人類の進化をかんたんにおさらいすると、約8500万年前にはじまる霊長類の歴史の中で、ヒト(人間)は、ゴリラと約900万年前、チンパンジーと700万年前に分岐したとされています。歴史の長さを考えれば、人間とゴリラやチンパンジーはとても"近い関係"にあるのです。
ゴリラやサルがつくる社会関係をひも解けば、人間のチームワークの源流が見つかるかもしれません。そこで、霊長類研究の第一人者であり、現在は京都大学総長の任に就かれている山極壽一(やまぎわ・じゅいち)先生に、お話を伺いました。「チーム」は人間だけのもの。動物は、何か目的や意志を持ってメンバーを選んで集団をつくらない
椋田:サイボウズに勤めていて企業・団体における「チーム」「チームワーク」について考え続けるなかで、「そもそもチームワークは人類の進化のどの時点で生まれたものなのだろう?」と興味を持つようになりました。
山極:それを考えるにはまず、チームという定義をしっかりしないといけないよね。 椋田さんは、チームとはなんのためにあるものだと考えていますか?
山極壽一(やまぎわ・じゅいち)さん。1952(昭和27)年東京生れ。霊長類学者・人類学者。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程単位取得退学、理学博士。1978年よりアフリカ各地でゴリラの野外研究に従事。コンゴ・カリソケ研究センター研究員、日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、同大学院理学研究科助教授を経て同研究科教授。2014(平成26)年10月から京都大学総長に就任。『家族進化論』『ゴリラ』(東京大学出版会)、『暴力はどこからきたか』(NHKブックス)、『「サル化」する人間社会』(集英社)「京大式おもろい勉強法」(朝日新書)など著書多数。
椋田:共通の目的や理想を達成するため、でしょうか。
山極:なるほど。その定義で考えると、チームは人間だけのものなんですよ。
椋田:えっ?
山極:動物は、何か目的や意志を持ってメンバーを選んで集団をつくることはしませんから。動物がつくる集団はチームではなく"群れ"です。
椋田:動物にもチームが存在すると思っていたので驚きです......。動物はなんのために群れをつくるのでしょう?
山極:動物の群れは、基本的に「食」と「性」を共有するためにつくられます。
個の生命を保つためには食べる必要がありますが、ひとりで食べるよりもみんなで食べる方が安全です。複数の目があるほうがエサを見つけやすく、捕食者に気づくこともできますから。
椋田:いつ敵に襲われるか、わからないですもんね。
山極:はい。エサを探す環境に適応した結果、群れをつくるほうが有利だと考えられる動物は群れをつくりました。
性も同じです。子孫を多く残すために、自然環境に適応する行動を試した結果、群れをつくることを選択した動物がいたわけです。
椋田:すごく理にかなっている行動に感じます。
山極:群れは、進化のプロセスのなかで、長い時間をかけて試行錯誤をした結果としてできたもの。個体が意志を持ち集団の目的を共有してつくる人間のチームとは、根本的な部分がまったく違うんです。
熱帯雨林を出たとき、人間ははじめてチームを必要とした
椋田:進化のある段階までは、人間もチームではなく群れで行動していたのでしょうか?
山極:そうだと思います。
椋田:人間が、単なる群れからチームに変化するまでの間に、どんな段階があったのでしょうか。
山極:それを読み解くヒントは、まず「同調」という行為にあると思います。
たとえば、一羽が飛び立ったら近くにいる鳥がいっせいに飛び立ったりする現象を見かけたことはありませんか?
椋田:あります。
山極:あれは、何か危険を感じた個体の行動に、他の個体が同調することから起きる現象です。それは極めてプリミティブ(原始的)なもので、いろんな動物に見られます。
ただ、人間の同調は、動物のように「相手と同じ行動をとる」ことではないんですよ。
椋田:もう少し詳しく教えてください。
山極:たとえば、人間は狩りをするとき、同じ獲物を狙うときに同調しますが、みんなが同じ行動を取るわけではないですよね? このように、人間の同調とは「相手の意図に合わせて相手とは異なる行動をとること」なんです。
椋田:なるほど......。人間以外の動物は、相手の意図に合わせて行動することはないのですか?
山極:サルは、一対一の関係のなかで、相手に合わせて振る舞いを変えます。サルは群れのメンバーを識別していますし、社会の複雑さに応じて、それぞれの個体によって適切な行動をするように脳を働かせていると言われています。
ですが、人間の場合はもっともっと複雑で、第三者、第四者との関係のなかで、「どう行動すれば目的を達成できるか」を考える想像力を持っています。
椋田:人間はなぜ「想像力を持つ」という進化を遂げたのでしょうか。
山極:考えてみるとすごく簡単なことなんですよ。人間以外の霊長類は、ゴリラも、チンパンジーも、食べ物は見つけたその場で食べます。人間だけが食べ物を移動させて、仲間と安全な場所で共食するんです。
椋田:その必要にかられて、ですか?
