どのように働いていくのが、自分らしいのか——。
今、ライフスタイルの多様化にともなって、自分に合う「働きかた」を見つめ直す人が増えている。例えば、「子どもを持つ女性」という同じ立場にあっても、働きたい時間や場所、個々のスキルは十人十色だ。
企業側でも、日本が抱える「労働人口の減少」問題をどう乗り越えていくか、その手腕が試されている状況だからこそ、「働きかた」の改革は大きな課題となっている。
そうした社会的課題に対して動き出しているのが、株式会社リクルートスタッフィングだ。さまざまな人が関わる人材派遣事業で、新たな「働きかた」を創出すべく積極的に取り組みを行っている。
2016年4月、同社の代表取締役社長に柏村美生(かしわむら・みお)さんが就任した。1998年にリクルートに入社し、29歳の時に「ゼクシィ」の中国での販路開拓を目指して上海に赴任、約6年間滞在。リクルートライフスタイル執行役員兼美容情報統括部長などを経て、現職に就いた。
柏村社長に、これまでのライフストーリーや働きかた改革への想いを聞いた。
仕事に復帰したい“休眠美容師”が活躍できる「訪問美容」
——まずはこれまでのお仕事についてお聞きしたいと思います。以前おられたリクルートライフスタイルでは、「訪問美容」に力を入れていたそうですね。
「訪問美容」は、リクルートライフスタイルの美容サロンの検索・予約サイト「ホットペッパービューティー」の取り組みのひとつとして行っていました。「訪問美容」とは、高齢や病気などでサロンに行くのが難しい方を対象に、理美容師が自宅などにうかがって施術をする出張美容のことです。
始めたのには、2つきっかけがありました。ひとつは私が大学生のときに、障がいを持った方のためのボランティア活動をしていたことです。当時の福祉業界では、特に食事などの介護が優先されがちで、理美容にまでケアが行き届いていませんでした。
でもあるとき、私がお手伝いをしていた方が、当時話題になっていた「“カリスマ美容師”に髪を切ってもらいたい」とおっしゃったんです。そこで、私が表参道のサロンにお連れしました。そうしたら、カットの後、見たことのないようなとびきりの笑顔でサロンから出ていらしたんですね。そのときの驚きと感動が忘れられなくて。
——その笑顔をもっと世の中に増やしていきたいと。
そうですね。「高齢者でもきっと同じことが起きている」と考えました。例えば、寝たきりになって介護される側になったとき、「髪をきれいにしたい」と言い出しづらい状況があるのではないかと。身支度って大切なもので、確実に需要はある。
一方で、美容師が働く環境も徐々に変わってきています。美容院は短時間で働くスタイルの実現がむずかしいんですよね。だから、結婚後に家庭との両立に悩み、仕事をあきらめてしまう人が多いんです。でも、「訪問美容」であれば1日に数名の訪問でも時間を選んで働ける。仕事を続けられずにいた“休眠美容師”の方が活躍できるようになるんです。
マイノリティは自分だった――高校生のボランティアで目にした「知らない世界」
——90年代にボランティア活動をされていたとは、今と比べれば珍しいことだったのではないでしょうか。興味を持った理由は何だったのですか。
知的障がいのある方たちが、オリンピック競技種目に準じたスポーツの成果を発表する場として開催されている「スペシャルオリンピックス」という競技会があります。高校生のとき、たまたま学校でボランティアを募集していたので参加しました。
当たり前なのですが、参加している方たちは全員が障がい者の方。私が通っていた学校には障がいを持っている方がいなかったので、大勢の障がい者の方を目の当たりにしたのは初めてだったんです。むしろマイノリティは自分のほうではないか、と思いました。「私には知らない世界がある。こんなに障がいを持っている方々がいるのに、なぜ今まで知らなかったんだろう……」と考えさせられました。
こうして社会福祉の世界にのめりこんでいきました。特に、障がい者の中でも、精神障がい者の方は見た目が健常者と変わらず障がいであることが分かりにくいものです。そのため、当時は偏見を持たれてしまうことも多く、社会に出ていくことがむずかしかったんです。そうした問題をどう解決するかに興味をもち、大学では社会福祉学を専攻。精神障がい者を支援するボランティア活動もしました。
——そのまま福祉業界に就職することは考えなかったのですか?
福祉の業界は補助金に頼る部分も多く、思いだけでは変わりにくいのではないかと思ったのです。優秀な人材や資金が集まるためには、どうしても経済合理性を無視できない部分があります。
そこで、「仕組みづくりを学ぼう」と思い、リクルートに入社しました。これまでにさまざまな事業を経験しましたが、どこにいても基本的には「すべての人に役割のある社会を創る」という思いが私のベースにあります。
それは、障がい者だけでなく高齢者や若年層、あらゆる人たちが社会に参加している世界です。社会で期待されたり、「ありがとう」と言われたりしてつながっていくことが、人が元気に生きていく大事な要素だと考えています。
——「すべての人に役割のある社会を創る」。すばらしいお考えですね。そのために必要なことはどんなことでしょうか?
