難民「正しく知り、正しく怖がって」 国谷裕子キャスター・国連広報センター根本かおるさんと共に考える

私たちはなぜ、日本国内の難民たちに関心を持ちにくいのだろうか。元NHKクローズアップ現代キャスターの国谷裕子さんと、国連広報センター所長の根本かおるさんが対談した。

国谷裕子さん(左)と根本かおるさん

難民問題が世界的に注目されるなか、世界第3位の経済大国である日本の難民受け入れの状況は、世界の先進国のそれとはまた違った様相を呈している。そもそも、私たちはなぜ、日本国内の難民たちに関心を持ちにくいのだろうかーー。元NHKクローズアップ現代キャスターの国谷裕子さんと、国連広報センター所長の根本かおるさんが対談した。

2人はともにジャーナリストとして、また国連SDGs(国連の持続可能な開発目標)のサポーターとして、国内での難民の見えない実情や、それに取り組むことによって見えてくる様々な可能性について語り合った。

※国連SDGs(Sustainable Development Goals)はこちらを参照

国谷裕子(くにや・ひろこ) アメリカ・ブラウン大学卒業。1981年にNHK総合『7時のニュース』英語放送の翻訳・アナウンス、87年からNHK・BS『ワールドニュース』『世界を読む』を担当。93年~2016年、NHK総合「クローズアップ現代」でキャスターを務める。1998年に放送ウーマン賞、2002年に菊池寛賞、11年日本記者クラブ賞、16年ギャラクシー賞特別賞を受賞。近著に『キャスターという仕事』(岩波新書)

根本かおる(ねもと・かおる) 国連広報センター所長。東京大学法学部卒。1996年~2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)でアジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。フリー・ジャーナリストを経て2013年8月から現職。近著『難民鎖国ニッポンのゆくえ』(ポプラ社)

国谷裕子さん

■「難民」について正しく理解し、正しく怖がる

根本かおるさん(以下、根本) 今、難民や移民については、あまりにもステレオタイプな言説が流布しています。そこで国連では、難民や移民に対する否定的な認識や偏った態度を和らげ、ポジティブな貢献も含めて正しく伝えていこうという「TOGETHER キャンペーン」を行っています。

新しく国際移住担当の事務総長特別代表に就任したカナダ出身のルイーズ・アルブールは、「正しいデータによって正しく理解認識し、正しく怖がりましょう」と言っています。彼女は国連人権高等弁務官も務めたことがある法律家なのですが、彼女曰く、今、世界の人口がどんどん増えているのに伴って、国際移住者の数も増えてはいますが、その割合はずっと全人口の3%ぐらいでほとんど変わっていないのです。

国谷裕子さん(以下、国谷) 国内にとどまりながら難民となっている国内避難民も入れると、難民の人数は過去最大になっているという国際赤十字委員会のデータもあります。

根本 特に最近だと、中東の内戦、紛争の激化、長期化が背景にあるのでしょうが、それを差し引いても、世界中の難民問題が一向に改善されないままであるということです。ところで、難民のことを英語で「hordes of refugees」ということがありますよね。

国谷 「hordes」って、動物の「群れ」というような表現ですね。

根本 そういう表現をすることによって、メディアが先入観とか偏見を作ることに加担してしまっているということも、ルイーズは強く言っています。やはり、「hordes」という言葉は人間的とは言えません。

国谷 メディアの伝え方は本当に大切ですね。みんなが誤った認識をもってしまう背景として、特にテレビのもつ映像の力はすごく大きいものがあります。

人々が国境沿いを歩いたり、船に乗って渡ったりしていく、シリアからヨーロッパに逃れた難民の姿を報道した映像はあまりにも衝撃的でした。そのような映像がいろんな意味で人のイマジネーションを奪ってしまい、背景にある物事の複雑さや、本来、知らなければいけないことの意味が打ち消され、恐れだとか不安だけが大きくなってしまう原因になっているのかもしれません。

根本 難民、移民などの国際移住者は、今後、世界人口の増加に伴って一定の割合で増えていくので、どう受け入れるかという枠組みが必要です。国連では、来年9月までに難民、移民について、それぞれグローバルコンパクトと呼ばれる正規でかつ安全に彼らを受け入れるための枠組みを作ることになっています。

