なぜ育児はいつまでも「アナログ」なのか。「バービー人形」になった日本人の女性起業家、その原点は

シリコンバレーを拠点に、女性起業家の育成を支援してきた堀江愛利さん。事業のきっかけは、アナログの連続だったというシリコンバレーでの育児でした。
堀江愛利さんと自身がモデルになったバービー人形
堀江愛利さんと自身がモデルになったバービー人形
Haruka Yoshida / Huffpost Japan

世界中で親しまれる「バービー人形」。

そのモデルに選ばれた日本人女性がいる。シリコンバレーを拠点に、自らも起業家として、女性起業家の育成を支援してきた堀江愛利さんだ。

バービー人形を販売するアメリカのマテル社が、“You Can Be Anything(何にだってなれる)”というメッセージとともに、世界中で活躍する女性のロールモデルのバービー人形を作るプロジェクト。過去に大坂なおみさんや黒柳徹子さんらも選出されてきたが、日本人の起業家としては堀江さんが初めてだ。

4月から、日本でも女性起業家を増やす活動に乗り出した堀江さん。

彼女は、なぜ女性起業家の支援に力を注いできたのか。そして、先進国の中でも経済分野の女性リーダーがとりわけ少ない日本で、どんな取り組みをしていくのだろうか。

「アナログ」の連続だった、“シリコンバレー”での育児

堀江さんは広島県出身。アメリカの大学を卒業し、現地のIBMに就職。その後、スタートアップを渡り歩いた。

転機となったのが、2児の母になった経験だ。

それまでシリコンバレーの第一線で最先端のテクノロジーに触れてきたが、育児の世界に足を踏み入れた途端、景色は一変した。

「アナログ」の世界に、急に舞い戻ってしまったのだ。

学校への書類提出は基本的に全て手書きで、記入する内容は名前や住所などいつも同じようなものばかり。学校や保育園、習い事の送り迎えを分単位で調整するものの、予定が少しでも狂うと、1箇所ずつに電話しなければならない。

「なぜデジタルで一括で情報や予定を管理したり、調整したりするテクノロジーがないんだろう」

そんな疑問を抱くと同時に、ハッとした。

「テクノロジーがないわけじゃない。“男性が見ている”世界にしか入っていないんだ」

堀江愛利さんと息子
堀江愛利さんと息子

女性起業家が挫かれてしまう現実。これでは、未来は偏ってしまう

2011年に教育関係のスタートアップを立ち上げると、その理由を思い知る。

投資家の90%以上が男性。そのため、女性が中心で担う家事や育児、介護などにまつわる課題が実感として伝わりにくく、多くの女性起業家のアイデアは「明らかに刺さっていかない」のだ。事業のプレゼンに行っても「与えられた30、40分が『親って、子どもってこうなんですよ』と男性投資家への説明教育で終わってしまっていた」。

さらに、女性起業家自体が育ちにくいという壁も立ちはだかる。若い男性中心の起業家やエンジニアのネットワークに入っていけない、投資話の引き換えに身体の関係を要求される、家庭と仕事の両立に苦労するーーそんな現実に肩を落とし、シリコンバレーを去る女性起業家を何人も見てきた。

「これじゃあ、私たちの未来って相当偏っちゃうな」。

そんな危機感と自分自身も「女性起業家として周囲からのサポートを受けなければ」という切迫した思いから、「Women’s Startup Lab」というコミュニティグループを設立した。すると、申し込みが殺到。各界のインフルエンサーからも「サポートさせてほしい」という支援の申し出が相次いだ。

自身が代表を務めるスタートアップの経営もある中で、予想だにしない大反響に、内心は尻込みした。「とりあえず6ヶ月だけ…」。そう決めて始めたWomen’s Startup Labの取り組みは、アクセラレーター(起業支援)事業になり、気づけば10年目を迎えようとしている。

女性起業家には「100段目からスタートできる環境」が必要

Woman's Startup Labの参加者と堀江さん
Woman's Startup Labの参加者と堀江さん

Women’s Startup Labのプログラムは、14日間の合宿形式で行われる。起業を志す女性が世界中からシリコンバレーに集まり、ワークショップやディスカッションに参加しながら、「ビジネスモデルやビジネスピッチの技術を研ぎ澄ませていく」。

カリキュラムで重視することの一つが、参加者に「女性が置かれている環境を理解してもらうこと」。

「女性たちは、上手くいかないと『自分はできない』と勘違いしてしまいがち。でも根底には、女性に対する偏見や、社会の成功モデルが男性だけに通用するものであるという歪な社会構造がある。まずはそこに気付いてもらうことから」。

