2006年にスタートしたTBSラジオの「文化系トークラジオ Life」(以下、Life)。社会時評やカルチャーをテーマに、文化系サークルのようなゆるいノリで繰り広げられる鋭いトークが持ち味の番組です。メインパーソナリティを務めるのは旬な論客。社会学者の鈴木謙介さんを筆頭に、速水健朗さん、柳瀬博一さん、津田大介さん、西森路代さんらが脇を固めます。
2014年で放送8年目を迎えたLifeは、数多くの論客を輩出。テーマ設定やキャスティングなど、業界内外を問わず注目度が高い番組です。でも放送当初は「マニアック過ぎる」「人に聴かせる気はあるのか」といった声が社内から上がり、なかなか理解を得られなかったのだとか。
「それでも何年か続けていくことで、少しずつ状況が変わっていったんです」と話すのは、Life プロデューサーの長谷川裕さん。番組内では「黒幕」と呼ばれています。
「『自分はひとりだ』と思っていたけれど、旗を立てたら人が集まってきた。『自分はこういうヤツ』とわかってもらえるフラグを立てること、そのチャンスを得ることが大事です」と話す長谷川さんにLifeや仕事のことを聞いてきました。聞き手は、サイボウズ式編集部の社会人インターン生 かにみそです。
Lifeの根っこにある「はてな―Life史観」
――Lifeに登場した若手論客が活躍の場を広げる――。こんな動きが言論界で目立っています。長谷川さんはどう論客を発掘してきたのでしょうか?
長谷川さん:Lifeはチームで作っている番組ですから、出演メンバーで集まって打ち合わせをすることが多いんですね。雑談をしているときに小耳に挟んだ話から、若手を知ることも少なくありません。
たとえば古市憲寿さんのケース。これは、番組開始当初は出演者の中で最年少で、今では若手を引き上げていく立場になったcharlie(チャーリー:鈴木謙介氏)が、古市さんの『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』のゲラを読んで、すぐにぼくに「逸材を見つけた。彼はブレイクするよ。早めにLifeに出てもらおう」と教えてくれたことがきっかけでした。
番組を続けていくなかで、徐々にLifeの周囲にネットワークができ、出演者や彼らの担当編集者の口コミや評価を元に「この人面白そうだな」と思える新たな出演者を探せるようになりました。
ただ番組を始めた当初や、その準備段階の時期には、ネットで人材を探すことが圧倒的に多かったですね。2000年代には新人のデビューの場となっていた雑誌などの紙媒体が減ってしまっていたこともあって、以前であれば紙媒体でしか読めなかったような文章がブログなどで盛んに発表されて、ネット上に論壇的な空間が形成されていったんです。
――確かにゼロ年代から、ネット上に人文系の論壇を作る動きが加速した感はありましたね。
長谷川さん:当時、ネット論壇の中心になっていたのは例えば「はてなダイアリー」ですね。ぼくも仕事の合間によく読んでいました。2010年代に入ってから、マスメディアでもちょっとした「若手論壇ブーム」みたいな状況ができて、「Life」もその先駆的な存在の1つに挙げられたりもしましたが、2000年代半ばまでにその土壌を準備していたのが「はてな」を中心とするウェブ論壇だったと思います。
鈴木謙介さんや速水健朗さん、津田大介さん、荻上チキさん、仲俣暁生さんなどなど、Lifeの出演者ではてなダイアリーなどでブログを書いていた人がとても多いんです。それぞれを最初に知ったきっかけもブログを読んで、ということが多かったですね。例えば鈴木謙介さんは「Soul for Sale」、荻上チキさんは「成城トランスカレッジ(後に「荻上式ブログ」に改名)」でその存在を知りました。
会社に入ってから、自分がやりたいことをなかなか理解してもらえない状況が続いていましたが、はてななどには、マスメディアがとらえきれていない感覚を言語化している人たちが存在していると感じ、共感を覚えていたんです。
――「はてな」とLifeには親和性があったと。
長谷川さん:「ネットに若手論客が集まる場が生まれている=若い人にもLifeのような番組のニーズがある」。Lifeの最初の企画書にこんなことを書きました。TBSラジオのリスナー層は昔から、テレビなどに比べて新聞などを熱心に読むようなタイプの人たちが比較的多い傾向があったからです。
たとえば、TBSラジオでは、朝の情報番組「森本毅郎・スタンバイ!」に現代詩作家の荒川洋治さんが毎週コラムで登場していたり、当時まだ若手だった社会学者の宮台真司さんを夕方の「荒川強啓デイ・キャッチ!」に、評論家の宮崎哲弥さんを「バトルトーク・ラジオ・アクセス」にレギュラー出演者として起用するなど、以前からトンガったところがありました。社会や政治経済、文化を語るようなタイプの番組が伝統的にTBSラジオのカラーになっているんです。
