五輪スキージャンプ、なぜ女子にはラージヒルがないのか。荻原次晴さんが「許せない!」と怒った背景

女子だけラージヒルがないオリンピックのスキージャンプ。種目が少ないことは、その分メダル獲得の機会も少ないことになります
北京オリンピック、スキージャンプ女子ノーマルヒルに出場した高梨沙羅選手(2022年2月5日)
北京オリンピック、スキージャンプ女子ノーマルヒルに出場した高梨沙羅選手(2022年2月5日)
Xinhua News Agency via Getty Images

「本当にジェンダー平等を進めたいなら、女子もラージヒル!」

元スキー・ノルディック複合選手でスポーツキャスターの荻原次晴さんが2月9日、自身のFacebookで訴えた。

オリンピックのスキージャンプでは、男子はノーマルヒルとラージヒルを飛ぶ。しかし女子はノーマルヒルだけしかない。

荻原さんの訴えは、スキージャンプ団体混合で高梨沙羅選手を含む複数の女子選手がスーツ規定違反となったことに関連して、自身の考えを述べたものだった。

団体混合が「ジェンダー平等を推進する中で冬季五輪でも新種目として採用」されたと紹介。

その上で、国際スキー連盟(FIS)に対して「本当にジェンダー平等を進めたいなら、女子もラージヒル!『女子はノーマルだけね』てのが許せない!」と思いをぶつけた。

なぜ女子だけノーマルヒルなのか

北京2022大会では、スキージャンプは全部で5種目行われる。

【北京オリンピックのスキージャンプ種目】

・男子ノーマルヒル個人
・男子ラージヒル個人
・男子団体
・女子ノーマルヒル個人
・混合団体

今大会から新たに混合団体が導入され、女子が参加できる種目が2つに増えたが、男子の4種目に比べると、出場機会は半分だ。その分、メダル獲得の機会も少ないことになる。

そもそも女性がオリンピックのスキージャンプに参加できるようになったのも、2014年のソチ大会からと男子より90年も遅かった。

ソチオリンピックに出場した、伊藤 有希選手(2014年2月9日)
ソチオリンピックに出場した、伊藤 有希選手(2014年2月9日)
Lars Baron via Getty Images

なぜ、オリンピックで女子にはラージヒルがないのか。ハフポスト日本版がFISに取材したところ、以下のような回答だった。

「スポーツの進歩には時間がかかり、国際スキー連盟は数年前から、ワールドカップレベルの大会でラージヒルを導入しています。オリンピックのプログラムは通常、開催の3、4年前に決定します。2022年北京オリンピックの大会の新種目を提案する際、女子選手がまだ定期的にラージヒルを飛んでいませんでした。現在は、女子選手はワールドカップで定期的にラージヒル競技を戦っています。次の自然な流れとしては、IOC(国際オリンピック委員会)にオリンピック競技に含めるよう提案することです」

FISが述べた通り、スキージャンプのワールドカップに女子選手が出場できるようになったのも遅かった。

男子のワールドカップが始まったのは1979-80シーズンで、女子は2011-2012シーズン。女子選手が正式にラージヒルを飛ぶようになったのは、2020-21シーズンだった。

FISは「北京オリンピックの種目を提案した時に、女子でラージヒルを飛ぶ選手が少なかった」と説明しているが、これはFISが国際大会で種目化してこなかったことがそもそもの原因とも言える。

種目化が遅れた理由について、FISは「すべてのスポーツには進化があり、次のレベルに進むのに時間がかかることがあります。新種目は段階的に導入されます」と回答した。

ノーマルヒルの出場者数、男女差「1.5倍以上」

一方、男女ともにオリンピック種目のノーマルヒル。ここでも、出場選手数は女性の方が少ないという不均衡が起きている。

オリンピックの公式ページで確認したスキージャンプの選手数は女性40人に対し男性は65人。1.5倍以上の差があった。

これについて、FISは「規則が新しい分、トップレベルで競技できるアスリートの数が少ないということがあります。女子スキージャンプの選手数は、ワールドカップの試合数に加えて毎年増えており、FISは今後このギャップは急速に縮まると考えています」と説明している。

選手から不満の声「不平等にする理由はない」

種目数や選手数のジェンダー不平等には、現役の選手たちからも不満の声が上がっている。

アメリカの、アンナ・ホフマン選手は「不平等が、女性のスキージャンプの成長を阻んできた」とウィスコンシン・ステート・ジャーナルに述べている。

ホフマン選手は、ワールドカップなどでは女子選手もラージヒルを飛んでいることに言及し「(女子種目導入から)8年が経っています。もっと平等を進める時です」「私たち女性側は、自分達のレベルや競争力が到達していることを示してきました。能力あふれる選手はたくさんいます。女性と男性を不平等にする理由はありません」と訴える。

