ライフスタイル
2018年05月05日 10時33分 JST | 更新 2018年05月05日 10時33分 JST

「明日から女性になります」トランスジェンダーを公表したテレビ局の記者の思い

「彼女」は、ベルギーのオランダ語民放局に務めて28年になるベテラン記者だ。

van

「明日から女性になります!」

1月末、筆者の住むベルギーで、テレビ局のベテラン記者が、こう宣言してメディアを賑わした。

VTM

テレビでおなじみの顔だけに、全国的にあっと驚くニュースとなったが、その論調は事実を伝えるトーンで、三面記事的に揶揄する感じでもなかった。筆者は、この様子を実にベルギーらしいなあ...と感じた。

「東京レインボープライド2018」開催中のいま、ベルギーのトランスジェンダーをめぐる状況をつづりたい。ベルギーで出会った日本人のトランスジェンダー青年とその家族の声と合わせて紹介する。

有名記者がカミングアウト

翌日には、元国王と同名の「ボードワン」から、フランス語で「美」と同じ音を持つ「ボー」と名前を変えて登場した「彼女」は、ベルギーのオランダ語民放局に務めて28年になるベテラン記者だ。

その人が、生まれ持った身体の性と自認する性が一致しないトランスジェンダー(セクシュアル・マイノリティの総称を示すLGBTQのTの頭文字にあたる)であることを公表したのだ。

ベルギーでは、政治家で婦人科医のP. デゥシュッター氏が、自らトランスジェンダーであることを公表している(この方は、男性に生まれ、後に女性と自認した)が、まだまだ著名人のカミングアウトはそう多くはない。

ボー氏は、会見同日にTwitterでつぶやいた。

「皆さんから温かい反応を得て感謝感激。自分に、そして私達のような仲間に、信じられないほどの元気をくれました。明日から、変わります! トランスの人々の受け入れや、孤独に戦っている気持ちに、小さな変化を起こすことができたならとても嬉しい」

ボー氏が、「自分は女の子だ」と初めて認識したのは8歳のときだったという。トランスジェンダーなどという言葉すら知らなかった時代だ。その後、女性と結婚し、2人の子どもに恵まれた。幸せな家庭生活は30年に及び、今では、2人の子どもは成人している。

これまで何度も「カミングアウトしたい」との衝動にかられたが、仕事や家族を失うことを恐れて思いとどまった。それでも5~6年前、男性である自分を嫌悪する感情を否定することができなくなり、初めて専門家に相談したのだそうだ。

今では、ボー氏の妻や子どもたちは、困難に皆で協力してくれているという。地元紙「Het Laatste Nieuws」に、次のように家族への思いを伝えている。

「妻や、子どもや、近親者にとって、私が公表して性別を変えると決めたことは、ショックだったと思う。それでも、皆で支えあって乗り越えようと決めました。絶対にうまくいくと信じて」

トランスジェンダーを専門とする医療科

ボー氏がセクシュアリティについて相談したのは、ゲント大学医学部内に設置された「トランスジェンダー・ポイント」。すでに20年以上の実績を持つここには、世界中からの相談があり、週に5件、今では年間150件近い外科手術を手掛ける。EU内の健康保険互換制度ができたため、隣国フランスやオランダからも手術を受けにやってくる。

Tazu Sasaki
ジョス・マトマンス氏(左)と専門の整形外科医カレル・クラース氏(右)

カウンセラーのジョス・マトマンス氏に話を聞いた。

「ボーの家族のように、トランスの配偶者や子どもを温かく支える例は、今では、それほど珍しいことではありません」

「カミングアウトすれば、男女間・親子間の関係は変容していくことになるかもしれませんが、孤立感を乗り切り、その過程を乗り越えるには、我々のような専門チームのバックアップが必要でしょう」

ここでは、専門の精神科医がていねいに診断を重ね、診断が確定すれば、ホルモン投与を開始する。

ホルモン投与を続けながら、身体のことや心理状態とともに、家族や学校・職場での困難も含めてカウンセリングや診察を繰り返し受ける。

5~6年かけて身体の変化にも馴染み、本人も家族も納得した上で、本人が希望するなら、外科的手術へ進むのが望ましいとされている。

手術となれば、専門の整形外科医が、婦人科外科医、泌尿器科医、内分泌科医、皮膚科医などと協力して、手術だけでなく、術前・術後のケアを担当することになるが、こうした医療費は原則として全て健康保険でカバーされる。

ベルギーでは、この1月から、正式に(公的な書類の)性別を書き換えるのに、外科手術を前提としなくなった。外科手術を受けたくないトランスジェンダーも多く、ようやく待望の法改正が実現したのだ。

