AAR Japan[難民を助ける会]は2011年から、パキスタン北西部のハイバル・パフトゥンハー州の小学校で、トイレや手洗い場を整備するなど、衛生環境の改善に取り組んでいます。こうした活動が必要とされている背景には、パキスタンの小学校が抱える、どのような事情があるのでしょうか。イスラマバード事務所のシーマ・ファルークがお伝えします。
おもらしをして、泣きながら家に帰る小学生
日本の皆さん、こんにちは。AARパキスタン・イスラマバード事務所で女子小学校向けの衛生啓発事業を担当しているシーマ・ファルークです。
「先生が学校のトイレに外から鍵をかける」と聞いたら、日本の皆さんは、驚くでしょうか? 私たちが支援をしているハイバル・パフトゥンハー州ハリプール郡の女子小学校で、しばしば起きていることです。いずれの学校もトイレの数が少なく、汚れていたり壊れていたりしていて、状態も良くありません。たとえば、児童数が366人の、ある学校ではトイレが4つしかなく、便器が割れていたり、浄化槽との間をつなぐパイプが壊れていたり、天井の壁の塗装がはがれていたりしていました。また、それぞれの学校では、給水を校内や周辺の井戸に頼っているのですが、井戸の調子や降水量によって、断水したり、水量がとても少なくなったりすることがあります。
小学校の校庭にあるトイレ。レンガ造りで、屋上に給水タンクが設置されているのが一般的です
先生が学校のトイレに鍵をかけるのは、水が足りない状態でトイレを使うと、さらに衛生環境が悪くなるからです。しかし、そうすると、子どもたちは学校にいる間、排泄を我慢するか、わざわざトイレのために家に帰らなければならず、授業に集中することができません。また、低学年の児童がおもらしをすると、学校にいるその児童の姉がパンツを洗うように指示されます。もしそれができない場合、おもらしをした児童は家に帰されてしまうのです。
私はハイバル・パフトゥンハー州の別の村で育ちました。小さなころ、私の学校でも、不衛生なトイレや水不足に悩まされていました。ハリプールの学校と同じように、トイレに鍵をかけられると、同級生たちは、排泄をするために学校の外の茂みに行ったり、家に帰ったりしていました。幸い、私は叔母さんが同じ学校の先生だったので、先生用のトイレを使わせてもらうことができました(どの学校も、先生用のトイレには、いつも水が確保されています)。しかし同級生のなかには、ときどきおもらしをして泣きながら家に帰される子もいました。このことを思い出すと、今でも申し訳ない気持ちになります。
AARでは、ハリプールの小学生たちが安心して勉強に集中できるように、トイレの整備や新しい井戸の掘削をしています。私は日々、顔を合わせる事業地の子どもたちに、私の同級生のような悲しい思いをさせたくないと、いつも思っています。
大忙しの母親たちを説得する
事業について、教師や保護者に説明するシーマ(中央)(2017年3月)
私たちは、先生や母親向けに、安全な水の大切さや手洗い・歯磨きの仕方など、基本的な衛生習慣についての研修も行っています。研修に参加した先生や母親が、子どもたちや家族、同じ地域の住民に、その知識を広めてくれることを期待しています。
この研修に参加する先生や母親の多くは、すでに基本的な衛生習慣についての知識を持っていますが、実際にその習慣をきちんと実践しているかと言えば、そうではありません。ある母親は研修で、「水を煮沸してから飲むべきだとか、手洗いや歯磨きが大切なことは知っています。イスラムの教えでも、身の回りを清潔に保つことが重要だと言われているから。でも、毎日忙しすぎて、とてもそんな時間がないのです」と言いました。
そうです。パキスタンの母親は、地方に行けば行くほど、とても忙しいのです。一般的に、彼女たちの家族は、親戚も含めて10人~15人くらいの大人数で、一つの家に暮らしています。母親は、この家族の生活を支える中心人物です。毎日、家族全員分の洗濯や、掃除や、食事の準備をしなければなりません。
一人の人が、飲み水や食事のために必要とする最低限の水は、一日2.5~3リットルだと言われています。ハリプールの母親たちが、安全な水を家族全員に準備しようと思うと、毎日約40リットルの水を煮沸しなければなりません。それは、費やす労力と時間、必要な燃料代からみても、難しいことです。
私たちAARの衛生啓発チームは、母親たちに、「せめて子どもたちだけにでも、煮沸処理をした水を飲ませてほしい」と説得しています。私たちが支援校の児童に対して行った調査では、71%もの子どもたちが、直近1ヵ月の間に、下痢を経験していたからです。また、「きちんとした衛生習慣を子どもに実践させるには時間がかかるけど、子どもが病気や下痢になれば、回復するのにもっと手間と時間がかかる」ということも伝えています。先生たちにも、学校で衛生教育を推進し、家庭での母親の負担が減るようにと、協力を呼びかけています。
衛生啓発の教材を児童に配り、わかりやすく教えています(2016年11月)
私たちが支援している学校では、とても協力的に、私たちの活動を受け入れてくれています。学校を訪れる度に、目を輝かせて笑顔で出迎えてくれる子どもたちを見ると、私はとても勇気づけられます。
子どもたちの教育や健康を推進するためには、必要なことを一つずつ積み上げていくしかありません。子どもたちが健康的に、安心して通える学校を作ることが、私たちのミッションです。日本の皆さんの助けがあってこそ、こうした事業を続けられることを、日々、実感しています。
子どもたちには、彼らが住むコミュニティや家族を変える力があります。だから、私は将来、ハリプールの子どもたちに適切な衛生習慣が身につき、地域の人たち全体が健康になればと願っています。
この活動は皆さまからのご寄付に加え、外務省日本NGO連携無償資金協力の助成を受けて実施しています。
【報告者】
イスラマバード事務所 シーマ・ファルーク
大学で、パキスタンの政治や歴史、地方自治を専攻。卒業後は、欧米に拠点を置く国際NGOでの勤務や、5年間講師として大学で教えるなどした後、2016年8月より、AARパキスタン事務所で勤務。夫と娘の三人暮らし