物だった。いわゆるステレオタイプの日本人をイメージした悪党にはしたくない」と。原作者のローラ・ヒレンブランドの表現では「美しく創られた怪物」と言われています。さて、そんな人はどこにいるのか。

――雲をつかむような話ですね……。どうやって探していくのでしょうか?

まずは原作や脚本、監督との会話を手がかりにして、役を理解します。そこから、とにかくたくさんの映像や画像を観るんです。そのなかで、ピンときた人をピックアップしていく。アンジーからは、「今作は昔の話だけれど、観客に身近な物語として感じてもらえるよう、演者はフレッシュな人がいい。ベテランの役者でなくていいし、役者でなくてもいい」とも言われていました。

だから映画やドラマにかぎらず、さまざまなパフォーマーの映像も観ました。そこで見つけたのが、世界的に活躍しているギタリストのMIYAVIです。彼がギターを弾いている姿には、強烈なカリスマ性があった。なんというか、魂が輝いている感じがしました。

『不屈の男 アンブロークン』でワタナベ伍長を演じるMIYAVI(中央)

――候補は役者ではなく、ロックスターのなかにいたんですね。ピンとくる、というのはどういう感覚なのでしょうか。

言葉では説明しづらいですね……やはり最後は直感なんです。個人の好き嫌いとは、違うんですよね。忘れてはいけないのは、最初に役ありきだということ。役と人の組み合わせが重要です。だから役者としてはすごくいいけれど、ハマる役が見つからないために世に出ていない、という場合もあります。『めぐり逢えたら』に出演する前の、メグ・ライアンがそうでしたね。

役と役者の魅力が噛みあうと、作品の輪郭が一気にクリアになるんです。いい意味での化学反応が起きる。もうその映画は、その人抜きには考えられなくなる。MIYAVIを見つけて、彼以外にワタナベはあり得ないと思いました。そして、すぐ彼に会いに行ったんです。話しているときの映像を撮影して、アンジーに送ると「Amazing!!」(素晴らしい)という反応が返ってきて、現地のスタジオでオーディションをしました。

――監督がいいと言っても、オーディションがあるんですね。

スタジオのスタッフも説得しないといけませんからね。MIYAVIに演技の経験はありませんでしたが、シチュエーションを与えると、即興ですごく見事な演技をみせてくれました。今回はいつもと違う、ユニークなキャスティングをしようと考えていたので、それがぴったりはまる人が見つかってよかったです。

■映画『バベル』、聾唖の女子高生役を半年間探しつづけた

――ぴったりの人が見つからないときも、あるんですか?

今まで、見つからなかったことはありません。でもいつも最後まで、見つかるかどうかドキドキしています。2006年製作の映画『バベル』の時は、聾唖の女子高生チエコ役のキャスティングを担当しました。はじめに菊地凛子さんを含め数人をアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督に紹介したところ「いいね」と言ってもらえて、ホッとしたんです。でもそこからが、地獄でした(笑)。監督から、「彼女たちもいいけど、ほかにはいない?」「日本中を探して」「本当の聾唖の女性も候補に入れて」と要求が続き、半年ほど探しつづけることになったんです。

新しい候補が見つかるたびに、凛子さんもオーディションに呼ばれる。毎回真剣勝負ですから、大変だったと思いますよ。半年の間に彼女は手話を完璧に覚えて、最終的にチエコ役を勝ち取りました。

彼女はこの映画で、アカデミー助演女優賞にノミネートされた。それも納得のすばらしい演技でした。キャスティングした役者さんが、自身の力を存分に発揮しているのを観るときは、キャスティング・ディレクター冥利につきますね。

――基本的な流れとしては、ハリウッドで映画の企画が持ち上がり、日本人が演じる役があったときに奈良橋さんに連絡がくる、と。

そうですね。大きく言うと、プロデューサーや映画監督が、映画やドラマに出演する俳優をキャスティングする作業をサポートするのがキャスティング・ディレクターです。ハリウッド映画だとアメリカだけでなく、オーストラリア、イギリス、ニュージーランドなどにいる、英語を話す俳優がすべて候補になります。大量の候補のなかから最適な人物を選ぶのは労力がかかるし、俳優の持つ演技力や可能性、才能をトータルに考慮して紹介するのは専門性も必要です。だからこそ、キャスティング・ディレクターという職業が生まれました。

日本だと俳優を探す範囲がそこまで広くないので、専任のキャスティング・ディレクターはそれほど必要とされていませんでした。でもこの15年ほどの間に、アメリカ映画で日本人が起用されることが増えたので、ハリウッドに日本人俳優を紹介するキャスティング・ディレクター、という役割が新たに必要になってきたのです。

■ 「マッサン」のエリー役は、「日本人に愛される」ことがポイントだった

――NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」のヒロイン・亀山エリー役のキャスティングにも、奈良橋さんが関わられたとか。これはアメリカの俳優を日本の作品に紹介するという、逆のパターンですね。

