2020年03月11日 12時00分 JST | 更新 2020年03月17日 16時43分 JST

「ありがとう」の回数が増えた。 東日本大震災から9年。復興支援を仕事にした、ある社員の変化とは

未曽有の被害を出した震災を風化させちゃいけない。

Asami kawagoe

東日本大震災の発生から、3月11日で9年が過ぎた。人々の記憶は、その後に起きた多くの自然災害、そして最近見舞われたコロナウイルスなどに「上書き」され続けている。未曽有の被害を出した震災ですら、風化は免れ得ないのだろうか。

「『被災地発』の技術を全国に広めて、震災の記憶を人々の中に留めたい」。そんな思いで地方創生に取り組む一人のビジネスパーソンがいる。震災後の4年半、彼の職務上のミッションは、復興支援だった。被災地での経験は、彼にどんな変化をもたらしたのか。

漁業営むふるさと、震災で打撃 復興支援室に志願

東日本大震災の翌年である2012年7月、KDDIは「復興支援室」を立ち上げた。東北出身者や、熱意のある社員を集めて被災した自治体に派遣し、住民と共に復興に取り組もうというのだ。室員の公募に応じた社員の1人が、福嶋正義さんだった。

Asami Kawagoe
KDDI株式会社 ビジネスIoT推進本部 地方創生支援室 マネージャー 福嶋正義さん

福嶋さんは青森県八戸市の出身で、両親は漁業を営んでいる。実家に直接被害はなかったが、地元の漁業は震災で大打撃を受けたそう。

「親は小さな漁船で出港し、海に潜ってウニやアワビを採っています。しかし震災で海底の環境が大きく変わり、漁場だった場所に獲物がいなくなってしまった。流通も崩壊して売り先も減り、周囲には職を失った人もいました」

福嶋さんにとって公募は、「ボランティアなど個人の力ではなく、会社を挙げた復興支援に『仕事』として取り組めるチャンス」だった。

2013年2月、宮城県東松島市役所に派遣された。だが着任してみると、震災から2年近くが過ぎていたにもかかわらず、道にはがれきがうず高く積み上げられていた。車で目的地に向かっても、カーナビに表示された道や建物がないこともしょっちゅうだった。

「覚悟はしていたが大変なところに来たぞ、と思いました」

出向先だった東松島市役所内の復興政策課兼東松島みらいとし機構での業務風景

「水の色で魚が分かる」漁師のカンをビッグデータに

同市は震災で大津波に見舞われ、死者・行方不明者は1134人に上る。市街地の65%が浸水して、住宅地も甚大な被害を受け、高台への移転などが進められていた。

同市は復旧・復興に当たって、積極的に民間企業を受け入れていた。福嶋さんは事務局として企業の取りまとめをしながら、さまざまな事業に携わった。

福嶋さんは実家が漁師なだけに、口の重い漁師たちに「課題は何ですか」と聞いても、簡単には答えが返ってこないことを知っていた。「漁のやり方はどんな風に変わったんですか」など答えやすい質問を考え、徐々に困りごとを引き出していった。

ある漁師は「以前は港の目の前に家があり、15分で漁場まで行けた。それが、家は高台へ移るし最寄りの港は壊れて使えないしで、漁場へ行くのに1時間もかかってしまう」と嘆いた。

それなら、定置網に水中カメラを仕込み、魚の量を自宅で確認してから船を出せば、無駄足にならずに済むのではないかと、福嶋さんは思いついた。

また漁師たちは、こんな話もした。

「水の色を見れば、どんな魚がいるか分かる」「風の吹き方で魚の寄り方は違う」「しけの翌日は大概、たくさん獲れる」

こうした漁師の「カン」は、目に見えない膨大な経験の蓄積だと、福嶋さんは考えた。これらをビッグデータ化すれば、漁獲量を予測できるかもしれない。これらのアイデアを集約し、2016年から定置網漁を効率化する「スマート漁業」の実証実験が始まった。