国谷 ただ、日本の抱えている問題は、それとはまた別のものがあります。日本の難民認定率は、ほとんどゼロに近い。根本さんの『難民鎖国ニッポンのゆくえ』を読ませていただくと、2007年には6.7%あったものが2012年では0.2%。現在ではどのようになっていますか。申請する方々は増えているのではないですか。

根本 増えています。それでも、2016年に日本で難民認定された人数は28人なんです。一次審査レベルでの認定率は0.3%で、6年連続1%未満です。小数点以下を四捨五入すると0になってしまうんですよ。それぞれの国にはそれぞれの事情がありますが、今、負担を国連加盟国みんなで分かち合おうということが叫ばれている中で、0.3%は、やはりあまりにも少ないのではないかということです。

国谷 そこが一番知りたいところです。なぜ日本は、これほど申請しても認められない国なのでしょうか。

根本 認定基準として用いているものは、難民条約に掲げられている定義で、いずれの国でも基本的には同じです(※難民とは人種、宗教、国籍、政治的意見や、または特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるか、あるいは迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れた人々のこと)。それなのにこれだけの違いがある。ひとつに言われるのは、迫害を受けた、あるいは受ける可能性があるという書類での証拠を厳しく求めているということ。しかし多くの場合、迫害や紛争で命からがら逃げてこなければいけない人たちに、証拠を集めて持ってくるような余裕はないのです。

国谷 すると、難民と認められた28人というのは、その国で有名な活動家だったとか、あるいは本当にしっかりとした証拠をもって出ることのできた人だけということですか。

根本 あるいは、とある組織が、迫害の可能性を証明するような文書を出したというような場合でしょうか。それも、偽造ではないという証拠が求められるので、たいへんハードルが高くなります。

国谷 ご本の中で、「灰色の世界」と表現されていました。日本で難民申請をした人々の収容される施設が(茨城県)牛久など3カ所にあって、私たちの社会の眼に触れない形でそこに長年収容されている人々がかなりいると書かれています。申請をして、それが認められなかったときにはどうなるのでしょう。強制送還の対象になるのですか。

根本 政府の側からすれば、一番望ましいのは申請が却下されて自主的に帰ってもらうということです。正規の滞在中に難民申請すれば、申請中は滞在することができますが、観光ビザなどの制限の日数を超えて不法滞在になってからの申請ですと、いつ収容されてもおかしくない、非常に脆弱な立場におかれてしまうわけなんです。国際的な基準で言えば犯罪を犯したわけではないのですが、身体を拘束することになります。これは、国連の人権条約機関が日本の状況を審査するときによく指摘される課題です。

根本かおるさん

■難民問題の解決は、我々自身の問題解決につながっている

国谷 そうした中で、根本さんはレイラさんといういまだ難民であることを認められない一家を追いながら、日本における現状を描いていらっしゃいます。国連の難民高等弁務官事務所(UNHCR)にいて、国境を越えてきた人々が「難民」になる現場も見てこられた根本さんが、日本の中での見えない部分に焦点をあてようと思われたきっかけは。

根本 はい、15年間勤めたUNHCRを辞めた後、私には1年半全くのフリーランスで物を書いている時期があったんです。制度とか法律を追っていては見えてこないものがあると感じていたので、このフリーな立場で時間的にも余裕があるからこそ密着したいと思いました。この本を書く過程は勉強でしたし、寄り添ってみることで全然違う風景が見えたと思いましたね。

国谷 日本の状況は10年以上全然変わっていません。有権者の声もなかなかあがってこないのは、たぶん見えない部分がいつまでも見えてこないからであって、この本を通して知ってもらいたいという思いもあるのかなと思ったのですが。

根本 そうですね。反面、取材によって勇気付けられたのは、民間レベルで行われている活動や取り組みに目覚しいものがあるということでした。制度が変わらないことに文句を言って待っているだけではなく、政府に対してものを言いながら自分からアクションを起こしてしまおうという団体や個人にもたくさん出会いました。

国谷 弁護士グループなどの団体により、教育支援や難民申請を手伝うなどの多層的な支援が行われているそうですね。言葉の壁はあるかもしれませんが、根本さんが今のお立場でこの本を書かれることで、こうした団体にアクセスしやすくなる人が多くなると思いました。