ワーキングマザーの仕事と育児の両立や介護の問題も同様ですが、当事者だけにフォーカスしても社会は変わらないんです。大切なのは、いろいろな人がいろいろな生きかたができるようにすること。そのためには、「時間と場所を選ばない働きかた」が当たり前になることが大切です。それが実現できたら、ほとんどのことが解決するのではないかと考えます。
「やらないこと」を決める。働きかたを見直した中国時代
——多様な働きかた――ご自身の働きかたはこれまでに変化がありましたか?
実は、私も若い頃、長時間働いていたことがありました。ときには深夜まで働く日もあったほど、とにかく長く働いて。でも、中国で働くことになって、短時間労働に切り替えたんです。
理由は2つあります。ひとつは、当時「ゼクシィ」の営業だったのですが、それまで担当していた仕事に加えて、中国での仕事を任されたことです。圧倒的に時間が足りなくなりました(笑)。
そこで、自分が何に時間をかけているのか、本当の成果に結びついている仕事は何かを分析したら、ほとんどの仕事・作業が成果に直結していないと分かったんです。大変ショックを受けました。
また、赴任先の中国では、家族やパートナーのために、そして自分の学びのために時間をつくり、プライベートな時間を充実させることが当たり前の文化でした。それも刺激になりました。そうした自分なりの分析をもとに、働きかたを大きく変えてみることにしたんです。
アウトプットは減らさずに、「本当に成果を出すために何に集中しないといけないか」を徹底的に考え、「やらないことを決める」ことにも力を入れました。すると、任されている領域が増えたにもかかわらず、なんと全体の仕事時間が減ったんです。とてもいい経験でしたね。
短時間勤務にも必要なスキルアップがある
——人材派遣事業の会社に異動し現職に就かれて、今の働きかたはどのようにしていらっしゃるのですか。
基本的に変えていません。18時以降には会議を入れないようにしています。もともと弊社は、「スマートワーク」を推進しており、「限られた時間の中で、賢く・濃く・イキイキと働くことで、最大の成果を出すこと」をテーマにした取り組みを行ってきました。これからも引き続き力を入れていきたいと思います。
——社長就任から約半年経って、人材派遣事業をどう感じていらっしゃいますか。
日本は労働人口が減っていて、どこも人手不足です。そんな環境下で、人材派遣事業では、登録した方が「どのようなことを考えているのか」、「どう働きたいか」という希望をお聞きし、ていねいに伴走しようとしていることに驚きました。
印象的だったのは、長時間働くことが一般的なIT業界において、ITエンジニアの女性が大手企業で週3日・短時間で勤務するという働きかたが始まったことです。他のIT企業でも、それに近い働きかたができるようになるでしょう。
事務職の方の事例でも、お子さんが入学する4月に向けて「お休みを増やしたい」とご相談を受け、派遣先企業の人事部と調整をしたケースがありました。個人のニーズに応えて、安心して働けるようお手伝いをする事業なのだと、改めて感じました。
また、短時間勤務のために必要なスキルもあると思っています。もともと研修には力を入れていたのですが、登録スタッフさんがスキルアップできる環境として、ネットを活用したオンライン講座のコンテンツも増やしています。
「こういう働きかたがいいよね」と言わないように
——多様な働きかたを提唱していくとき、それまでの仕組みとの間で摩擦が生じることもあるのではないでしょうか。
それは、少なからずありますよね。ワーキングマザー同士であっても、価値観が異なります。私は、「こういう働きかたがいいよね」と提唱するのは危ないと思うんです。みなさんそれぞれ環境も考えかたも違いますから。産休や育休の期間が違っていてもいいと思うんですね。ただし、3年以上空いてしまうと復帰するのが大変なので、相談されれば1年くらいをおすすめしていますけれど、みんな違っていていいんです。
ワーキングマザーが職場にいると、そこで働く人たちにとって、それが当たり前になっていろいろな想像力が働くようにもなります。子育てに限らず、介護、妊活をしているたちも、同じことが言えますよね。
人材派遣は「社会の中のひとつのピース」
すべての人に役割がある社会を実現することは、そんなに簡単ではないと思っています。いろいろな仕組みやシステムが必要です。私は、人材派遣事業はそのような仕組みやシステムの1ピースで良いと考えています。これからそれを磨き上げていきたいです。
これは私が描いたビジョンマップの絵なのですが、点がいろいろなところに生まれて広がっていく様子をイメージしています。1滴の水が水面に落ちて、広がっていくように。人材派遣事業も、社会の中のひとつのピースとして、成長できればと思っています。
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人材派遣の分野から人々の「働きかた」が変わり、多様化していけば、多くの企業へそれが波及していく。柏村社長は、個人の多様な働きかたに寄り添いながらも、社会の仕組み自体もより良く変えようと歩みを進めている。
柏村社長は、自身の核にある思いをこう話してくれた。「『どの働きかたもいいよね』と、それぞれが思えるかどうかが大事なのではないでしょうか。どれも正しくて、それぞれの価値観で選んでいるだけ。そういう社会になるといいなと思います」
(取材・文:小久保よしの / 撮影:川しまゆうこ)