また、ノルウェーのシリエ・オプセト選手も「北京オリンピックで大きくて美しいジャンプ台を飛べる男性選手が羨ましい」とユーロスポーツに述べている。

ドイツ・クリンゲンタールで開催されたノルディックスキーのワールドカップ・ジャンプ女子で2位になったシリエ・オプセト選手(2021年12月11日)
ドイツ・クリンゲンタールで開催されたノルディックスキーのワールドカップ・ジャンプ女子で2位になったシリエ・オプセト選手(2021年12月11日)
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こういった女子選手の声を男性選手も支持しており、ノルウェーのハルヴォル・グラネル選手は、「女性は間違いなくオリンピックのラージヒルを飛ぶ準備ができている。(ラージヒルが)ないということは、積み残された課題だ」と語っている。

平等に対する本気度を試されている

オリンピックのジャンプ種目は、FISがIOCに提案し、それを受けてIOCが最終決定する。

そのIOCは、オリンピック憲章で「男女平等の原則を実践するため、 あらゆるレベルと組織において、 スポーツにおける女性の地位向上を促進し支援する」とジェンダー平等を強調している。

女性だけ種目数や参加枠が少ない現状は、このIOCが誓約する「男女平等」と「スポーツにおける女性の地位の向上」と釣り合っていないように思える。

中京大学スポーツ科学部の來田享子(らいた・きょうこ)教授は「IOCは権限を発揮し、男女同種目を目指すよう提言できる」と述べる。

東京オリンピック陸上女子7種競技で、五輪の周りでポーズをとる選手たち(2021年8月5日)
東京オリンピック陸上女子7種競技で、五輪の周りでポーズをとる選手たち(2021年8月5日)
Xinhua News Agency via Getty Images

來田氏によると、サッカーやラグビー、ボクシングなどのスポーツは“女らしくない”とされ、「女子には無理だ」とされてきた歴史がある。

しかし実際に女性がこれらのスポーツをすることは可能であり、女性たちは偏見をはねかえしながら前進してきた。

ただし高いジャンプ台から飛ぶスキージャンプは、より命に関わる安全性の確認が必要になる競技だ。

來田氏は「女子種目導入にあたって、安全性に関わる課題(体重・身長が小さいほど横風の影響を受けやすく空中で不安定になりやすいなど)の確認が必要になるのかもしれない」とも指摘する。

その一方で、來田氏は実際に飛べる選手がいる中で女子選手の機会が奪われるのは、ジェンダー不平等になると述べる。

「ラージヒルを飛べる選手がいるのに女には無理だ、女性はやるべきではない、という偏見があり、それによってスポーツをする自由が奪われるならば、ジェンダー不平等の問題だと思います」

「もし、国内外でラージヒルを飛んでみたいという女性がいるのに、君には無理だといって飛ばせない動きがあるなら、それは明らかにジェンダー不平等だと思います。ただし国際競技会の一種目になるにはそれなりに普及した状況が必要であり、現在は過渡期にあるのではないでしょうか」

ドイツのオーベルストドルフで開催されたノルディックスキー世界選手権・ジャンプ女子個人ラージヒルで、2位になった高梨沙羅選手(2021年3月3日)
ドイツのオーベルストドルフで開催されたノルディックスキー世界選手権・ジャンプ女子個人ラージヒルで、2位になった高梨沙羅選手(2021年3月3日)
CHRISTOF STACHE via Getty Images

実はオリンピックには、女子選手の参加そのものが認められていないスキー競技もある。

それは、ノルディック複合。クロスカントリーとスキージャンプを組み合わせたこの競技は、2022年の今も女性は参加できない。

しかし、女子選手がクロスカントリーとスキージャンプのそれぞれに出場していることを考えれば、女子種目導入を阻む理由があるとは思えない。

ノルディック複合に女子種目がない点について、FISは「ワールドカップに女子種目が加わるのが遅かったため」と説明。その上で、2026年のオリンピック種目には提案したいと回答した。

荻原選手も、ジャンプのラージヒル導入だけではなく、ノルディック複合でのジェンダー平等を強く訴えている。

「次の五輪で!『女子ノルディック複合』を新種目で採用しないなら僕は怒りますよ!そして『ノルディック複合団体混合』も!とにかく、FISが時代遅れで関係者の端くれとして恥ずかしい!」

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