もう、ひとつの場所に縛られるのはやめよう。オフィスを離れて気づいた「自由に生きる」ということ

「2足のわらじ」はなぜ大事か

フリーランスやパラレルワークなど、世の中にはさまざまな働きかたや生き方を送っている人があふれている。最近、都内と自然を行き来する2拠点居住というライフスタイルを知った。

自由な働きかたや生活を肌で感じたくて、5月11日と12日、ハフポストの読者と一緒に長野・富士見町のコワーキングスペース「富士見 森のオフィス」を訪ねた。

平日に泊まりがけで、長野の現地発着。参加のハードルが決して低くないイベントに、一体どんな読者が来てくれるだろう。そんな期待や不安を胸に、2時間ほど電車に揺られて長野・富士見町に向かった。

図書館みたいに静かすぎず、カフェほどざわついてもいない。

集まってくれたのは、20代〜40代の読者6人。学生のころからのハフポストファン、会社を休んで参加してくれた人、新潟から車で4時間かけて駆けつけてくれた読者。

ハフポストや後援のフリーランス協会の関係者・子供も含めて、全部で12人が寝食を共にする、1泊2日のツアーが始まった。

JR富士見駅から5分ほど車を走らせると、「森のオフィス」が姿を見せた。周りを360度木々に囲まれ、全く名前負けしていない。

森のオフィス
森のオフィス
Kaori Sasagawa / Huffpost Japan

木造2階建ての建物は、もともと武蔵野大学の保養施設だったのを改修したという。

中に招き入れられると、吹き抜けの高い天井で、開放的な空間が広がる。天気にも恵まれ、大きなガラス窓からはこれでもかと光が差し込んだ。落ち着いた音楽が流れ、図書館みたいに静かすぎず、カフェほどざわついてもいない。

森のオフィスの内観
森のオフィスの内観
Rio Hamada / Huffpost Japan

なんだこの優雅な空間は。廃校の地下室と比べてはいけないけれど、同じ「オフィス」でもこうも違うのか。下唇をキュッと噛み締めた(ハフポストは、中学校だった場所をリノベーションした施設の地下にある)。

案内役は、「森のオフィス」運営代表の津田賀央さんとスタッフの高柳祐人さん。2人とも、東京と富士見町を行き来する2拠点居住者だ。

「ここに集う人たちがお互いのスキルを提供し合いながら、生活や仕事にあたらしい刺激を生み出す場になることを目指しています」

津田さんは森のオフィスの理念について、そう説明する。これまでに、地域の医療機関と連携した利用者向けの人間ドックや、地元寒天屋とコラボした新商品の開発など、森のオフィスを通じて30ほどのプロジェクトが生まれたという。

利用者同士の交流は、どんな形で生まれるのか。オフィスを見て回ると、気になる一角を見つけた。

森のオフィスの壁一面に並んだ自己紹介カード
森のオフィスの壁一面に並んだ自己紹介カード
Rio Hamada / Huffpost Japan

「地方の暮らしで面白そうなネタがあれば取り上げさせてください」という募集から、「商品開発・パッケージデザインやります!」「コーヒー、サンドイッチをデリバリーします」といったスキル・サービス紹介まで、利用者の紹介文と名刺が壁一面にズラリと並ぶ。

こうやって、人と人やスキルとスキルが自然と結びつく仕掛けも凝らしているのだ。

高柳さんは「地域から仕事の相談が寄せられるので、クリエイターとのマッチングを加速させ、東京にいながら地域に関わる機会を増やしたい」と、森のオフィスの未来像を語った。

「大切なのは、個人が望ましいライフスタイルを選ぶ自由があること」

ひとしきり案内を受けた後、さっそくみんなで記念写真を一枚。森のオフィスを利用して、リモートワークを体験してもらうプランだったのだが、まわりの環境があまりによすぎて、ちょっとした自然散策や写真撮影会が始まった。

中には森のオフィスを飛び出し、本当に森の中に座り込んで、MacBookを膝に乗せて作業する参加者もいたほどだった。

森のオフィス側の森の中
森のオフィス側の森の中
フリーランス協会提供

リモートワーク体験に続く座談会では、津田さんと高柳さんに富士見町に移住した経緯や今の働きかたを語ってもらい、みんなで2拠点居住や森のオフィスなどについて意見・質問も交わした。