家族として、仲間として

聞けば、ジョス自身もトランスジェンダー当事者だというではないか。記者のボー氏のケースとは反対に、女性として生まれたが、自分では男性と思っていたという。

成人してからカミングアウトして、付き合っていた女性と結婚。今では2人の子どもと幸せな家族を築いていると教えてくれた。

「お子さんは、養子を迎えたの?」と聞くと、「一人目は、ドナー精子を得て、妻が出産したのですが、二人目は養子です」と答えてくれた。

「長女は今11歳。私が女性として生まれたけれど、男性になったこと、生物的には父親じゃないことも、知ってますよ。でも、そんなこと、どうでもいいみたいです。かわいいですよ」

日本のトランスジェンダーが語った苦悩

筆者は昨年、日本人のトランスジェンダー青年と出逢う機会があった。彼は、悲鳴にも似た苦悩の話をしてくれた。

男性として学校に通っていても、体育は女子クラスに入れられ、女子の更衣室を使うことになる。男性として就職しても、トイレでいつも個室しか使わなければ、同僚男性は、変な奴だと思い始める。

久しぶりにあった遠い親戚や、幼少期から顔なじみの近所の人々から隠れるように生き続けるのは限度があるという。「結局、学校も中途半端、職場も点々とし、安定した社会生活を送れないのだ」と胸の内を明かした。

「家族が、皆が一枚岩になって、全面的に受け入れ、応援団になることは難しい」と母親は憔悴した様子で話してくれた。

子どものセクシュアリティを理解しようする親でも、生まれ持った身体にメスを入れること、悪くもない臓器を除去することに対する心理的な抵抗は大きいという。同世代のきょうだいは、理解者になってくれる場合もあるが、そうでない場合もある。

外科手術の大きな負担

日本でも、精神科医による性同一性障害の診断があれば、名前を変えることは可能で、ホルモン投与を開始できるが、戸籍上の姓を変えるには、外科手術が条件となる。性別適合手術は4月から保険適用となったが、ホルモン療法を併用すると全額自己負担だ。

日本には、トランスジェンダー専門の、乳腺外科から婦人科外科や整形外科などを備えた専門の医療機関はまだまだ少ない。現実的には、旅行会社が斡旋する、タイなどでの医療ツーリズムに頼る人が多いのが現状だという。

見知らぬ外国で、慣れない外国語で、初めて会った医師により、全身麻酔による外科手術を受ける不安やリスクは小さいはずはない。万一、麻酔から覚めなかったら、感染症を併発したら......いったいどうなってしまうのだろう。

Tazu Sasaki
「実はあなたの内側では違うと感じているかも」マトリョーシカ人形の内側には異なる性別のあなたがいるかもしれない、などと書かれたトランスジェンダー理解を促進するベルギーのパンフレット類

逃げ隠れしながら生きる人生に嫌気がさしても、家族や職場の悩みを包括的にサポートしてくれる専門の受け皿は今の日本には足りない。だから、トランスジェンダーの青年は孤立して、ネット情報に頼り、家族は相談できるところを探していたのだ。

「トランスジェンダー・ポイント」のカウンセリングでは、トランスジェンダー当事者である前に、一人の人間として見ること、母として父として、妻として夫として、友達として仲間として、学生として、社会人としてとらえることが自然なんだという認識を築くことから始めるのだという。

冒頭で紹介した記者のボー氏は、「メディア人として、トランスの人々が理解され受け入れられるように、勇気を出してカミングアウトした」と語った。

女だから、男だからとステレオタイプを押し付けられる人たち、生まれもった身体の性に違和感を抱く人たちのために、自分に与えられた責務だと。周りは彼の新しい誕生を、「おめでとう!」と素直に祝福した。

ベルギーのメディアは、その後、プライバシーを尊重し、家族や親しい交友関係を追い回したり、続報を報じたりもしていない。ボー氏は、これまで通りのテレビ局記者として粛々と仕事を続けている。

様々な違いを個性とし、ありのままを受け入れられれば、誰にとっても生き心地がいい。

(文:佐々木多鶴 編集:笹川かおり)

家族のかたち」という言葉を聞いて、あなたの頭に浮かぶのはどんな景色ですか?

お父さんとお母さん? きょうだい? シングルぺアレント? 同性のパートナー? それとも、ペット?

人生の数だけ家族のかたちがあります。ハフポスト日本版ライフスタイルの「家族のかたち」は、そんな現代のさまざまな家族について語る場所です。

あなたの「家族のかたち」を、ストーリーや写真で伝えてください。 #家族のかたち#家族のこと教えて も用意しました。family@huffingtonpost.jp もお待ちしています。こちらから投稿を募集しています。