山極:そうです。気候変動によって熱帯雨林が減少したとき、人間は熱帯雨林を出て暮らすようになりました。森林のなかにいれば、一年中食べ物も豊富だし、地上性の肉食動物に襲われたとしても樹上に逃げればよかった。
でも、熱帯雨林を離れたら、逃げ場もないし食べ物も分散しているでしょう? そこで、長い距離を歩いて食べ物を探す人と、安全な場所で待っている人に分かれて行動するようになったんです。
椋田:役割の分担が生まれたんですね。
山極:役割を分担するには、食べ物の見つけ方を仲間に伝えて、経験を共有する必要があります。「みんなで食べる」という目的があるから、誰かが食べ物を取りに行って、持ち帰ってみんなで分配するところまでを想像するようになる。そうすると計画性も生まれてくる。
チームは、目的と計画性がセットになってはじめてつくられます。それを可能にしたのは、人間が熱帯雨林に出たことで想像力を持つようになったからなんです。
チームワークを可能にしたのは「共感力」と「想像力」
椋田:そう考えると、人間が熱帯雨林から出たのはすごい進化なんですね。
山極:大きいと思います。オランウータン、ゴリラ、チンパンジーという人間に近い類人猿は、ほとんど熱帯雨林を離れたことがありません。人間は、なぜか熱帯雨林を出ることを選択したために、弱さを使いながら新たな強みを創り出さなくちゃいけなかった。
そのとき人間は、牙をつくったり身体を大きくしたりして身体に武器をつくるのではなく、共感力を高めて協力しあうことを始めたんです。それが、今我々が言うところのチームワークにつながっているんだと思います。
椋田: 共感力というのは、具体的にはどういうことですか?
山極:おたがいの立場に立ってものを考えられる力です。
おたがいの立場に立てるからこそ、たとえばぶどうを採りに行くときに、自分には仲間が何人いて、いくつ持って帰ってほしいと期待されているかを想像できるようになる。共感力が想像力を生み、チームワークを可能にしたと言えるかもしれません。
椋田:目の前にいない人や事物を想像して、伝え合うことでコミュニケーションの方法も発達し、やがて言葉も生まれたんですね。
山極:正確に言うと言葉よりも先に音楽がありました。音楽を奏でて、遠くにいる仲間に直接的にメッセージを伝えたんです。
言葉は、人間が五感で感じるものをいったん抽象的にして再現する、非常に効率的でポータブルなもの。言葉によって、人間の共感力は格段に伸びたと思います。
椋田:共感力の限界はあったのでしょうか?
山極:現場に対する固着性を抜け出すのは難しかったと思います。実際に、僕らも知らない人に比べると、知っている人に対して強い感情を呼び覚ましますよね。
目の前で怪我をした人がいれば強く共感するけれど、そばにいない人の苦しみや喜びは想像するのが難しい。そこにはひとつの限界があると思います。
共有できない感覚こそが信頼を担保する
椋田:人間は共感力、想像力を高めた一方で「あの人は悪いことを考えているんじゃないか」とか、ネガティブな想像をして不信感を覚えるようにもなったと思うんです。
ゴリラやチンパンジーは、仲間に対して不信感を持つことはないのでしょうか?
山極:ありますよ、もちろん。騙すことだってあります。
椋田:じゃあ、ゴリラはどうやって相手を信用するかどうかを決めているのでしょうか?
山極:つきあっている時間ですね。つきあっている時間が長ければ長いほど信用するし、新しく知り合った者、侵入者はあまり信用しない。
一方で人間は、言葉を使いはじめてから脳でつながるようになったんです。バーチャルな言葉で、想像力を働かせてつながるようになった。
山極先生が集めている世界各国のゴリラの置物たち。
椋田:たしかに、人間は初対面でも名刺の肩書きを見て信用したりしますね。
山極:言葉ができる前は、人間も五感を通じて身体的につながっていたわけですよ。五感のなかで、一番リアリティをもたらすのは視覚と聴覚です。「見る」「聞く」は共有できる感覚ですから。
触覚や嗅覚、味覚は100%共有することはできません。匂いや味は言葉で表現するのが難しいし、触覚に至っては触っている人は触られてもいるわけだから、その感覚はお互いに絶対共有できない。
ところがおもしろいことに、この触覚や嗅覚、味覚という「共有できないはずの感覚」が、信頼関係をつくる上でもっとも大事なものなんです。
椋田:興味深いです。もう少し詳しく聞かせてください。
山極:では次は「信頼」について、ゴリラやサルや人間の性質から紐解いていきましょうか。
<後編につづく>
執筆・ 杉本恭子/撮影・清原明音/企画編集・椋田亜砂美、明石悠佳