バトル・オブ・ブリテンから76年 イギリスが祖国防衛をかけた激戦を振り返る(画像集)

第二次世界大戦の初期、イギリス軍とドイツ軍がブリテン島(イギリス本土)をめぐり激しい攻防を繰り広げた「バトル・オブ・ブリテン(イギリス本土航空決戦)」から、7月10日で76年を迎える。

第二次世界大戦の初期、イギリス軍とドイツ軍がブリテン島(イギリス本土)をめぐり激しい攻防を繰り広げたバトル・オブ・ブリテンから、7月10日で76年を迎える。当時の様子を写真で振り返る。

1940年7月10日から約4カ月間にわたって、ドイツ軍はイギリス本土に激しい攻撃を敢行。航空機のみで戦闘が行われた大規模な軍事作戦は、これが世界で初めてとされる。この時、すでにフランスは降伏しており、ヒトラーに対抗できるのはチャーチル首相が率いるイギリスだけだった。

バトル・オブ・ブリテンが始まる2週間前、チャーチル首相は下院でこう述べたという

「そのため、私たちはこの責務に備えましょう。そして、もし大英帝国とその領土が今後1000年続いたとき、人々が今を振り返って『あの時こそ栄光の時であった』と言われるように振る舞うのです」

世界を変えた航空戦「バトル・オブ・ブリテン」 | ナショナルジオグラフィック日本版サイトより 2015/07/15)

イギリスにとって、「バトル・オブ・ブリテン」は祖国防衛のため、絶対に負けられない戦いだった。ドイツ軍は当初、イギリスの船舶や軍事基地を攻撃目標としていたが、9月になると攻撃は都市部に集中。ロンドンは9月7日から57日間連続で激しい夜間空襲に襲われた(ロンドン大空襲)。

イギリス軍は航空機と兵力の不足から初戦こそ劣勢だったが、ドイツ軍によって国を失ったポーランドやフランスなどのパイロットをはじめ、ニュージーランド、オーストラリア、カナダなどイギリス連邦の人々も義勇兵として戦闘に参加。その奮戦により、ドイツ軍のイギリス本土侵攻を断念させることに成功。第二次世界大戦の重大な転機となった。

一方ドイツ軍は、イギリスへの侵攻を断念して1年も経たないうちに独ソ不可侵条約を一方的に破棄し、ソ連に侵攻。東部戦線での泥沼の独ソ戦へと突入した。

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