ラジオは聴取者層の年齢が上がり、若いリスナーの獲得が大きな課題になっています。TBSラジオのブランディングと親和性のある新しいリスナーをどこから獲得するか――。以前であれば新聞などを熱心に読んでいる人たちがターゲットですが、これをネットに置き換えてみた。そこで浮かんだのがはてなを読んでいるような人たちだったわけです。
若い人は新聞も本もあまり読まないと思われていますが、では社会や文化に対する関心が薄いのか? そんなことはないだろう、と思ったんですね。例えば「はてな」などには、社会や文化を論じるブログが無数にある。こういうブログを書いたり読んだりしている人の中から、出演者やリスナーを開拓してもいいんじゃないか、と考えたんですね。
「他の人とは違う自分」を強力な武器に変えよ
――続いて、長谷川さんご自身のお話を伺います。東洋経済オンラインの連載「文化系サラリーマン諸君!」の中で、ご自身は会社のノリについていけず苦労したものの、ここまで「あいつはそういうやつだから」枠としてサバイブしてきたと書かれていました。「主流ではない社員」が会社で生き残るための心得とはどのようなものでしょうか?
長谷川さん:入社前の内定者飲み会で「このノリについていくのはムリだ」「入る会社を間違えたかな」とちょっと絶望したんです。ぼくは子どものころからいつも主流になじめないタイプで、この会社のノリについていけないなと。
テレビ局では体力・勢い・気合いがそろった体育会系っぽいノリの人が多く採用されます。これを「主流枠」とすると、多数派はこの枠です。一方、ぼくは「非主流枠」。競争が激しい主流枠では到底勝負にならないので、違う枠で生き残らないといけないと思いました。
実は就職試験の段階で、非主流枠で戦うしかないとは思っていたんですよね。就職活動時のエントリーシートにも「こいつはちょっと違うヤツだな」とわかってもらえるような書き方をしていました。狭き門ですが、主流枠よりも競争率が低く、自分の得意分野で勝負できる非主流枠の方が存在意義を発揮できる可能性は高いと感じていました。
――長谷川さんが「自分は主流ではない」「感覚が違う」と感じたのはどんなときでしたか?
長谷川さん:入社当初の新入社員歓迎会で、最後になぜかカラオケで先輩や同期が全員で肩を組みながらブルーハーツの「TRAIN-TRAIN」を歌うことになったんです。みんながノリノリで歌っている間、ぼくは端の席で膝を握り締めて、ずっとうつむいていました。いや、もちろん良い曲だし、先輩たちも完全に善意で盛り上げてくれているのもわかるし、一体感を持つのも大事だとは思います。でも、どうしても「この同調圧力に屈したくない」という気持ちが勝ってしまったんです。
先輩に「何してるんだ?早くおまえもこっちに来いよ!」と誘われても、完全に固まってしまって。そんなの自分だけだと思ってちょっと顔を上げて様子を伺ったら、ほかに2人くらい同じようにうつむいて固まっているヤツがいました。相当悲惨な状況だったなと(笑)。
――確かに主流ではないかも......。
長谷川さん:もう1つは、営業部門で外勤社員のサポート業務をしていたとき。終日内勤でひたすら地味な業務でしたら、基本的にみんな早く外勤になりたいと思うものなんですが、これぼくにはイヤではなかったんです。いかに仕事を効率的に進めるか、外勤が見やすい形で情報を整理するか......など、楽しんでいる自分がいました。
そんなときにあのカラオケ事件を思い出したんです。ぼくはみんなが楽しそうにやっていることを極端にいやがっていた。もしかして自分は人と感覚がズレているのではと気づいたんです。
とすると、ぼくが好きなことは、案外ほかの人にとってはイヤなことなのかもしれない。そこで自分は、みんながやりたがらない仕事をがんばろうと決めたんです。貸しを作ると、自分がイヤだと感じる仕事をほかの人がやってくれるようになるといったメリットにもなってきました。
組織に所属すること=足りない部分を補い合えること
――他人がやりたがらない仕事をきちんとこなすと目立ちますし、評価にもつながりそうです。
長谷川さん:他人の評価はプラスマイナスの収支計算で決まるんですよね。マイナスを補うためのプラスをどこでどう稼ぐかが重要です。
計算の仕方には個人差があり、単純にプラスとマイナスの足し算で決める人もいれば、マイナスがn個になればアウトにする人もいます。会社や上司の「収支計算ルール」をある程度見極めて、コントロールをする必要があるんです。
ぼく自身ははじめからマイナスをいくつも背負っていると自覚していました。「自分の努力がマイナスと評価される」部署ではプラスを積み上げられません。そのときは「この部署には向いていないんです」と暗に伝えてみたりして、自分のプラスが評価される場で働けるよう調整することも大事です。
――「自分のプラスが評価される場」、つまり自分が働きたい部署で働くために、どんな準備をしていましたか?
