舛添要一の競馬改革案

日本の競馬には、まだ解決すべき問題が山積している。
Lo Chun Kit via Getty Images

 競馬週刊誌『Gallop』に連載した記事をまとめて、『競馬開国論』(サンドケー出版)という本を出版したのが1995年である。20年以上前に提案したことの多くが実現したことはうれしく思う。

 しかし、まだ解決していない問題もある。

 第一は、中東競馬(JRA)と地方競馬(NRA)との二本立てをどうするかという問題である。JRAは大盛況であるが、NRAのほうはジリ貧で、地元自治体の重荷となり、閉鎖する競馬場も相次いでいる。

 中津(2001年廃止)、荒尾(2011年廃止)、益田(2002年休止)、福山(2013年廃止)、三条(2001年廃止)、足利(2003年廃止)、高崎(2004年廃止)、宇都宮(2005年廃止)、上山(2003年廃止)、旭川(2008年休止)、岩見沢(2006年休止)、北見(2006年休止)といった惨状である。

 最近はJRAとの交流レースも増え、JRAも支援しているが、いかんせん退潮傾向だ。大井競馬などは、都心にあって集客のための様々な工夫もしているが、地域の人たちが気軽に楽しめるイベントなる必要がある。

 地方競馬は、日本の馬産地を支え、馬事文化を維持していく上で大きな役割を果たしている。何とか再生したいものである。

 第二の問題は、国際化である。騎手については、ルメール、デムーロ兄弟、ムーア、スミヨンらが有名で、短期免許制度を利用して日本で活躍している。これは、日本の競馬の賞金が高いからである。馬主については、2009年秋から外国人馬主制度が発足したが、まだ数は少ない。調教師については、まだ国際化されていないが、これは今後の課題である。

 ジャパンカップ(JC)は、日本の馬が強くなりすぎたためか、外国の強い馬の参入がなく低調である。競馬を通じた外交の絶好のチャンスなのにもったいない。都知事時代に、府中競馬場でJCを活性化しようとしたが、それが実現しないまま辞めてしまった。もっとも今の都議会、都の官僚機構は競馬というものをギャンブルとしてしか捉えず、文化や国際交流の面について無知なので、競馬もまた私を辞職に追い込む材料に使ったであろう。

 ドバイのワールドカップにも行ったが、今のJCとは格段に違い、国際的な脚光を浴びている。フランスの凱旋門賞もしかり。

 日本の競馬には、まだ解決すべき問題が山積している。

(2018年1月30日舛添要一オフィシャルサイトより転載)

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