「2020年東京オリンピックに参加するすべての国をもてなしたい」3Dプリンタでめざす新しい国際交流の形

旅行で訪れた世界遺産を、3Dプリンタを使ってジオラマで再現。作品のいくつかはさまざまな国の大使館に置かれている。どんなきっかけで置かれるようになったのだろうか?
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旅行と模型作り。趣味をアウトドアとインドアに分けるなら、両極端ともいえる2つの趣味。ところがこれらを3Dプリンタで結びつけた人がいる。模型工房「ばーちゃわーるど」を主催する亀田誠さんだ。旅行で訪れた世界遺産を、3Dプリンタを使ってジオラマで再現。細部のディテールにこだわった作品のいくつかはさまざまな国の大使館に置かれ、国際交流の一助となっている。どんなきっかけで置かれるようになったのか? 尋ねてみた。(撮影:加藤甫)

トラベラーでモデラー

「昨年は家族でスリランカに行って、それが48カ国目になりますかね」

旅行者としてのキャリアは世界を巡った学生のときから。欧米の主要国はもちろんアフリカや南米の小国も含まれる。今はもっぱら家族旅行だが、9歳になる娘さんでさえ18カ国に及ぶという。

「旅の思い出を写真とは違う形にして残したかった。それが世界遺産をジオラマにして作ったきっかけです。モデラーとしてもフィギュアなどいろいろ作っていましたから」

当初はプラ板やプラ棒などを使い、スクラッチで作った。

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亀田誠さん。手に持っている作品は2014年のモデラーズエキスポで銀賞を受賞した。テーマは家族で行ったスリランカ旅行。

「3年前、家庭用の3Dプリンタがアメリカで発売されたことを知り、すぐ個人輸入で取り寄せました。それ以来、ジオラマ作りのスピードがあがって。スクラッチで作っていた頃は半年ぐらいかかっていたのに、3Dプリンタを使うようになって大きいもので2カ月、小さいものなら1週間でできるようになりました。

でも、作品が増えすぎて置くところがなくなってきた。そこで誰か喜んでくれる人にあげちゃおうと考えました。そのとき真っ先に頭に浮かんだのが大使館だったわけです」

趣味で作ったジオラマの処理に困っている人は大勢いるだろうが、いきなり大使館に連絡という発想と行動力はすごい。

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イタリアのフィレンツェ大聖堂(左)とコロシアム(右)。1/2400スケールで再現。

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カンボジアの世界遺産「アンコールワット」。積層のガタガタ感がかえって建築物の雰囲気を醸し出す。

ものだから伝わるメッセージ

「大使館に『寄贈したい』と連絡したらとても喜んでくれました。模型って言葉がいらないからどんな国の人にもメッセージが伝わります。

例えば、日本人が知らない小国の人にその国の世界遺産のジオラマを見せれば、『私はあなたの国のことを知っていますよ』というメッセージが伝わる。それを喜んでくれるとこちらもうれしくなります。その後、大使館主催のイベントに呼ばれたりして、おつきあいが深まりました」

逆に、細かいところで指摘を受けたり、現地の人ならではの情報をもらうこともある。

「先日もヨルダン大使館へ行ったら、『ペトラ遺跡のここのところには赤い髪をしたおばちゃんがいつもいるんだよ』とジオラマを指差していわれました。『作れ』っていう意味かなとちょっとどきどきしました」

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右側がヨルダンのペトラ遺跡。

ジオラマで「お・も・て・な・し」

今、亀田氏は、大使館とのネットワークを生かしながら、新しいテーマに取り組んでいる。

「2020年の東京オリンピックに参加する200を超える国や地域(現時点では未定)に関するジオラマを作っています。1カ国1個。オリンピックの選手村に置かせてもらって、選手の方に見てもらえたら理想的ですね。

実はオリンピックの参加国って日本人が知らない国がほとんどです。そんな国の選手がジオラマを見れば『おれの国の模型がある!』といって喜んでもらえるのではないかと。高級和食でもてなされるのとはまた違ったうれしさがあるはずです。現在、およそ50カ国終わりました。残り150カ国をあと3年で仕上げる予定です」

ただ未知の小国のジオラマを作るのは容易ではない。

「どんな小国でも、その国の人が誇りにしているものを題材にしたい。情報はネットではなく大使館の方などから直接聞くようにしています。間違った題材を選んでしまうのはいやなんです。

海外で『芸者スナック』や『忍者料理』なんて看板を見せられるとガクッとしますよね。それと同じです。でも、日本に大使館がないような国の場合、どうしても情報がとれず困っています」

