スポーツの“苦手意識”を、データの力で学ぶ意欲に。慶應大院教授が、小学校の体育で実現したいこと

「スポーツを嫌いになったり、自信をなくしたりしてしまいそうな子も納得できるような話をしていきたい」
Ryo Nagata

他の子よりも、かけっこが遅い。ボールをうまく扱えなくて、試合で活躍できない。学校の体育がきっかけで、スポーツに苦手意識を持ってしまう子も少なくない。

この悩みをデータの力で解決しようとしているのが、慶應大学院教授の神武直彦氏だ。

いまの足の早さや運動能力を他の子と比べるのではなく、ひとりひとりの子に過去の自分と比べた「変化」をデータで見てもらうことで、成長を実感できる。そんな取り組みを、横浜市の小学校と連携して実施している。

「データを使うといろんな視点で褒めることができます。ともするとスポーツを嫌いになったり、自信をなくしたりしてしまいそうな子も納得できるような話をしていきたいです」

神武氏は、運動が得意でもそうでなくても、成長を感じて学びたくなる体育の授業を通じて、データがスポーツにもたらす可能性を示そうとしている。 

Ryo Nagata
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科

神武 直彦 

宇宙航空研究開発機構でのロケット開発や欧州宇宙機関での国際プロジェクトを経て現職。
専門分野:宇宙システムから街づくり、スポーツまで社会技術システムのデザインとマネジメント。日本スポーツ振興センターハイパフォーマンス戦略部アドバイザーなどを歴任。アジア工科大学院招聘教授。
著書:「位置情報ビッグデータ」(インプレスR&D)など。

宇宙からスポーツデータの世界へ 

Ryo Nagata

私は、中学生の頃から「宇宙飛行士になりたい」「宇宙開発に携わりたい」という夢がありました。祖父が初期の国産ヘリコプターの開発を統括したという話を耳にしたり、親戚が黎明期の南極観測に従事していて南極でのエピソードを聞かせてもらったり、そういうところから、「遠いところに行くことに挑戦したい」という想いを持っていたことが影響しています。

遠いところとはどこか?と考えた時、「宇宙ほど遠いところはない」と。そう考えて宇宙飛行士や宇宙エンジニアを目指し、大学院を出てJAXA(当時は宇宙開発事業団)で働くことになりました。JAXAから慶應義塾大学に移ったのは、私の宇宙分野での経験が活きるということで、大学からお誘いいただいたことがきっかけです。

その際「宇宙飛行士にチャレンジするのは、JAXA職員でなくてもできるし、様々な経験を積むことも大切」と、ある宇宙飛行士からアドバイスを頂いたこともあり、移る事を決断しました。そして、大学は自分の責任のもとで自由に対象を選択して研究していくことができるのが魅力なので、大好きな「スポーツ」に関する研究にも取り組むことにし、スポーツシステムデザイン・マネジメントラボを2013年に学内に設立しました。

どんなスポーツでも、上手くなる、好きになる、という要因はひとつではなくて、複数あります。大きく分けると、気持ちの部分と技術の部分、体力の部分、つまり「心技体」の3つです。実際にはそれを更に細分化して考えるのですが、ラボの取り組みでは、対象となる人やチームをシステムとして捉えた時に、好きになる、また、上手くなるための要因を多視点で俯瞰的に捉え、その理想の状態をシナリオとして描き、現状を把握し、その理想と現状の間のギャップを様々なデータの収集・分析・可視化によって明らかにするということをしています。

学校の体育の時間は「もっと考えて、動けるはず」

Ryo Nagata

私達の大学院は横浜の日吉キャンパスにあります。その横浜市は、学校の校庭が十分広くないことが起因しているのかもしれませんが、小学生の体力・運動能力が全国平均を下回っているという課題があります。

その課題を解決する取り組みとして、小学校での体育の授業をシステムデザイン・マネジメントの考え方で捉え直して、スポーツが好きになり、上手くなるためのテクノロジーやデータを活用したスマートスポーツプロジェクトを行なっています。

