ビジネスが作る未来
2019年08月20日 07時06分 JST | 更新 2019年10月11日 07時59分 JST

バングラデシュの人に教わった「3万円のバッグ」という資本主義。欲望だけでは、既存ビジネスは変えられない

私が払ったお金は海を越えて、バングラデシュの職人の手に渡る。そのお金が現地で使われ、経済が回り出す。

バングラデシュなど途上国でバッグを生産するマザーハウス代表兼デザイナーの山口絵理子さんが、『ThirdWay 第3の道のつくり方』(ハフポストブックス / ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)を出版した。

マザーハウスのバッグは決して安くない。私が持っているものは約3万5000円。東京の日本橋で買った。私が払ったお金は海を越えて、バングラデシュの職人の手に渡る。そのお金が現地で使われ、経済が回り出す。

かつてアジア最貧国と言われたバングラデシュ。その地で13年前にバッグを作ってビジネスを始めた山口さん。新しいタイプの資本主義をつくろうとしているように、本書から感じる。

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山口絵理子著「ThirdWay サードウェイ」

 大学を卒業し、25歳で起業

マザーハウスは、2006年に設立された。大学を卒業した山口さんが訪れたバングラデシュで貧困を目にして一念発起。現地のジュートという素材を使って、試しに160個のバッグを作ったことが始まりだ。彼女が25歳のときだった。

いまではバングラデシュ以外にも、インドやスリランカなど途上国計5カ国に生産拠点を持つ。スタッフ600人、世界に直営店38店舗。ジュエリーや衣類も売る。

創業からの理念は「途上国から世界に通用するブランドを作る」だ。これだけを聞くと、「最近流行りのSDGsなの?」と思うかもしれない。

周りから「社会貢献をしていて立派ですね」と言われることもある。だが、本書「サードウェイ」で山口さんは戸惑いを述べている。

「そう言われることにしっくりこない…。どんな企業だって、人を雇ってその社員本人や家族を支えているだけで、あるいは税金を払って地域や国の運営を手助けしているだけで、『社会性』はある。どんな仕事でも、世界の一部に何らかの貢献をしている」

マザーハウス提供
山口絵理子さん(中央)

 手作りの良さと大量生産の効率性を組み合わせる

途上国の力を引き出したい、というマザーハウスの「理想」。一方で、600人のスタッフを支えるために会社を経営しないといけない「現実」。厳しい資本主義の社会で、どうやって二つを両立させているのだろうか。

ふつうだったら「理想」と「現実」は対立する。そして、「まあ、現実的に生きよう」と諦める。でも、山口さんは粘る。どちらかを選び取るのではなく、これまで思いつかなかったような道を見つけ出し、そこに向かって歩き出す——本書で言う「サードウェイ(第3の道)」だ。

「第3の道」の一つの例が、マザーハウスが8月21日に立ち上げる「e.(イードット)というレディース向けの新ブランドだ。インド独立の父のガンジーが、先進国の産業に負けない素材として大事にした現地の綿、カディを生かした服を売る。自然素材の「ふぞろい」感を生かしつつ、オフィスでも動きやすい細身のデザインが特徴だ。

マザーハウス提供
バングラデシュの工場でバッグを製作中の様子

 有名な建築史家がお店をデザイン

アパレル業界はこれまで、途上国の人たちを安い労働力として見ることが多かった。そちらの方がコストを落とせて稼げる「現実的なビジネス」だからだ。一方、援助する「理想」だけでは、おしゃれな新作が季節ごとに投入されるグローバルなアパレルブランドとの競争に負けてしまう。

この「e.(イードット)」のように、同社は現実も理想も追う。現地の職人たちの技術を生かして雇用を守りつつ、近代的な工場を整える。スタイリッシュな消費者ニーズにも応えるため、お店の設計は建築史家で東大名誉教授の藤森照信氏に任せた。シャツを1万数千円で売るなど、きちんとした値段をとってビジネスが回るようにする。

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取材に答える山口絵理子さん

 現実は「泥臭い」からこそ。

山口さんはこんなことを「サードウェイ」の執筆のときに、私に語った。

「AとBという二つの対立する選択肢があったら、両者のいいところを組み合わせて、新しいものをつくろうとします。ときにAに寄ったり、Bに寄ったりしながらも、とにかく両方の立場にたってみる」

「まずは現場に行って生の感覚に触れて、そのあと会社に戻って冷静に考えて…。両方を行ったり来たりしながら、らせん階段をのぼるように上昇させていく」

「そうすると、『e.(イードット)』のような新しいアイデアが浮かぶんです。そうするとこれまで悩んでいた対立そのものが消え、道が開ける気がします」

「手作り」や「伝統」というAと、「大量生産」や「グローバル競争」というB。現実はいつも泥臭く対立していて、シビアだ。

たとえば私が買った3万円のバッグだって、以前カタログで見て気に入ったものを、映画を見た帰りに日本橋の店で見つけて買った。その時使っていた古いバッグの汚れが気になっていたころだった。