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アラブ各国大使館共催の「アラブウィーク芸術展」に出展した作品群。2020年までにオリンピックに参加予定の約200カ国/地域分の完成を目指す。

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「3Dプリンタのおかげで自分流のおもてなしができます」と語る亀田氏。

初期の家庭用3Dプリンタはじゃじゃ馬だった

3Dプリンタ導入後、ジオラマ作りは順調かと思いきや、問題も多かった。

「ここまで来るのに、苦労しましたね。データの作り方から3Dプリンタの扱いまで。3年前の家庭用3Dプリンタは結構じゃじゃ馬で、ノズル詰まりやらプリントテーブルからのはがれやら、起こりそうな問題はひと通り経験しました。おかげで今はたいていのトラブルには対処できます。『ここがこうなったときはここに癖があるからこう直せばいいや』というような。

3Dプリンタもあくまで道具の一種です。大工さんがカンナを使うのと変わりありません。やはり使いこなすのは腕だと思います。同じデータでもこの人が出すとすごい、この人が出すといまいちということはよくあります。それでも、現在ではずいぶん性能があがりました。

情報交換のためのコミュティもあるので、分からないことがあれば利用できる。新しい情報の発信基地としても非常に重要ですね。そういった集まりだと『ばーちゃわーるど、って聞いたことがある』って言ってもらえることも多くなりました」

3Dプリンタを使っていくうちに見えて来たものがあるという。それは何か?

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フランスの世界遺産「モン・サン=ミシェル」。建築物の部分は光硬化樹脂。

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ネパールのカトマンズにある仏教寺院・世界遺産「スワヤンブナート」。3Dプリンタの積層のギザギザ感が生かされている。(提供:亀田 誠さん)

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ミャンマーのヤンゴンにある寺院・世界遺産「シュエダゴン・パゴダ」。塗装が美しい。

目的にあった使い方が鍵

亀田氏は2014年にスリランカでの家族旅行の思い出をジオラマにして、コンテストで賞をとった。しかしこの作品は3Dプリンタで作ったものではなかった。

「ゾウをテーマに作ったのですが、有機物が生み出す微妙な曲線は3Dプリンタでは難しかった。データ作成の時間を考えれば、手の方が早いし、精度も上がります。コンテストへ向けた作品としては使いにくいと感じました」

目的に合わせて道具を選ぶ。ものづくりの基本だ。

「でも建築物のジオラマには3Dプリンタが合っています。寸法が大事ですから。90度のエッジをスクラッチで出すのはとてもむずかしい。これがいとも簡単に出せるのはすごい。『データを作る』ことが『打ち出す』こととイコールなので、スピード感も精度もスクラッチとは違いますね。

私には本業もあるので、平日の帰宅後か休日しか作業できない。データを作ってボタン押して寝る。朝起きるとできている。とても重宝しています。3Dプリンタ抜きで、2020年までに200個以上のジオラマを作るなんてとてもできません」

目的に合った使い方をすれば、威力を発揮するのが3Dプリンタだという。同時にデータが重要だとも。

「最近の家庭用3Dプリンタはかなり良くなりましたが、それでも精度不足は否めません。そんなときはCADデータの作り方でできる限りリカバーします。私は写真を基にゼロからデータを作りこみます。機械としての3Dプリンタは単にデータ通りにノズルを動かすだけです。結局のところデータが命です」

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モデラーズエキスポ銀賞受賞作品のアップ。岸辺の3人は亀田ファミリー。

3Dプリンタで趣味を形に

3Dプリンタを使いこなし、国際交流の新しい形を生み出した亀田氏。メイカーズムーブメントのフロントランナーのひとりといえるだろう。若いメーカーへのアドバイスをもらった。

「『3Dプリンタがあるから何かを作ろう』という考え方は疑問です。まずは趣味とか、目的があって、そのために使う、というのが基本ですね。

例えば、料理が趣味の人が自分の作った料理を模型にするとか、家に思い入れがある人が自宅をジオラマにするとか。こういったものは模型会社では絶対作ってくれないですから。

私は旅行が趣味で、国際交流もしたくて、それを3Dプリンタが具現化してくれました。3Dプリンタが趣味というより、趣味のために使う人が増えて、今まで題材とされなかったものが個人メーカーで作られるようになると楽しいですね」

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「3Dプリンタでさらに国際交流の輪が広がったら楽しいですね」と亀田氏。