「重い現実を共有...」実名報道の“おことわり”は全然通じていなかった。2000以上の声で「壁」を作ったら見えたこと。

約75%がメディアの「おことわり」に否定的な感情を抱いていたことが明らかに。

「重い現実を共有するため」「社会の教訓とする」などといった、メディアの実名報道に関する説明文に対し、読者がどのように感じているか調べたところ、全体の約75%が「納得できない」などと否定的な感情を抱いていたことが分かった。ハフポスト日本版が実施したアンケート調査で明らかになった。

ハフポストでは1月、こうした現状を共有し、時に「マスゴミ批判」として怒りの声があがる実態について話し合うためにイベントを開催した。

「#メディアのこれから」イベントの様子
「#メディアのこれから」イベントの様子
HUFFPOST JAPAN

■“おことわり”に注目

2019年もインターネット上で「マスゴミ」という言葉が拡散した一年だった。

6月に発生した滋賀県大津市で保育園児ら16人が死傷した事故では、保育園側の記者会見で、記者の質問が「被害者側を責めている」と批判された。

さらに7月には京都アニメーションの放火殺人事件が発生。被害者遺族の一部や会社側が実名の公表に否定的だったにも関わらず、京都府警が報道機関に実名を提供し、それが報じられたことから、実名報道に対する疑問の声が多くあがった。

「世界コスプレサミット2019」の会場に設けられた京都アニメーション追悼のメッセージボード=4日、名古屋市東区
「世界コスプレサミット2019」の会場に設けられた京都アニメーション追悼のメッセージボード=4日、名古屋市東区
時事通信社

ハフポスト日本版が重視したのは社会的関心の高い事件・事故で実名報道がされる時に、紙面に掲載されたり、キャスターが読み上げたりする「実名報道する理由」だ。

例えば京アニの事件では、朝日新聞は以下のような文面が記事の末尾に載った。

朝日新聞は事件報道に際して実名で報じることを原則としています。
犠牲者の方々のプライバシーに配慮しながらも、お一人お一人の尊い命が奪われた重い現実を共有するためには、実名による報道が必要だと考えています。

毎日新聞は次のような「おことわり」を掲載した。

毎日新聞は、事件や事故の犠牲者について実名での報道を原則としています。亡くなった方々の氏名を含め正確な事実を報じることが、事件の全貌を社会が共有するための出発点として必要だと考えます。遺族の皆様への取材に関しては、そのご意向に十分配慮し、節度を守ります。

こうしたメディア側の説明が、読者の間で共感を得られていないのではないか。12月14日から実施したアンケートでは「実名報道」や「メディアの説明」など13項目について調査した。1月8日の集計までに計465人から回答があった。

■強い不満の声も

このうち実名報道の是非については以下の通りだった。

△賛成...3.4%

△原則賛成だが状況によって柔軟に対応するべき...27.3%

△原則反対だが状況によって柔軟に対応するべき...37.2%

△反対...21.9%

「マスゴミ」のハッシュタグでは、実名報道に対しては否定的な意見が多い。しかし、こうした印象とは異なり「賛成」「原則賛成」が約3割いたことが分かった。

一方で「反対」「原則反対」は6割近くを占めた。

では、報道機関の「実名報道に関する説明」はどうか。結果は次の通りだった。

△納得できる...8.6%

△やや納得できる...8.8%

△やや納得できない...15.3%

△納得できない...59.6%

「納得できない」「やや納得できない」でおよそ75%を占めた。

「納得できる」「やや納得できる」と答えた人は17.4%。

実名報道に関するメディアの説明にどう感じますか?を聞いた結果
実名報道に関するメディアの説明にどう感じますか?を聞いた結果
HUFFPOST JAPAN

特筆すべきは、実名報道自体の是非よりも、「メディアの説明」への見方がより厳しかったということだ。

記述欄には、メディアに対する強い不満の声が寄せられた。その一部を抜粋する。

当該事件で個人名が報道されましたが、それによって事件の全貌が明らかになったでしょうか?
”個人名の報道の自由”と言う既得権を守るために徒に遺族感情を踏みにじった行為としか感じられませんでした。 (40代/男性)

そうした実名報道の意義を、社として前面に掲げ、訴えることは大切であると思う。しかし、そこに読者の声を汲み取り、反映させる意思があるようには、正直感じられない。

説明を超えた、読者との会話を通し、共に考える場を設けることが必要だと思う。(20代/男性)

■「壁」に作り変える

アンケートの設問は13問だが、そのうち6問は記述式の回答をお願いしたもの。回答者から集まったコメントは2500を超えたが、多くはメディアの姿勢に疑問を呈するものだった。

この分断と向き合い、溝を埋める第一歩とするために、ハフポスト日本版では大量のコメントを高さ2メートルの「壁」に作り変えた。

1月29日、東京千代田区で開かれた「メディアのこれから」イベントでは、共同通信記者で、実名報道について海外の事例にも詳しい澤康臣さん、犯罪被害者支援の政策的アプローチに詳しい京都産業大学・新恵里准教授を迎え、およそ50人の観覧者とともに「壁」に向き合った。

