周防正行監督が大崎事件の再現動画。供述の矛盾点つき「文字という病に囚われている」と司法に警鐘

40年あまりにわたって無実を訴える大崎事件。再審無罪を目指し闘ってきた原口アヤ子さんは6月に94歳に。4回目の再審請求が始まっているが、背水の陣で弁護団が臨む今回は、「文字を空間に起こす作業」で供述などの矛盾点を明らかにした。
スタントマンを使って現場を再現し、動画を撮影する周防正行監督ら。クラウドファンディングで集めた資金で作り上げた=2020年10月
スタントマンを使って現場を再現し、動画を撮影する周防正行監督ら。クラウドファンディングで集めた資金で作り上げた=2020年10月
弁護団提供

1979年10月に鹿児島県大崎町で、男性(当時42)の遺体が牛小屋で発見された大崎事件。男性の義姉だった原口アヤ子さん(93)は、逮捕の時から40年間、一貫して「あたいはやっちょらん」と無罪を主張してきた。

再審を求めて新証拠を提出し、3度は再審決定がなされても、上級審で覆されてきた。再審から25年あまり。弁護団は、殺害ではなく事故が死因だとする新たな証拠と共に、「これほどまでに画期的なことはない」とする周防正行・映画監督が制作した映像資料を携えて、6月の証人尋問に臨む。

周防監督、司法に警鐘。「文字という病に囚われている」

周防監督は、「文字を空間に起こす作業」で供述などの矛盾点を浮かび上がらせようとしている。

「たとえば、遺体を『放り投げる』という供述。これはどう投げているのか、何がわかっていないということが分かる。(供述証拠に頼り)文字という病に囚われている司法制度には問題がある。今回、文字を空間に起こす作業をすることは、彼らが何を言っているのか探るという作業だった」と周防監督は語る。

開幕した第32回東京国際映画祭のレッドカーペットに登場した周防正行監督=2019年10月28日、東京都港区の六本木ヒルズアリーナ
開幕した第32回東京国際映画祭のレッドカーペットに登場した周防正行監督=2019年10月28日、東京都港区の六本木ヒルズアリーナ
時事通信社

周防監督による映像資料は、スタントマンを使って現場を再現した。自転車から転落した男性を近隣住民2人が、軽トラックの荷台に乗せて被害者の自宅まで運び、首への損傷で自宅に着いた時点で既に死亡していた可能性が高いことを示す。

撮影を終えた後、同様の再現を周防監督のもとで行い、再審を審理している鹿児島地裁の裁判官と検察官が事件現場に1時間あまり立ち会った。弁護団によると、裁判官がこうした現場を訪れるのは異例で、現場の視察は第1次再審請求時の96年以来、24年ぶりだった。


「分かっていないという事が分かる」あぶり出される矛盾

供述を再現しようとする過程で、供述内容にいろいろな齟齬が見えてくる。それは、刑事司法の供述だけに証拠を頼ることの限界を露呈するものだ。

冤罪事件をテーマにした映画「それでもボクはやってない」(2008年)を撮った周防監督は、政府の「法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会」の委員として約3年間にわたり刑事司法制度について法律の専門家たちと議論してきた経験を持つ。

司法は文字という病に囚われている、と指摘する周防監督。現場を「再現」することで、いかに推測で書かれているかを炙り出した。

トラックの荷台に男性を放り投げるーー。この供述を再現するとなると細かい部分をつめなければならない。当時の荷台の高さは。放り投げたとされる二人は、どのようにその人を持つのか。手首か、ひじか。成人男性を、そもそも腰以上の高さに投げ入れることは可能なのか。

再現には、映画のスキルが最大限発揮された。当時のトラックの荷台とその蓋の高さを忠実に再現するためには、道具係のノウハウが生きた。

周防監督は、「大崎事件には、日本の刑事裁判のあらゆる問題点、そして再審請求審の問題点が網羅されている。つまり、大崎事件の再審が認められ、無実の罪を晴らすことができれば、それは日本の刑事裁判を大きく変えるきっかけとなる」と製作にあたって談話を寄せている。

会見する大崎事件の弁護団と、周防正行監督(右)=2021年3月、司法記者クラブ(井上未雪撮影)
会見する大崎事件の弁護団と、周防正行監督(右)=2021年3月、司法記者クラブ(井上未雪撮影)
HuffPost Japan/井上未雪撮影

再審までの長すぎる道。25年の年月流れ93歳に


大崎事件では、男性の義姉だった原口アヤ子さんの他に、原口さんの当時の夫、男性の次兄の計3人が殺人と死体遺棄容疑で、原口さんのおい(義弟の長男)が死体遺棄容疑で逮捕された。

原口さん以外の3人には知的障害があり、後に「自白を強要された」と明かしていた。自白を支える客観証拠に合理性はなかったが、3人の自白をもとに、原口さんは53歳で有罪が確定。刑務所内でも罪を認めることになるからと仮釈放にも応じず、満期の10年服役した。

無罪を勝ち取るために1995年に再審請求を始めてから、既に25年あまり。2002年、2017年、2018年に地裁と高裁でそれぞれ再審が決定されたものの、上級審で覆されてきた。
2019年6月の最高裁で、弁護団が「まさかそうなるとは思っていなかった」という地裁と高裁の決定の取り消しに、弁護団は打ちのめされた。

原口さんの年齢は93歳。弁護団は、すぐに4回目の再審請求の準備に入った。

撮影風景
撮影風景
弁護団提供


周防監督の動画と共にのぞむ6月の「天王山」

再審請求するためには、そのたびごとに、過去の判決を覆すための新しい証拠が必要だ。再審請求ができるのは「無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見した場合」と定められているからだ。

今回の第四次再審請求には、死亡の原因となっていると見られる自転車事故での首の損傷が致命傷だとする救命救急医の鑑定を「新しい証拠」として出す。

救命救急医は、男性の腸内にあった大量出血や、事件前に起こしたとされる自転車事故で負った首の損傷などから、死亡時期の鑑定を行った。これは、男性が殺害されたとする時間よりも前に、既に事故死していたとする弁護団の主張を支えるものだ。

周防監督の動画は、この証拠を支える重要な資料だ。

弁護団は、6月9日に行われるこの救命救急医の証人尋問を「天王山」と見据え、弁護団の鴨志田祐美弁護士は「残された時間はわずか。無罪を勝ち取る」と話している。
【ハフポスト日本版・井上未雪】

「松川事件」から70年がたったことを受けた全国集会で、講演する映画監督の周防正行さん=2019年09月21日、福島市
「松川事件」から70年がたったことを受けた全国集会で、講演する映画監督の周防正行さん=2019年09月21日、福島市
時事通信社

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