「カミングアウト、上司はすごく喜んでくれた」LGBTと共に働く会社づくり、日本IBMの川田篤部長に聞く

企業のLGBT推進で大切なことは何か。ビジネスの第一線に立ちながら、当事者としてLGBT施策に取り組んできたこれまでの歩みを聞いた。
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2016年1月1日、日本IBMが「同性パートナー登録制度」を新設した。これはLGBTのカップルが人事部に登録することで事実婚を含む男女の既婚者と同等の福利厚生を受けられる制度だ。例えば、同性パートナーと結婚した場合や、同性パートナーの親族が死亡した際に特別有給休暇を取得できるなど、可能な限り男女のカップルと同じ待遇を受けられるのが特徴だ。

日本IBMは、2012年から同性カップルにも結婚祝い金を出すなど、LGBT施策に積極的に取り組んできた。この取り組みを牽引してきたのが、ソフトウェア事業部の川田篤(かわだ・あつし)部長だ。

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川田さんは2015年4月、自らがゲイであることをカミングアウトした。世界にはAppleのCEO、ティム・クックのようにゲイを公表する経営者もいる。日本の企業でもLGBTの理解やダイバーシティ推進の動きは広がっている。しかし、日本の大企業で、部長がLGBT当事者であることを公表しているケースは、まだまだ異例といえるだろう。

川田さんは、なぜカミングアウトを決意したのか。企業のLGBT推進で大切なことは何か。ビジネスの第一線に立ちながら、当事者としてLGBT施策に取り組んできたこれまでの歩みを聞いた。

■川田さんが、ゲイであることをカミングアウトしたきっかけ

——川田さんは2015年、全世界のIBM社員の中から特に優れた業績が認められたひとが選ばれる「Best of IBM」に選出されました。その表彰イベントへの参加をきっかけにカミングアウトされたそうですね。

カミングアウトしたいという気持ちは3年前くらいからあったのですが、タイミングが分からなかった。何かの部門の会議で突然、「ゲイです」と言っても「だから何なの」と言われそうで(笑)。(「Best of IBM」の)受賞に際して短いスピーチをしてくれと言われたので、この機会を逃しちゃいけないな、と思ったんです。

——IBMはLGBTを含むダイバーシティの取り組みに以前から積極的ですが、それにしてもカミングアウトは勇気のいることだったのでは?

今振り返ると、当日はドキドキで仕事が手につかなかった。ただ、正しく的確に伝えたいという思いが強くありました。限られた時間の中で、LGBTとは何か、LGBTが抱えている問題とは何か、IBMがLGBTにフォーカスしてくれたおかげで、今の自分があるということを正確に分かりやすく伝えるということに集中しました。

多分、人生で一番か二番に良いプレゼンテーションができたのではないかと思います(笑)。

——若い時から、いつかカミングアウトしようと考えていたのですか?

全くそういうことはなかったですね。この会社に入ってLGBTの問題に取り組んでいるということを知ったのが2003年。それを知るまではカムアウトなんて考えてもいませんでした。社内の人に初めてカミングアウトしたのも2003年です。

ニューヨークに行った際に、所属長に当たるアメリカの上司に打ち明けました。彼はゲイをオープンにしていてLGBTに関する活動もしていました。それで私が話さないのはフェアじゃないなと思ったのです。

カミングアウトしたら、彼はものすごく喜んでくれたんです。実は彼は、仕事以外にも、日本という地域でのLGBT活動の推進という役割も持っていました。ところが、なかなか当事者に出会えない。どうしたらいいのかと思っていたところ、なんと、すぐ近くで一緒に仕事をしている人間が当事者だった(笑)。

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――身近な部下が、当事者だったと。

その後、彼から「全世界のLGBTの社員が集まる会議がアメリカであるから来ないか」と誘われて。その時点では、まだ人事にカミングアウトしていなかったので自費で出席することにしました。その会議で自社のLGBTについての取り組みに大きな感銘を受けたんです。

そのLGBTの会議では、当時、アジア地域を担当していた副社長がLGBT問題に積極的に取り組んでいきたいというメッセージを寄せてくれました。その話に感動して、思わず手を上げて「自分がIBMの社員であること事が誇らしい」というような発言をしました。そうしたら副社長が、日本の人事の方と繋げてくれたのです。

■企業が、LGBT施策を推進するために大切なこと

——それ以来、日本の人事と一緒にLGBTに関する問題に取り組み始めたそうですが、初めはなかなかうまくいかなかったそうですね。

初めは本当に暗中模索。何からどうやって手をつければいいかわからない、LGBT当事者がどこにいるかも分からない状態でした。3年くらいは、人事の担当者とどうしようかと頭を悩ませるばかりの日々でしたね。

そんななか、すでにLGBTに積極的に取り組んでいた企業から、人事経由でイベントに誘われたのです。その企業の方の友人に、当事者のIBM社員が2人いました。それで紹介してもらって、やっと自分以外の当事者と出会うことができたんです。その1人が大学時代にLGBTのサークルをやっていたりと、積極的に活動している人だったこともあり、それ以降、ポツポツと人が増えていった感じですね。

――LGBT施策はいろんなアプローチがありますが、企業で推進する上で大切なことは何でしょうか?