ある参加者の男性は、これまでにも地方のさまざまなコワーキングスペースでテレワークを実践してきたが、その多くがビジネスや経営上の課題を抱えていたという。これに対して津田さんは「森のオフィスは、スケール(規模の拡大は)しない方が良いと思っている。大切なのは、個人が望ましいライフスタイルを選ぶ自由があることだ」と語った。

座談会の様子
座談会の様子
Kaori Sasagawa / Huffpost Japan

他の参加者からは、「住民票はどうしているのか」という移住を念頭に置いた質問も飛んだ。津田さんと高柳さん場合は、長野に移したという。

こうして、1日目のプログラムが終わった。

車一台がやっと通れるぐらいのオフロードを分け入って、宿泊先のコテージに到着すると、まるでハリーポッターの世界のような幻想的な空間が広がっていた。

宿泊先のコテージの前で記念撮影
宿泊先のコテージの前で記念撮影
Rio Hamada / Huffpost Japan

一般社会とは切り離されたような、Google Mapにも表示されない深い森の中で、森のオフィス利用者でもあるコテージのオーナーが巨大なキャンプファイヤーで出迎えてくれた。あまりの迫力に、私たちは言葉を失った。

私たちを迎えてくれた巨大なキャンプファイヤー
私たちを迎えてくれた巨大なキャンプファイヤー
森のオフィス提供

ここには近所迷惑という言葉は存在しない。スマホの電波も繋がりにくい。オーナーが移住した当時は、近くに電柱もなく、町役場に自分で建ててほしいと言われたという笑い話も披露した。

ケータリングのカレーで夕食をとった後、近くの温泉にも出向いた。長野の夜は、5月でも冷え込みがきつい。戻ってからも、キャンプファイヤーを絶やさないよう薪をくべ、ワインを片手に火をぼうっと眺めていたら、いつの間にか日付が変わっていた。

みんなで焚き火を囲む
みんなで焚き火を囲む
ツアー参加者提供

富士見町の魅力を堪能

2日目は、富士見町の自然散策から始まった。ゴンドラに揺られて展望台に着くと、一面に広がる八ケ岳をバックに、みんなで地元名産のルバーブのソフトクリームをほおばった。

地元産ルバーブのアイスクリーム
地元産ルバーブのアイスクリーム
ツアー参加者提供

午後は、森のオフィスが主催するツアーの参加者と一緒に、富士見町周辺を見学。町役場の職員も同行し、おすすめスポットを案内してくれた。この日は年に一度開かれる市場「スワいち」が開かれ、富士見駅前の広場には沖縄そばやカレーなどの出店やお菓子・雑貨店が並び、商店街を中心に活気に溢れた。

地元の農産品の直売所に立ち寄った後、「八ヶ岳自然文化園」を訪れた。このエリアはかつて、自然文化園近くのペンション街を中心に、人気スポットとして多くの若者で賑わっていたが、今ではブームも下火となり低迷。以前の盛り上がりを取り戻そうと、地元出身者と森のオフィスが、新たな文化拠点を立ち上げるプロジェクトに取り組んでいる。

カフェ「K」
カフェ「K」
Kaori Sasagawa / Huffpost Japan

自然文化園に併設されたレストランを、本やアートなどが楽しめるカフェとしてリニューアルし、6月に本格的にオープンさせるという。

中央農業実践大学校には、キャンパス内に食肉や乳製品、野菜の直売所が併設され、南・中央アルプスの絶景を眺めながら、広場の芝生に寝そべり、ひなたぼっこした。

森のオフィス提供

最後に、宿泊したコテージの隣にあるオーナー宅で、今回のツアーを締めくくる懇親会が開かれた。ツアー参加者や森のオフィスの会員ら、総勢約40人が一つ屋根の下、手料理とワインを片手に語らった。