その上で、不平等に対処するための戦略などを伝えていく。

Women's Startup Labの様子
Women's Startup Labの様子

講師やアドバイザーには、シリコンバレーで幅広いネットワークや資金力を持つ投資家や起業家を揃える。

「たとえば、EvernoteのCEOのフィル・レビンは多忙のなか、半日どっぷりとうちに来てくれます。その時、参加者に必ず自分の携帯番号を渡して『いつでも電話しなさい』と言うんですね。起業家なら誰しも答えのない問題にぶつかるものですが、そんな時に誰かに少しでも相談したら突破口が見えてくるということがあるから、と」

参加者はこうしたキーパーソンとの繋がりを起点にネットワークを広げ、起業の武器にしていく。その結果が表れるのが、修了生の資金調達の成功率だ。シリコンバレーで起業する人の資金調達成功率は約27%。一方で、Woman’s Startup Labの修了生は63%を誇る。

堀江さんは、女性起業家には「(階段の)100段目からスタートできる環境が絶対に必要だ」と訴える。それは、社会的“ハンデ”を背負った女性が、可能性を最大限に発揮し、社会を良くしていくために不可欠なことなのだという。

女子高校生に「テクノロジー × 起業」の選択肢を

堀江愛利さん
堀江愛利さん
Haruka Yoshida / Huffpost Japan

2019年からは、新たな挑戦も始めた。

起業の選択肢を幅広い女性に届けたいという思いから、アメリカで「Women’s Startup Lab Inpact Foundation」という非営利法人を設立。マイノリティや大学生に向けて、起業家精神を育成する活動を開始した。アメリカ大使館の助成金を受けて、2022年4月には日本でも「Amelias(アメリアス)」という活動名で支援に乗り出している。

日本で注力していくことの一つが、女子高校生の支援だ。起業の選択肢を知ってもらうと同時に、プログラミング教育の機会も提供するという。STEM(科学・テクノロジー・工学・数学)分野のジェンダーギャップは世界的な課題で、日本では高校での文理選択が女子が理系から離れる分岐点になっているとも指摘されているからだ。

「これからは全てがテクノロジーにタッチしていく時代。とにかく未来をリードする分野に一人でも多くの女性が行かないと…。また、プログラミングは“第3の言語”とも言われていて、エンジニアではなくとも、ビジネスをする上で知っておくべきスキルになりつつあります。『テクノロジーは苦手です』と言った時点で、もう上に登るチャンスさえもらえない」

「テクノロジーは難しいと思われがちですが、実はとても楽しいもの。人や社会のためになり、日本にいながらも世界の無限の可能性にアクセスできます。また、プログラミングを学んだ先には、どこかの会社でエンジニアとして雇われる未来を描きがちですが、起業の選択肢がもっとあるべき。テクノロジーや起業に対する固定観念を解いていきたいです

「You Can Be Anything(女性は何にだってなれる)」を叶えるために

堀江愛利さん
堀江愛利さん
Haruka Yoshida / Huffpost Japan

これまで、延べ5万人の女性を支援してきた堀江さん。こうした貢献が評価され、CNN「10 Visionary Women(10 人のビジョナリーウーマン)」、マリ・クレール誌「20 Women Who Are Changing the Ratio(男女比を変える 20 人の女性)」にも選ばれてきた。

そんな彼女が、世界を代表する女性起業家の「ロールモデル」として、母国・日本の女性に伝えたいこととは。

堀江さんは「もっと自分の中のCrazy(夢中)を大切にして、一歩を踏み出して」と話す。

しかし、直後に口をついて出るのは、女性たちになかなか一歩を踏み出させてくれない社会構造の歪みを正さなくては、という強い使命感だ。

「日本では、女性たちが自らの可能性や能力を発揮しようとすると“ペナルティ”があるのが現実です。“You Can Be Anything(女性は何にだってなれる)”はもちろん当たり前。でも、その先に“Because…(なぜなら…があるから)”が続くような環境を作っていかなければなりません」

「女性たちがつまずかずに“マラソン”をしていくためには何が必要か。“もっと頑張って”と彼女たちを上に引き上げることは一つ。一方で、女性たちに“無理な頑張り”を強いずとも彼女たちが走り切れるようにするために、足元の障害自体を取り除いてあげることが重要だと思っています。

これまで私は起業という通過点で女性たちを“引き上げる”活動をしてきましたが、日本では特に、女性の活躍を阻む社会のエコシステム全体を俯瞰していくことに注力していきたい。もちろん全ての解決はできませんが、企業や自治体の間に入って『ここは問題なので埋めてくれませんか』と道路整備をする存在になっていけたらと思います」

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