ふらりと寄った店が「在庫切れ」だったら、私はZOZOTOWNで違うブランドのバッグを買ったかもしれない。消費者の「気まぐれ」に応えないといけないのがビジネスの厳しさだ。

マザーハウスはバッグだと1ヵ月1万個は生産でき、在庫を維持できる。大量生産のノウハウを採り入れつつ、天候によって色合いが変わってみえる自然な素材の良さも生かす。両方の「良いところ取り」によって、13年連続で売り上げを伸ばしてきたのだろう。

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マザーハウスで購入したバッグ

資本主義はポンコツだけど

ところで、こういう話をすると、よく言われる批判がある。

「途上国から世界に通用するブランドなんて理想主義的すぎないか。資本主義はもっと欲望に忠実な人が勝つ世界なんだから」

確かにそうだ。資本主義は不安定で、危機があると世界中に伝播し、弱い人にしわ寄せがいく。信じられないぐらいの格差も生む。経済学者の岩井克人・東京大名誉教授は資本主義を「ポンコツ車」と呼んでいる。

そんなとき、私は2010年7月にインタビューした、バングラデシュのグラミン銀行設立者のムハマド・ユヌス氏の言葉を思い出す。貧しい人たちに少額のお金を無担保で貸す事業が評価され、「ビジネスの力で社会課題を解決している」などとしてノーベル平和賞を受賞した人だ。私は皮肉を込めて、次の質問をした。

「企業は利益の最大化を考えます。ビジネスによる社会貢献は理想主義ではないですか?どんな会社も、いざ儲からなくなったら自分勝手に動きますよ」

ユヌス氏は目をパッと開き、こう答えた。

「少しでも社会貢献に関われば、誰もがその充実感を忘れることはない。たとえ経営トップの方針が変わっても、会社の売り上げが減っても、社員の心の変化まで消し去ることはできないはずだ」

ユヌス氏はそのとき、ユニクロと提携をして貧困層を支援するビジネスを起こそうとしていた。世界的大企業ユニクロの社員が、途上国の人と、仕事を通して「関わる」ことになる。一度関わってしまえば、そのときの心の変化は誰にも止められない、ということだ。グラミン銀には賛否両論もあるが、印象に残っている言葉だ。

ASSOCIATED PRESS
ムハマド・ユヌス氏

一度「当事者」になってしまうと心が変わる

私がマザーハウスの3万円のバッグを買ったのは数ヶ月前だ。たまに通勤時の電車の中でそのバッグを見て、「バングラデシュってどういう国なんだろうか」と考えるときがある。ユニクロ社員ではないが、モノを買うことによって「バングラに関わってしまい、心の変化が起きた」のかもしれない。

そういえば、この記事のタイトルは『バングラデシュの人から教えてもらった「3万円のバッグ」という資本主義」だ。自分で付けておいて何だが、私はバングラデシュに行ったことがない。それでも、バッグを買い、愛用することで、バングラデシュの経済の「当事者」になっている気分なのだ。

そう考えると、普段使っているアレもコレも、あらゆる地域のあらゆる人とつながっている。

uzenzen via Getty Images

資本主義の中には「強欲さ」を否定するプログラムがある

私は資本主義の仕組みそのものの中に、資本主義の強欲さを否定するプログラムがあると思っている。資本主義の発展によってネット企業が活躍するようになり、GoogleやFacebookが生まれた。しかし彼らは規模を拡大すればするほど、多くのユーザーの人生に影響することになり、「倫理観」に基づいた経営を行わないと、プライバシー意識が高まった消費者から背を向けられるようになった。欲望だけでは、なぜかお金を稼げない。

今後は「現金」以外にも、仮想通貨が流通したり、個人の時間をお金のように交換したりする仕組みができる可能性がある。より多彩なチャンネルで人と人がつながる。

そんな時代に向けて、どんな道に進むべきか。まずは「サードウェイ」を手に取って、この旅路の当事者になってもらいたいな、と思っています。

参考文献:

「欲望の資本主義」丸山俊一、NHK「欲望の資本主義」制作班、安田洋祐(ナビゲーター)

「資本主義と倫理: 分断社会をこえて」岩井克人ほか著

山口絵理子さんの著書名「Thirdway(第3の道)」というメッセージは、ハフポスト日本版が大切にしてきた理念と大変よく似ています。

これまで私たちは様々な人、企業、団体、世の中の出来事を取材してきました。多くの場合、そこには「対立」や「迷い」がありました。両方の立場や、いくつかの可能性を取材しつつ、どちらかに偏るわけでもなく、中途半端に妥協するわけでもなく、本気になって「新しい答え(道)」を探す。時には取材先の方と一緒に考えてきました。

ハフポストは「#私のThirdWay」という企画で、第3の道を歩もうとしている人や企業を取材します。ときどき本の抜粋を紹介したり、読者から寄せられた感想を掲載したりします。