盛りだくさんだったツアーも気づけばもう終わり。後ろ髪を引かれながら、富士見町を後にした。

「2足のわらじ」はなぜ大事か

週が明け、森じゃないの方のオフィスに帰ってきたら、同僚たちから「若々しくなった」「雰囲気が変わった」としきりに言われた。一緒に参加した同僚も、イベントの直前に体調を崩していたのだが、本人も「憑き物が取れた」と語っていたほど、富士見町では生き生きとしていた。

自然のパワーが偉大なのか、普段の生活が疲れすぎているのか。おそらく、両方だろう。

ツアー中の雑談で、フリーランス協会の平田さんが、所属するコミュニティーを複数持つことの大切さを語っていたのが印象に残っている。

平田さんは、複数の企業の広報を務める一方で、フリーランス協会を立ち上げ、"2足のわらじ"をはいた生活を送っている。学生のころも、サークルを掛け持ちしていたという。

そうすることで、いろいろな人との関わりが生まれ、異なる視点に触れることができるからだ。それぞれのいいところを生かし、おかしなところを改善する機会にもなる。

森のオフィスの場合も、利用者の多くが東京と長野の2つのコミュニティーを行き来し、異なるスキルや情報を持ち寄り、あたらしい価値や働きかた、時間を生み出そうとしていた。

ツアーの参加者に答えてもらったアンケートで、イベントの感想として次のような声が届いた。

「本当に働き方含め生き方を自分で考えたいと思えるきっかけになりました」

「焚き火を通じて、『無為に誰かと時間を共にする』という行為が、東京では絶対にできない長野ならではの贅沢だと気づきました」

「参加者も一緒になって取り組むという感じで、一体感があってよかったです」

「全てにおいて、期待していた以上に良い体験ができて満足しています」

「宿泊ということもあり、皆さんと濃密な時間を過ごしたことで、人との関わりも『東京』と違う体験をしました。イベントはもちろん、お子さんと一緒に泊まったり朝ごはんをみんなで食べたりという『移住先の日常』を体験できたのも大きいです」

違う視点に触れ、常にアップデートする

日本はまだまだ、人の流動性が低い。昔ならではの社会の構造や仕組みの数々が、人の移動や交流を妨げているからだ。流動性が低ければ、変化が起きづらくなる。

会社で言えば、終身雇用や年功序列、新卒一括採用は、新卒から定年まで一つの会社で働き続けることを前提とした制度だ。「会社をやめるのは悪いことだ」という風潮さえあり、退職や転職がその人が新たな人生に踏み出す決断として十分に評価されていない。

日常の生活の中でも、引っ越しの費用的負担が大きいことは、私たちが物理的に移動する自由を妨げる一因になっている。

そうやって、私たちは気付かないうちに、プライベートでも仕事でも、ひとつの場所やモノにとどまるよう仕向けられている。安心や楽さと引き換えに、アタラシイことに出会う機会を失っている。

今やスポーツの世界も、二刀流の時代だ。アメリカでは、フットボールの一流選手が野球やサッカー経験者であることも珍しくない。

コミュニティの中にいる人は、案外そのコミュニティのことが分からないものだ。複数の拠点や仕事を通じて、いつもとは違う視点に触れることで、常に自分をアップデートする機会を持つことができる。

森のオフィスを訪れて、アタラシイ働きかたを模索する人を応援する場所があることや、自分にあったライフスタイルを自由に選んでいる人たちがいると知れたことは、大きな財産となった。

今回のツアーでは、一つ屋根の下で、同じ釜の飯を食い、裸の付き合いもした。これだけ読者と深く関われる機会も、そうはないだろう。

読者にとってもアタラシイ体験となっていたら、主催者としてこの上ない喜びだ。

オフィスを離れて自然の中で働くのも「アタラシイ時間」だ。

ハフポスト日本版は5月に5周年を迎えました。この5年間で、日本では「働きかた」や「ライフスタイル」の改革が進みました。

人生を豊かにするため、仕事やそのほかの時間をどう使っていくかーー。ハフポスト日本版は「アタラシイ時間」というシリーズでみなさんと一緒に考えていきたいと思います。「 #アタラシイ時間 」でみなさんのアイデアも聞かせてください。

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