じつはアメリカの俳優のキャスティング作業は、日本よりもスムーズなんです。なぜかというと、募集と応募がオンラインでできるから。キャスティング用のシステムが整備されていて、映画の基本的な情報、募集する役について公表すると、大勢の俳優の写真や動画、プロフィールが送られてきます。こちらから検索して俳優を探すこともできる。日本だと、まずは芸能事務所にメールで依頼書を送ることからはじめなければいけません。アメリカのようにはいかないのが現状です。

話を「マッサン」に戻しましょう。このときもオンラインで候補を探し、何人かの俳優に会いました。その時重視したのは、「日本人に愛されそう」というポイント。アメリカでは、明るくてグラマーで、チアリーダーでもやっていそうな強い美人が人気ですけど、日本ではちょっと違いますよね。そこで目に止まったのが、シャーロット・ケイト・フォックスでした。最終的には彼女の演技を見て、自分の内面を表現できていると感じ、彼女を推薦しました。

■良いキャスティングは、まず良い演技を知ることから

――奈良橋さんがキャスティング・ディレクターの仕事をするようになったきっかけは?

1987年製作のスティーブン・スピルバーグ監督の『太陽の帝国』という日本人が何人か出演する作品で、オーディションの通訳を担当したことです。そこから、キャスティングの仕事に携わるようになりました。監督のそばで、どういうふうに役者を選ぶのかを見ることは、とても勉強になりましたね。

あえて監督の作品を批判して、自分を印象付けようとする俳優もいましたが、そういう人は選ばれなかった。スピルバーグ監督といえど、ひとりの人間です。一緒に気持ちよく仕事ができる人がいいし、いい映画をつくりたいという気持ちを共有できる人がいいんですよね。

――キャスティング・ディレクターの仕事に必要なことを、あえて3つ挙げるとしたら何でしょうか。

1つ目は、演技というものを理解していること。若いころに役者を目指し、ニューヨークの演劇学校に通っていたことは、キャスティング・ディレクターの仕事にすごく活きていると感じます。演技のことがわかっているからこそ、この役者さんはどこまで伸びるか、国際的に通用する演技ができるかどうか、違う面を見せられるかどうかといったことがわかります。ハリウッドで求められる演技がわかっていると、オーディションに受かるためのアドバイスもできるんです。

2つ目は、これは大前提ですけれども、英語力ですね。自分が話せないなら通訳を立てればいいかというと、そういう問題でもない。アメリカでのビジネスというのは、会社同士というより、個人同士で対応しているものなんです。だから通訳が達者であればあるほど、相手はあなたではなく通訳に対して話しかけるようになる。それは困りますよね。逆にあなた自身が英語を話せれば、いくらでも相手の信頼を得るチャンスはあります。

3つ目は、たくさんの映画、ドラマを観ること。私の場合、映画やドラマを観ると「あの人のここがよかった」「あの人はあの役にぴったりだった」というのが、頭のなかに資料として蓄積されていくんです。観ているときは作品全体を楽しんでいるのですが、やっぱり自然と目につく人のことは覚えています。これはもう、職業病かもしれませんね。

――最後に、これから奈良橋さんがやっていきたいことを聞かせてください。

今後はキャスティングだけでなく、自分の手で映画をつくっていきたいですね。監督としては、2015年にガンで亡くなった今井雅之が原作・脚本・主演を務めた舞台の映画化である『手をつないでかえろうよ』を、一周忌にあたる5月28日に公開します。

彼とは、彼が俳優としてデビューしたころから親交がありました。監督を依頼されたのはガンが発覚したあとでしたが、病をおして1日だけ撮影にも来てくれたんです。これを公開した後に、一から自分の映画をつくりたいと思っています。

――ハリウッドと日本をつなぐ奈良橋さんですから、やはりつくった映画は全世界に公開したい?

いえ、そんなに大きな野心はありません(笑)。これまでの人生をすべて詰め込んで、今の自分だからできる素敵な映画がつくれれば、それで満足ですね。

(取材・文 崎谷実穂

奈良橋陽子(ならはし・ようこ)

1947年生まれ。外交官だった父の仕事に伴い、5歳からカナダで過ごし、16歳で帰国。大学卒業後渡米し、ニューヨークの演劇専門学校で学ぶ。帰国後、ミュージカル「ヘアー」「Monkey」などを演出。舞台・映画『THE WINDS OF GOD』は国連芸術賞、日本映画批評家大賞を受賞。ゴダイゴの「銀河鉄道999」「Monkey Magic」などヒット曲の英語作詞家としても知られているほか、現在はハリウッド映画の日本人キャスティング・ディレクターとしても活躍中。トム・クルーズ主演『ラストサムライ』をはじめ、『SAYURI』『バベル』『終戦のエンペラー』など、話題作を次々と手がけている