なお、登壇者の発言は個人としてのものであり、所属する会社・組織を代表するものではない。

■バブルチャートで可視化

イベントでは、大量のコメントを統計的な手法で分析する試みも行われた。立命館大学大学院博士課程の吉添衛さんは、「実名」「被害者」など記述欄に出現する特定の単語が、どの程度の頻度で、どの言葉と一緒に使われているかなどを“バブルチャート ”と呼ばれる技術を用いて可視化した。

バブルチャート :実名報道に関する考え方
バブルチャート :実名報道に関する考え方
立命館大学大学院 吉添衛氏 提供

これが「実名報道に関する考え方」だ。“場合”という単語が中心に位置し、多くの単語と連結している。吉添さんは「場合や状況によって異なり、実名報道の是非は一概には決めにくいということではないか」と分析する。

立命館大学大学院 吉添衛さん
立命館大学大学院 吉添衛さん
HUFFPOST JAPAN

■実名報道に“反対”の立場から

登壇者には、事前に2500以上のコメントを全て読み込んでもらい、自身が気になったコメントをピックアップしてもらった。イベントは、そのコメントをスクリーンに投影し、観覧席とともに議論するスタイルで進行した。

共同通信の記者でもある澤康臣さんがあげたのは、実名報道に「原則反対」と答えた人のコメントだ。

無関係の人間が実名をきいたからといって何かできる訳でもない。

被害者になったことがないからどれだけの影響があるかわからないが、一番は遺族の心情に個別に合わせるべきだと思う。(30代その他)

「ちょっとショックですね」と語り始めた澤さん。アメリカやイギリスでは、報道をきっかけに被害者支援のためのチャリティーやファンドが設立される例があるという。

共同通信社 澤康臣さん
共同通信社 澤康臣さん
HUFFPOST JAPAN

「私たち(メディア)にとって割と深刻な問題で、記事を書く時に“社会でこんなことが起こっていて俺たちはこれでいいのか”みたいに、参考にしてもらいたいという気持ちがあります。自分たちが何かする参考になりません、しかも具体的に知ったとしても、その人に何もするつもりもないです、と言われちゃうと困ったなと...」と澤さん。過労の末自殺に追い込まれた電通の高橋まつりさんらの報道をきっかけに、ジャーナリストの伊藤詩織さんが、実名で性暴行被害を受けたと告発するに至った事例などを紹介した。

続いて、新恵里准教授の選んだコメントが会場に映し出された。こちらも実名報道に「原則反対」の立場からだ。

実名を出されるとそこから学歴や写真まで出回ってしまうかもしれない、2度殺されるようなものだと思う。(10代女性)

「#メディアのこれから」イベントの様子
「#メディアのこれから」イベントの様子
ハフポスト日本版

一度報じられた実名が、ネットで半永久に残る時代。新准教授は「一昔前のいわゆる新聞・テレビとは、(影響が)違うのでそこは気をつけないといけない」と指摘。

報道された名前を削除するよう求める、いわゆる“忘れられる権利”については「法律上の権利としては無いとは思う。訂正とか削除とかの申し出をしてメディアに対応してもらうことになるのでは」とした。

澤さんは、イギリスのBBCの例をあげ、実名報道には歴史を記録(ジャーナル)するという側面もあると訴えた。

「BBCはこれを歴史に穴を開けるものだと(考えた)。都合が悪い記事を消す、歴史を消す、記録(ジャーナル)を消すのはいいのだろうかといって、Googleに出なくなったBBCの記事を集めたページを作っちゃったんです。それがかえって目立つんです。それぐらい議論が続いていて、試行錯誤も続いている」

■どうして2つを分けないのか

そして議論はメディアの「おことわり」についてだ。

朝日新聞を購読しているという観覧席の男性は「“重い現実を共有するために実名が必要です、以上”という印象があり、そのなぜ?というところが実感をもって伝わってこない」と疑問を投げかけた。

これは伝統メディアの構造的な問題が背景にある。社を代表する重要なコメントの場合、「おことわり」は複数の幹部のチェックを経るのが原則だ。その過程で徐々に無難なものへ変遷していくとみられる。

登壇者席の背景にもアンケートで寄せられたコメントが並んだ
登壇者席の背景にもアンケートで寄せられたコメントが並んだ
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澤さんも自身の所属する共同通信のステートメントを見て「その言い方は良くないかな、と思う時がある」という。

新聞記事の文字数やスペースも原因の一つだというが、澤さんは「それは読者の方に対しては言い訳にならないだろうなと思います」と話した。

会場の注目を集めたのは、アメリカで実際に起きた事件に言及した20代女性のコメントだ。少し長いが、ぜひ読んでほしい。

アメリカの学校で銃の乱射事件が起こり、新聞の一面に被害者のフルネームが大きく載ったことがありました。この場合、名前を出すことこそがその人の名誉を尊重しようとする意思の表明だという考えが背景にあるのではないかと思います。