定置網漁を効率化する「スマート漁業」の実証実験で、「スマートブイ」を設置する様子

だが実験は山あり谷あり、一夕一朝に結果は出ない。漁師たちは言う。

「海を知るには、最低でも5年はかかるよ」

今もなお、福嶋さんと漁師たちの「スマート漁業」の取り組みは続いている。

気温47度の農作業、AIで自動化 女性の孤立を防ぐ「ステッチガールズ」

農業にも課題があった。農産物栽培拠点「幸 満つる 郷 KDDIエボルバ 野蒜」は地元の障がい者を積極的に雇用し、ビニールハウスでのミニトマト栽培などをしていた。東北といえど夏のビニールハウスの室内気温は47度を超えた。作業スタッフは熱中症対策で15分に1度休憩を取らざるを得ず、作業効率も上がらない。福嶋さんらは、AIを使って自動で水撒きと施肥をするシステムを導入。過酷な労働環境がだいぶ改善されると同時に、収穫量も前年比1.6倍に増えた。

仮設住宅に住む女性らを集めて「クロスステッチ」という刺繍を身につけてもらう「ステッチガールズ」という活動の立ち上げにも携わった。

ステッチガールズと作業に取り組む福嶋さん

「当初は震災で崩壊したコミュニティを再生するため、女性が集まるツールとしてステッチが活用されました。次第に女性たちの技術が向上し、事業へとシフトしていったのです」

女性たちは現在、市などの所管を離れて独自に事務所を構え、自主運営を始めるまでになった。

「復興支援室」は2017年、「地方創生支援室」に衣替えされ、福嶋さんも東京へ戻ることになった。

東松島を離れる日の朝、親しい漁師が福嶋さんを家に招き、鮭といくらの「はらこ飯」を振る舞ってくれたそう。当時不漁で高値だった鮭を使っての、心づくしの一品だ。

「KDDIなんて、俺たちは携帯電話でしか接点がないと思っていた。そんな大企業が、海の世界に入って来てくれて、ありがたかったよ」

漁師は最後に、こう言ってくれたという。

上書きされる震災 「被災地発」の技術で記憶を留めたい

福嶋さんは地方創生支援室で、東松島で得た知見を全国に広げる業務に就いている。

例えば定置網にカメラを仕込む試みは、海水の透明度が低い日の多い東松島では、実用化に至らなかった。だが透明度の高い三重県の漁場で、順調に実証実験が進んでいる。

福嶋さんは各地を回るうちに、震災後の被災地と同じように、地方都市の賑わいが急速に失われていることに気づいた。東松島も、街の雰囲気は明るくなったものの、震災前と全く同じ状態を取り戻したとはいえなかったという。

「『復興』『地方創生』という言葉には、下り坂の地域を110%、120%の状態へと引き上げるイメージがありますが、実際は100%に戻すことすら難しい。それでも私たちはIoTなどの技術を使って、過疎の進行などに少しでも歯止めを掛けられればと思います」

Asami Kawagoe

東日本大震災の記憶が薄れつつあることも感じている。このため福嶋さんは、技術を「横展開」する先の市町村で必ず「この事業は、東日本大震災の被災地で生まれたんです」と、説明するようにしている。

「東松島発の技術を全国に広げることで、震災の記憶を人々の中に留める手助けができれば、と願っています」

「いろいろなものをいただいた」東松島での日々 全国の困りごと解決で恩返し

東松島で過ごしたことで、福嶋さん自身にも変化があった。

「両親に言われて気づいたのですが、『ありがとう』を言う回数が増えました。漁師さんや農家の人、ステッチガールズからたくさんの『ありがとう』を受けて、自分も言うようになったのだと思います」

そして「『民間企業の力で復興を助けた』という感覚はなく、僕の方こそいろいろなものをいただいた4年間でした」と笑顔を見せた。

福嶋さんは、実証の様子を確認し現場の意見をもらうため、今も定期的に東松島市に通っている。

「将来、東松島の人たちに『皆さんと一緒に取り組んだことが、全国の困っている人の役に立ちました』という土産話をして喜んでもらうことが、一番の恩返しになるのかな、と思います」

KDDIは、被災地で起きた課題が今後全国で顕在化すると考え、復興から地方創生へと活動の領域を広げている。

同社が蓄積してきたIoTなどの技術は、さまざまな社会課題を解決する可能性を秘めている。高齢化・過疎化に悩む地域で、住民の生活を支えるカギも握る。

富士山で遭難した人をドローンで見つけ出す山岳救助支援や、監視カメラやセンサーを使ってイノシシを捕獲し、果樹園を守る取り組みなども動き始めた。

KDDIは被災地支援で培った知恵と技術を生かして、今後も全国各地の「困りごと」解決に挑んでいく。

Asami Kawagoe

(取材・文:有馬知子 撮影・編集:川越麻未) 

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