様々な立場でLGBTの取り組みは出来ると思います。例えば人権というような観点からの取り組みがあります。私の場合は、企業の中で、そして部長という管理職で、カミングアウトしている立場で取り組んでいます。こういう言い方が良いのか分かりませんが、あえて言うなら、自分の立場を最大限活用してメッセージを発信していきたいと思っています。

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企業人の立場を活用する意味では、一つは人事に対して平等な扱いを求めていくこと。その一方で、当事者にはLGBTだからと優遇されるわけではないということをいいたいですね。あくまでも、仕事は平等に評価されるものであって、会社や、あるいは上司から、「LGBTの社員がいて良かったな」と思われるような成果を上げることは大切だと思います。

――実際には、企業でカミングアウトすべきか悩んでいる当事者も多いと思います。

全ての人がカミングアウトすれば幸せかというと、そうではないでしょう。(当事者の方は)まずはLGBTである自分を受け入れることが最初のステップなのかなと思います。その上で自分の置かれた環境の中で何ができるのか考えてみると、道が開けるのではないでしょうか。

そんなに大上段に構えて考える必要はないと思うのです。自分がされて嫌だったなと思うことを、他の人がされないようにする。自分がしてもらいたかったことを、次の人にしてあげれば、少しずつ社会は変わっていく。

できるだけ視野を広げることが大切です。逆にいうと、自分を受け入れられず、しかも自分のことしか考えられていない状態というのは、一番辛いのかもしれませんね。

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■当事者と受け入れる社会、win-winの関係とは

――数年前と比べると、ここ数年で日本でもLGBTの理解も進んできました。この変化をどう感じていますか?

ここのところ、世の中には(渋谷区や世田谷区の)同性パートナーシップの取り組みなどLGBTをめぐる様々な動きがあります。そういった動きに、当事者も意識や行動で応えていかなければ、一過性のブームで終わってしまいます。LGBT当事者とそれを受け入れる社会がwin-winにならなければ。当事者が(社会の変化に)甘えていてはいけないのだと思います。

——win-winの関係とは?

LGBTというのは切り口の一つであって、大きく言えばダイバーシティ、ひいては多様な価値観を認める社会を実現する取り組みだと思うのです。LGBTは人口の7.6%といわれます。その7.6%にとってだけではなく、92.4%の人にとっても良かったと思われる活動をしていきたいですね。

――当事者も非当事者も、社会やまわりの人たちのことを考える。LGBT施策も、ダイバーシティの取り組みのひとつだということですね。

ダイバーシティについて語るときにしばしば出されるのが、南極点への一番乗りを競ったアムンゼン隊とスコット隊の逸話です。アムンゼン隊は北極圏のイヌイットから衣食住や犬ぞりなど異文化を学び、その結果、見事、南極点に到達し無事帰還しました。

スコット隊は雪上車や馬そり、牛革の防寒服など自分達で工夫した装備で挑みましたが、飢えと寒さに苦しめられ南極点には到達したものの帰途遭難し全滅してしまう。多様な視点を持つことの有効性を証明するエピソードですが、これは商品開発などビジネスでも同様ではないでしょうか。

社会が進んでいくためには多様な価値観を認め変革していくことが必要なのだと思います。そのような多様性や変革のトレーニングの場として、LGBTの問題を捉えることもできるのではないでしょうか。そのように考えたときに、自分の場合は、LGBTの当事者であること、そしてLGBTとして企業の中にいること、LGBT問題の社会的意義といった全ての事が紐付いていったのだと思います。

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■LGBT施策を進める人も「仕事をきちっとしていってほしい」

――企業人として、部下をマネジメントする立場の川田さんですが、若い世代に伝えたいことはありますか?

30代、40代の人には、仕事を一生懸命やって、物事の本質を見極める目を養ってほしいと思います。LGBTの問題に取り組んでいる人も、その事が忙しすぎて仕事がおろそかになるようではいけない。自分の強みを生かしていけるように、仕事をきちっとしていってほしいですね。

今の若い人たちが若いうちから将来のことを考え、LGBTのサークル活動など学校の枠を超えて様々な取り組みをしているのを見ると素晴らしいと思います。それを会社に入ってからも、やめないで継続して欲しいですね。20代の人たちには何でもチャレンジしてもらいたい。

これはLGBTに限ったことではないですが、とにかく一度は死に物狂いで仕事をしてみて欲しいですね。自分がマイノリティだと思って諦めてしまうこともあるかもしれませんが、そうじゃないんだよ、と言ってあげたい。どんどん前に出て言って活躍して欲しいですね。

——今後は、どのような活動をしていこうと思っていますか?

今、取り組んでいるのは、各企業がどのくらいLGBTの問題に取り組んでいるかがわかる指標作り。これはアメリカではすでに活用されているものです。日本の企業は、よく横並びの意識が強いといわれていますから、「あの企業も取り組んでいるなら」ということで、いい意味で横並び意識を発揮してもらいたいですね(笑)。

あとは、いま表に出ているLGBTのアクティビストは若い人が多いですから「若い人しかいないんじゃないか」という思い込みも世間にはあるかもしれない。でもそんなことはない。私は50代ですが、50代でも60代でも、いくつだろうがゲイはいます。そういうことも発信していきたいという思いもあります。ただ自分はあくまで企業人。アクティビストにはならずに取り組んでいこうと思っています。

(文:宇田川しい

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