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2018年07月21日 09時41分 JST | 更新 2018年07月21日 09時46分 JST

虐待にはメカニズムが存在する。専門家が提唱する「防止」の戦略とは

サッカーと同じです。子どもの周りの「選手」を増やし、虐待につながるパターンを変えようと試みるのです。

菱川愛・東海大学准教授
Shino Tanaka
菱川愛・東海大学准教授

東京都目黒区で、船戸結愛ちゃん(5歳)が虐待され死亡した事件で、児童相談所のあり方が問われている。政府は20日、事件を受け、虐待に対応する児相の職員を増員するほか、安全確認のための家への立ち入り調査の実施などを盛り込んだプランをつくることを決めた。

一方、子どもの被害事実確認面接などを通じ、現場と接点の多い菱川愛・東海大学准教授は、ハフポスト日本版の取材に対し、虐待が起きるシステムに介入しない限り、虐待は防げないと語る。どういうことなのか、菱川准教授の解説を紹介する。

■虐待にはメカニズムがある

現場では、虐待は家族の誰に原因があるか、背景は何かを突き詰め、そこから解決策を導こうとすることがよくあります。でも、それだけが解決ではありません。虐待を防ぐには家族のなかで起きている虐待につながる特有の「パターン」を見いだすことが有効です。

例えば「最初からすぐ叩いたんじゃない。3回くらい注意しても言うことを聞かなかったから叩いた」と、保護者らが説明するのをよく聞きます。この部分をパターンで認識するとはどういうことか。

子どもが親のカチンとくることをする。親が怒って叱ると、子どもは黙ったり、すぐばれるような嘘、言い訳をしようとしたり、泣いたりの反応をします。期待していた行為と違うそれを見た親は一層大きな声で怒ったり、脅かす。

すると子どももますますだんまりを決め込んだり、反抗的な態度に出る。挙句の果てに叩く。子どもが泣き、あやまり、親は感情が収まる。子どもは急には成長しませんから、引き金になるできごとはすぐにはなくなりません。虐待は、こうして繰り返す(パターン化)と理解します=図。

Shino Tanaka

■虐待のシステムをどう変えるか

仮に3回目に激高して叩いてしまうのなら、2回目ぐらいで収まれば成り行きが違ってくることがあります。家族の中での虐待の仕組みを可視化し、だれがいつ、どの段階までに入れば、虐待が防げるかを実行することです。

サッカー・ワールドカップロシア大会の日本―セネガル戦で、日本代表が負け越していた時、最後の15分で本田圭佑選手が投入され、終盤の同点ゴールにつながりました。試合翌日のインタビューで西野朗監督は「システムを変えたかったから人を投入した」と言っていました。人が変わると、それまでと試合のパターンが変わり、攻め入る隙も生まれるという理解です。

システムへの介入という意味では、サッカーの戦略も虐待の再発防止も同じです。家族の外から、子どもの周りにいる「選手」を増やすことで、家族の中の虐待につながるパターンを変えようと試みるのです。「選手」は専門家ではなく、親戚や近所の人たちが担います。専門家は、どちらかというとコーチ陣でピッチには出ません。

どんな時に子どもに手をあげそうになり、それは何が引き金になっているのか、そして、子どもの安全確保のために動いてくれる人は何人最低必要で、誰がなってくれるのか、いつ会って話せるのといった話を家族とします。

協力してくれる親戚や近所の人を探すことすら難しいのではないか、という意見もあるでしょう。虐待が起きている家庭の大半は孤立していて、どこともつながっていないのが、むしろ当たり前です。その状態からつながりを紡ぎ出していきます。ソーシャルネットワークを築くことでシステムが変わり、システムが変われば同じパターンは起きないという点に虐待の再発防止を賭けていますから、家族と頭を突き合わせて考え、やり通すべきところです。

現行の相談援助が「関係維持」にとどまっていることが少なくありません。

児童虐待に対応する相談機関が接触する際、「子どもが多動で大変ですね」「子どもの治療のため」という話題にすり替えて、敵対的にならずに済む関係を作ろうとすることがあります。親に「あなたたち(親)の問題ではない」というメッセージを送ることで、おおごとにならないで、少なくとも親には会える訳です。

しかし親は自分が悪くないと思うから、子どもを治療や面談に連れてきたりはしますが、これだと子どもの安全についての話がしにくくなり、その間、子どもはずっと、たたかれたり暴言を吐かれると言った、安全の確保ができないことによる「つけ」を払わされ続けていることになります。

今回の事件でも、子どもは断続的にけがをしていることが確認されていました。

Shino Tanaka

■いまのガイドラインが変わらないと虐待を防げない

虐待の対応の現場では、今回の事例も含め、様々な問題が表面化しますが、それを最前線の職員のせいだけにするのは、おかしいと思います。職員は組織の指揮系統の中でやっていて、決して個人で対応しているわけではないのです。

どれだけ職員の研修を行ったり、オペレーションの見直しで改善しようとしても、そのおおもとである「子ども虐待対応の手引き」(ガイドライン)など厚生労働省や自治体が示す内容が見直されない限り、本当の改善には至らないと、わたしは考えています。現場が、ガイドラインを忠実に守っても、子どもの死亡が後を絶たないのは、実効性のあるガイドとしてはまだ改善の余地があるということなのではないかと思っています。

例えば、親の3世代にわたる生育史を聞いて対応に反映するよう、ガイドラインでは示していますが、そもそも、3世代に渡る生育史まで必要でしょうか?

いまのガイドラインで「社会診断」という言葉が使われていることからうかがえるように、そもそも1920年代の精神分析や自我心理学の概念を基盤にしたソーシャルワークの枠組みがそのまま変わらずにきています。例えば、ガイドラインの中に「虐待の背後にある本質的な問題を」と書いてある箇所があります。それによって虐待を親の問題、子の課題、両者の関係性といった心理的な側面から理解するようリードしています。

またこのように現場をリードした相談援助がどのように有効だったかどうかの検証も不十分です。例えば、アメリカの自治体の中には、一時保護の日数や人数に対する再虐待率と費用対効果を調べているところがあります。また、先ほど話したような虐待を「システム」ととらえて対応する手法や、レジリエンス(立ち直る力)などの新たな概念が次々に取り入れられています。現場をリードするガイドラインの見直しが急務だと思います。