体育の授業は、単に体を動かせばいいわけではなくて、見て、人の話を聞いて、考えることも重要です。でも、体を動かす機会は増やした方がいいと思っています。クラスメートが運動するのを見て、先生の話を聞くことを単に座ってやるのではなくて、体を動かしながら考える、考えながら体を動かす、というプロセスに変えていければ、もっと効果的に、効率的に時間を使えるように思います。

そして、その結果を計測してデータとして収集して、その分析結果を学生や先生に還元して次に繋げる。それによってスポーツが好きになる、上手くなる、きっかけを創り出せると思っていますし、そういう取り組みを形にして広げていこうとしています。

普段の体育の授業では、足の速い子や、試合で活躍できる子に注目が集まることが多いですよね。そこが一番わかりやすいからです。それに対して継続的にデータを収集・分析していくと、それぞれの子が他人とではなくて、過去の自分とデータで比較をすることにも興味を持ち始めます。自分がどう変化しているのか?どうして変化したのか?私たちも体重や成績など自分に関する昔と今のデータを見せられると比較して考えるでしょう?

データがあると、そこで対話が生まれ、行動変容にもつながります。スポーツは得意ではないと自分で思っていたような子もこういう取り組みに興味を持ち始めると、ある期間の成長の度合いではクラスで一番になったりします。データの分析結果を可視化することで、それまで「他人事」だったスポーツが、少し「自分事」になっていく。

チームスポーツをやるときにも、データをもとに自分やチームの成果を振り返ったり、作戦を考えたり、と面白いことがたくさん起こります。 この10年で多くのテクノロジーが飛躍的に高機能化して、低価格化し、コモディティ化してきているので、データ活用は以前よりもやりやすくなっています。

データを活用した対話や合意形成、つまり「データに基づくスポーツファシリテーション」ができる環境が整ってきたのだと思います。対話のきっかけになるデータがあると、わかりやすく相手にメッセージを伝えることができます。

子供は少なからず興味を持ちます。数字の値が良い方向に変化すると嬉しいし、そうならない時があっても、データから色々なことを感じ、考え、行動するようになります。

 データを絡めることで、体育は、算数にも理科にもなる

神武直彦氏提供

例えば、今年、横浜市立日吉台小学校では小学3年生全員を対象に、体育の授業でのタグラグビーに関する取り組みを行いました。

具体的には、タグラグビーが好きになり、上手くなるために、走る、投げる、といった基本的な動作や、チームとしてのコミュニケーションの取り方のコーチングを定期的に行いました。複数回の授業の中で個人やチームの体力・運動能力の変化や、意識の変化をデータで収集・分析し、可視化して授業の中でフィードバックしました。

能力が向上する子が多いだけでなく、タグラグビーやデータへの興味を持ってくれた子がかなり多いです。 私たちの研究室の教員や研究員、学生メンバーには、オリンピックのメダリストや、ラグビー日本代表や慶應の蹴球部(ラグビー部)のコーチ、慶應の競走部(陸上部)のコーチなどスポーツ現場に携わっている者も所属していて、データの収集・分析を専門とする者も数多くいますから、このような取り組みを重ね、仕組みとプロセスを体系化することで様々な場所で役に立つプログラムにしていきたいと思っています。

小中学生ごろの年齢だと、4月生まれと早生まれの3月生まれのほぼ1年の年齢差があると同学年でも運動能力も大きな差があることが少なからずあります。それはある意味当然ですよね。毎月成長するような年齢ですから。そのことをデータで見せてあげて、例えば3月生まれの子に「君の今日の結果は、クラスで上位ではないけれど、4月生まれの1年前の子たちの結果と比べると、君の方が良い結果だよ」とか「1年前からの成長の大きさを見ると、君が一番成績が伸びているね」なんて話をすると、嬉しそうな顔をしてくれます。