根本 もうひとつ勇気づけられたのは、難民としてやってきた子どもたちが大きくなって、自分たちで支援活動を始めていることです。彼らは日本語も堪能で、成績優秀な子どもたちが難民高等教育プログラムなどの支援を受けて大学にも通っています。新しい意味でのダイバーシティや、日本全体のグローバル化につながるような人材も育っていると感じます。

国谷 それで私が思い出したのは、先ごろ国連の副事務総長に抜擢されたアミーナ・モハメドさんの話なのです。ナイジェリアでは、昔は海だと思っていた大きな湖が気候変動の影響などもあり、十分の一くらいになってしまいました。そのため農業や漁業という生活の糧を失った人々がどんどん都会に出てスラムで暮らすようになっていく。教育を受けていた人たちも、自己実現の機会がないことによって過激派組織ボコ・ハラムの中に入ってテロリストになってしまうとアミーナさんは話していました。

若い人たちが自己実現の機会を奪われるということは、社会の不安定化につながります。ですから、何の罪もなく逃れてきた人たちが、普通の人たちが当然受けるべき教育を受けられ、夢を語ることもできるようにすることは絶対に必要だと思います。このように考えれば、難民問題は我々自身の問題につながります。

根本 「置き去りにされがちな人を置き去りにしない」という、SDGsの大原則を考えるうえで一つのシンボルみたいなものが、まさに難民です。難民として生きなければならない。国を捨てて避難しなければいけない。私は今、SDGs関連の仕事が活動の半分以上をしめているのですけれども、長く自分が関わってきた難民の問題とつながりが深いなと思うことがよくあります。

国谷 本の中で印象的だったのは女性たちの刺繍です。レース編みやネックレスとか、きれいなんでしょうね。 ああいう試みで自分の国の伝統や自分の持っているスキルが製品化されていくことは、社会との接点を作ります。文化的な面で女性が表に出られないようなお国柄の方々もいらっしゃる中で、それをうまく引き出してあげる活動には頭が下がります。

根本 彼女たちがレース編みをする風景は、祈りにも似ていて、自分たちの尊厳を回復するようにも見えます。色鮮やかで、日本にはないテイストのレース編みは、心の支えになるんですよ。

国谷 2016年に23年続けた『NHKクローズアップ現代』のキャスターの仕事を降りたのですが、SDGsと出会ったのはその前年でした。本(『キャスターという仕事』)にも書きましたが、相互に関連しあった世界に暮らしている私たちが、連携しあうというやり方こそ、本当に必要なことだとつくづく思いました。

SDGsの発想で日本国内の社会問題の解決に取り組むことによって、企業の場合は新しいビジネスにも繋がるでしょうし、人口減少が進む自治体では地域活性化への新しい風になる可能性もあります。生協や農協のような協同組合であれば、原点に立ち返って社会問題解決に取り組むための目標にもなる。ですから、みんながSDGsを共通のモノサシにすることで、お互いに議論をしながら新しいつながりを生み出すツールになるだろうと思います。

根本 私も、SDGsの広報に関わるようになってから、お付き合いする業界の幅が飛躍的に広がりました。以前から、国連だけでやっても広がらない。企業や自治体の方々と連動、連携していかなければと思っていましたので、SDGsを大きな武器にさせてもらって、つながっていけたらと考えています。

国連本部を視察するピコ太郎さん。SDGsの目標「17」のポーズを決めて

国谷 そういえば、ピコ太郎さんを起用した国連SDGsのキャンペーンは、反応はどうでしたか?

根本 結果としてみんながハッピーになれました。「SGDs」というワードでの国連本部ウェブサイトへのアクセスが、急上昇したんですって。やっぱり、この名称がなかなか浸透しないという課題があって、ニューヨークの国連本部も同じ悩みを抱えていたので、国連広報局の同僚たちも非常に盛り上がっているんです。

国連本部は世界中から観光客が集まる観光名所でもありますが、ピコ太郎さんを見つけたアジア系の人たちがすかさず彼の写真をスマホで撮っていました。日本から「great surprise」を届けることができてよかったかなと思います。

国谷裕子さん(左)と根本かおるさん。「TOGETHERキャンペーン」のプラカードとともに

この記事はポプラ社が編集協力をしました。

構成 南雲つぐみ

写真 中西裕人

『難民鎖国ニッポンのゆくえ』(ポプラ社)

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