長谷川さん:自分を推してくれる人を見つけ、その関係性を大切にしていました。ぼくがいまこうして制作の仕事ができているのは、ぼくを営業から引っぱってくれた当時の制作部長のおかげなんです。
その部長がある時、部署の違うぼくを飲みに誘ってくれたんです。「長谷川君はいま営業にいるけど、本当はどんなことをやりたいの?」と聞かれ、「こんな番組を作ってみたいんです」と自分の思いを率直に話してみた。
そこから制作部長との関係性が始まったんですね。何かとメールで連絡をいただいたりと、何かと気にかけていただきました。自分を評価してくれる人といかに出会うかが大事だと思います。
――長谷川さんは現在チームを率いる役割ですよね。どんなチームを作っていますか?
長谷川さん:ぼくのチームは、自分と同じような「あいつはそういうやつだから」枠を積極的に受け入れようと思っています。そういう人は、ある種目がマイナスで評価されなかっただけで、必ずプラスとなるいいところがあります。
あちこちでマイナス評価を受けた人は、このチームが最後のとりで。ここで頑張らないと後がない状態です。ぼくだって会社に馴染めず、やっと異動してきたラジオ制作でダメなら、会社をやめるしかないと思っていましたから。だからとにかくメンバーの良い所を見つけ、褒めることでさらにいいところを引き出すようにしています。ポジティブに「あいつはそういうやつだからこそ、いいよね!」という感じで。
そもそもの話をですが、「就職する=チームに属すること」なんですよね。100点満点の人ばかりが集まるチームなんて存在しません。「現メンバーよりもいい人は」はどこかにいるかもしれませんが、そんな理想の人を追い求めていても仕事は前に進みません。
欠落した部分はほかの誰かに埋めてもらえばいいんです。その分、自分も他の誰かのお互いを補い合える関係になれると、チームも必ず上手く回るようになりますから。
Lifeファン垂涎の的! 黒幕がセレクトする"文化系"良本3冊
――最後に、文化系インタビューということで、長谷川さんの座右の書を3冊教えてください(笑)。
長谷川さん:1冊目は『花のズッコケ児童会長』、児童会長選挙について描かれた作品です。いじめられっ子の皆本君がハチベエの応援演説をする際に、声を震わせながら、多数派の「正義」の暴力性を語るシーンに心を打たれます。ぼく自身、大文字の「正義」に対する違和感がずっとあって、皆本君の演説は大事にしたいと思ってます。大人になってから読んでも、多様性、リベラルとは何かを考えさせられるはずです。
長谷川さん:2冊目は、ブルース・チャトウィンの『パタゴニア』です。マジックリアリズム的に現実と幻想、回想と空想が渾然一体となってつづられる紀行文で、拡張現実的ともいえます。無理にこのインタビューに結びつけるなら、現実世界と同時平行に別の世界が見えているという構造そのものが、「あいつはそういうやつだから」枠の人が、いざというときに会社に別の価値をもたらす役割を担っていることと通じていると思います。
長谷川さん:3冊目は、橋本治『青空人生相談所』。ぼくは「上司には~と言われたけど、長谷川さんはどう思います?」などとわりと相談を受けるほうで、できるだけ他の人とは違う視点を提供しようと思っていますが、本書の斬新で本質をついた回答には驚かされます。もしかしたら「あいつはそういうやつだから」枠というのは、こういう役割なのかと感じる作品です。
文:池田園子/撮影:橋本直己/編集:かにみそ(サイボウズ式編集部)
(サイボウズ式 2014年8月20日の掲載記事「「主流から外れた自分」が会社で生き残るには? TBSラジオ 黒幕プロデューサーの文化系仕事観」より転載しました)