データを使うといろんな視点で褒めること、話をすることができます。そうすることで、子供達も納得することができ、スポーツを頑張ろうと思えるんです。ともするとスポーツを嫌いになってしまいそうな子、自信をなくしてしまいそうな子に納得感を持って話をできるようにしていきたいと思っています。

神武直彦氏提供

データを活用することで、わかりにくかったことが明快に理解できるようになり、それを繰り返すことで、そのことが当然になっていきます。そうすることで、スポーツへの興味もさることながら、テクノロジーやデータに興味を持つようになっていく。その学びは、体育の要素も含みますが、理科の要素もありますし、算数の要素も含んでいると思います。

自分に関することを考えるので、「他人ごと」ではなくて「自分ごと」として捉えることができ、学びに積極性になりやすくなります。そこは重要な点だと思います。

スポーツを“やる”以外の関わり方を増やしたい

Ryo Nagata

小中学生の習い事ということを考えると、「そろそろ勉強しないといけないから、学習塾に行くためにスポーツクラブを辞めざるを得ない」、といった、二者択一を迫らせるようなことがあるとよく聞きます。

それって、学習塾は考えるところ、スポーツクラブは体を動かすところ、っていうイメージがあるような気がするんですが、やり方次第では両方を兼ね備えることもできると思います。 僕のやりたいことのひとつは、まさにその「両方兼ね備える」仕組みを実現することです。

例えば、午前中スポーツで汗をかいて、午後、そのスポーツで取得したデータを使って考えるとか、プログラミングをしてみる、それで、スポーツもテクノロジーやデータに興味を持って上達する、そういうことをうまく実現できると思います。 こうすることで、スポーツへの関わり方も「する」という選択肢の他に、データやテクノロジーを用いてスポーツを「みる」とか「ささえる」に関わるという選択肢もでてくると思います。

それによって、結果的にスポーツ人口が増えていくことになるのでは?と期待しています。スポーツに多様な方々が関われるようになることで、色々面白いムーブメントも起きるような気がします。

選手は全員「アナリストになれる」

Ryo Nagata

データを分析することも大切ですが、分析する前にいいデータを集めることが大切です。料理を作るときに、調理方法がとても優れていても、良い食材がないと、美味しい料理を作るのは難しいですよね。スポーツデータを分析するにも、良いデータがあるとないとではできることが変わってきます。

スポーツデータアナリストは、単に与えられたデータを「分析」するだけではなくて、データの「収集・分析・活用」のプロセス全てに関われる人材であるべきだと考えています。そういう意味では「アナリスト」を超えた、データを扱う「デザイナー」であるべきだと思います。 これからは、そういう人材を育てていくことが重要です。

スポーツ選手は、選手の時からスポーツデータに触れるチャンスは数多く周りにあるのですが、選手を引退して初めてデータについて深く考え、アナリストを目指すというのは、そのチャンスを自ら放棄しているようにも思います。

例えば、慶應大学のある体育会のチームでは、「誰もがスポーツアナリストになれる」という考えで、選手それぞれがスポーツアナリストの能力をつけながらトレーニングをして、試合に挑むという仕組みを実践しつつあります。

それは、スポーツ分野に将来進まないにしても必ず役に立つと思っています。 2020年に東京2020があることもあり、スポーツ業界も、多様な人材を招き入れたいというムーブメントが起きています。

そのような風潮があるのは、スポーツデータアナリストにとってもチャンスだなと思っています。 スポーツ選手がスポーツデータアナリストの素養を身につけ、その上で、スポーツではない分野に挑戦していくのはとても面白いと思います。データも循環し、人も循環する、そんな流れを生み出したいですね。

(取材・文:長田涼、編集:濵田理央)

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スポーツ体験がどんどん変わり、多様化しています。運動が得意な人以外も、触れるチャンスが身近に増えています。

これからのスポーツは、だれもがもっと気軽に関わり、アスリートやサポーター、地域の一員として、それぞれの立場や方法で楽しめるようになるかもしれない。そんなスポーツの魅力や可能性を、みなさんと一緒に考えていきます。

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