日本ではTwitterなどで個人情報が「晒される」ことと連想づけて、名前を出すことにマイナスなイメージを持つ人が多いのではないかと思うので、こういった説明書きが必要になるのかなと推測しています。

また、実名報道をするか否かと、その人の自宅におしかけたりSNSや郵便で言葉やものを大量に押し付けたりすることとは全く別のことです。

どうしてその二つを分けられないのか疑問に思います。

事件の被害者や関係者の詳しい心境をインタビューすることより、再発を防ぐための取り組みについて報じる方が、より有意義な報道だと言えるのではないでしょうか。(20代女性)

澤さんは、このコメントは2012年冬にアメリカのコネティカット州で起きた、サンディフック小学校銃乱射事件を指したものではないかと指摘する。小学校に押し入った男が銃を乱射し、児童20人を含む26人が死亡した凄惨な事件だ(男は校舎内で自殺)。

その被害者の実名を伝えるニューヨーク・タイムズ紙一面の写真が会場に映し出される(同じ写真は海外の個人ブログにも掲載されている)。

サンディフック小学校銃乱射事件について伝える紙面
サンディフック小学校銃乱射事件について伝える紙面
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6歳から7歳までの子どもの名前と年齢が並んでいる。下段は教職員や犯人の母親などだ。澤さんは紙面の印象として「子供たちは複数回撃たれて殺されている、という非常に辛い見出しです。これを見たときに考えざるを得ないし、この子たちのことを考えなくちゃいけないなと私は思ったんです」と話す。

新准教授は紙面について「アメリカでは違和感なく共有される内容だ」と指摘したうえで、女性の寄せたコメントについて次のように答えた。

「日航ジャンボ機墜落事故もそうでしたけども、安否不明者のお名前も含めて500名近い名前は全部出ました。お顔の写真+名前という形で報じていた新聞媒体も歴史的にはたくさんあったと思います。私の中では犯罪被害者の問題の中でも,実名報道そのものが問題になるということは、被害者問題の短い歴史の中でも今までなかった。

被害者の方が直面する問題の大きなものは、メディアスクラムであるとか、誤報道であるとか、被害者の尊厳が問題になる報道のあり方であって実名ではなかった。それを区別すべきだというのが先ほどのご意見だったと思います」

京都産業大学 新恵里准教授
京都産業大学 新恵里准教授
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■誰かを幸せにするわけでは...

最後は「良いメディア」とは何かを考える時間だった。登壇者が注目したのは20代女性のコメントだった。

報道機関はだれかを喜ばそうとするのではなく、報道する者としての使命のために全うな仕事をすることによって、「結果的に」プラスになる可能性があるというだけではないでしょうか。(※抜粋)

澤さんは「取材対象がハッピーになり“いいことを言ってくれた”と評価されるものが良い記事とは限らない。相手の意思に沿った報道をするから社会にとって価値のある情報になるとは結びついてない。役に立ちたい、この人に幸せになってほしいなと、話をしたら思うようになります。記者であろうが、誰であろうが。ここがすごい辛いんです」と打ち明ける。

新准教授も女性のコメントについて「私の個人的な見解にも合っている」としたうえで、犯罪被害者にとっての“良い報道”について持論を述べた。

「事件直後に報道の方が来られるのはある意味当然。いくら被害者の方が落ち着いていないとはいえ、取材の申し込みを全部0にして自粛するのは現実的ではないと思います。

取材の申し入れがダイレクトに、不意に来るのが、被害者や当事者の方は一番負担がかかることです。どこかでクッションというか、どこかが仲介して、被害者の方が受けるか受けないかを一呼吸おいて考えて返事できるような仕組みがあればいいのではないでしょうか。

また事件というのは長く続き、被害者にとっても終わりがありません。長期的な目で見て、被害者の方が話をできる時期というのはかなり後になります。そういったところで取材を続けていくのも方法としてあるでしょう」

イベント終了後、観覧者一人ひとりに「あなたにとっての#メディアのこれから」とは何かを聞いた。集まった回答は多種多様だ。

見えるメディア。社会とメディア社会の間にそびえ立つ壁を少しずつ壊していくことが必要だと思う。取材過程、記者の思い、取材後の反響、反省、メディアのいろいろな姿が見える。「可視化」がマスゴミ批判を乗り越える1つのキーワードであると思う。

様々な現実を共有することにより、個々が実際に目の前にいない誰かに思いやりを持つ想像力と機会を与えられるツールになっていってほしい。

イベントを経て、やはり読者、社会に対して報じる理由を伝えきれていないこと、そこを努力し続けることがメディアには必要だと感じました。記者の言葉で恐れずに伝えられること。ただし、一部メディアがその努力をしても、メディアスクラムする問題は根深いと感じた。そこは解決するイメージがまだわきません。

ハフポスト日本版では、今後も違った切り口から、ネットの「マスゴミ批判」とメディアの間の分断に向き合う企画を進めていく方針だ。

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