「見出し問題」や「ゾーニング問題」LGBTをめぐる報道が抱える課題とは

「LGBT報道ガイドライン」の策定を記念し、イベント「LGBT報道の課題」が開催された。
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「公的な申請書から性別記入欄を削除、LGBTへの配慮」「LGBT公表の議員が当選」

この2つの記事の見出しには適切ではない表現が含まれている。

LGBTは、性的マイノリティの総称を示すこともあれば、L・G・B・Tそれぞれのセクシュアリティを指すこともある。前者の「性別記入欄を削除、LGBTへの配慮」という見出しについては、性別記入欄で困るのは主にトランスジェンダーで、LGBの人たちは基本的にそこに困るということはないため、誤解を招く表現だろう。

後者の「LGBT公表の」という見出しは「レズビアンであり、ゲイであり、バイセクシュアルであり、トランスジェンダーである議員が当選」という4つの人格を持っていることになってしまう。ここは、例えば「レズビアン公表の議員」とした方が適切だろう。

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LGBTに関する報道は飛躍的に増えている。数年前までは、LGBTに関する記事は1週間に数本掲載される程度だったのが、いまや1日に数本〜数十本は掲載されるようになってきた。

こうした現状の中で、取材による予期せぬアウティング被害や、適切ではない見出しの問題など、LGBTの報道をめぐる課題も浮き彫りになってきた。

今年3月、LGBT法連合会と報道機関8社9名の記者有志、そして一般社団法人fairが「LGBT報道ガイドライン」を発表。ガイドラインの策定を記念し、4月6日に、イベント「LGBT報道の課題」を開催した。

当事者側からも、記者側からも要望があった「報道ガイドライン」

ガイドライン策定の中心となった「LGBT法連合会」の神谷悠一事務局長は、LGBTに関する報道が増えたことのポジティブな影響についても触れつつ、「取材を受けたことで、自分のセクシュアリティが噂として広がってしまい地域で生きることが難しくなったり、予期せぬアウティング被害にあったという事例が増えてきました」と話す。

「当事者側からも、そして記者の方からもガイドラインが必要ではないかという声をいただいたのが策定に至ったきっかけです。取材する記者のみだけでなく、当事者側にもチェックリストを設けたことが特徴的だと考えています」

イベントはYahoo!Japanの「LODGE」で開催された。
イベントはYahoo!Japanの「LODGE」で開催された。
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「見出し問題」「ゾーニング問題」など、策定で出てきた議論

パネルディスカッションでは、「LGBT報道の課題」をテーマに、ガイドライン策定の際に出てきた議論を「○○問題」という形にトピックを分けて紹介した。

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「セクシュアリティをどう表現するか問題」

記事の中で本人のセクシュアリティをどう表現するかは、記者も悩むことが多いという。

例えば、トランスジェンダー女性について取り上げた記事で、本人に確認せず、記事中で「彼」という三人称を使ってしまうということもある。

LGBT報道ガイドラインでは、「本人の性のあり方は本人しか決められません。相手の性のあり方を決めつけず、本人の表現を尊重しましょう。過去の記事に頼らず、書き方を変える場合は本人に確認をとりましょう」と記載されている。

BuzzFeed Japan創刊編集長の古田大輔さん
BuzzFeed Japan創刊編集長の古田大輔さん
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BuzzFeed Japan創刊編集長の古田大輔さんは「その人のセクシュアリティを判断できるのは本人だけです。個人について書く場合、(その人のセクシュアリティが)一般に理解されることが難しい言葉だったとしても、適切に書かなければいけないと思います」と話す。

毎日新聞記者の藤沢美由紀さんは、「社内で他の記者から、その人がわからない場合に『こんな言葉、読者は理解できないよ』と言われてしまうことがあります。もちろん多くの人に理解してもらいやすい言葉にしたいけれど、正確に書くことは前提です」と語った。

同じく古田さんも、デスク側が「その言葉はつまりこういう意味でしょ?」と自分の価値観で勝手に判断し、定義を押し付けるのは問題だと指摘した。

毎日新聞記者の藤沢美由紀さん
毎日新聞記者の藤沢美由紀さん
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「ゾーニング、顔出し問題」

LGBTの当事者がどの範囲まで自分のセクシュアリティをカミングアウトしているかは、人によって状況が異なる。

LGBT法連合会の共同代表の林夏生さんは「カミングアウトは、『する』か『しない』か、と明確に分けられるものではない」と話す。

「カミングアウトする範囲、境目を決めることを『ゾーニング』と言います。例えば、家族には伝えるけれど、職場には話せない。その逆のパターンもあります。人によって、時によって違います」

ガイドラインでは取材を受ける側に向けて「公開してもよい情報の範囲、報道にあたって配慮してほしい表現・事柄等についてもしっかりと記者に伝えましょう」と記載している。

例えば実名を出す場合は、顔は出さないようにする。反対に、仮名の場合は出身地や大学名も伝えられるなど、あらかじめ表のような形で用意しておくと良いかもしれない。

林さんは「記者と話すうちに、だんだん気持ちが高ぶってあれもこれも話してしまうということもあります。一方で、記者の側は『私に話してくれたのだから、全て記事して良いものだ』と感じてしまう。取材する側も、される側も、どんなゾーニングで、どこまで伝えて良いかを考え、確認しあうことが必要です」話した。

筆者もパネルディスカッションに登壇した。
筆者もパネルディスカッションに登壇した。
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筆者自身も、取材を受けた際に「勢いで話してしまったけれど、このエピソードは記事には書いてほしくない」と思ったものもある。その際は取材中に「この話は書けない/書いてほしくないのですが」と記者に一言伝えるようにしていた。

ゾーニングに関しては、取材を受ける当事者が、他の当事者のアウティングをしないよう注意することも必要だ。

古田さんは「取材を受けている人が、友達の話をしている中で、不意にアウティングをしてしまうこともあります。取材を受けている人が気をつけるのはもちろん、記者側もそれをそのまま書いたりしないように、気をつける必要があります」

「初心者記者問題」

毎日新聞の藤沢さんがLGBTに関する取材をはじめたのは、約5年前。当時は「LGBTというテーマが勉強が必要な分野だという認識がほとんどありませんでした」と話す。普段さまざまなテーマを取材している記者は、特にLGBTに関心がなくても、上司から指示されたからということで気軽に取材にのぞむこともあるという。

LGBT法連合会の神谷さんは「性に関する話題が身近なトピックだからこそ、とっつきやすい側面があります」しかし、個人的なことだからこそ、政治的な側面につながっている。身近だからこそ勉強が必要であることを指摘した。

LGBT法連合会事務局長の神谷悠一さん
LGBT法連合会事務局長の神谷悠一さん
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藤沢さんは「取材をはじめた当時は、『なんとなく誰が好きかとか、そういう恋愛の話でしょという気持ちがあったのだと思います。

(取材を重ねる中で)LGBTについては、パーソナルな話であり、人間の尊厳、人権に関わることと学びました。だからこそ、その伝え方を間違えると深刻な被害を生む可能性がある。真剣に勉強しなければいけないテーマだと思っています」

筆者が取材を受け始めた頃、記者の方の言葉に違和感を持つこともあった。

「私の友達にもゲイの人がいて!」「BLが好きで!」といったことを言われ、理解があることを示そうとしてくれていたのは伝わってきたのだが、取材の中で「LGBTの人はそうかもしれませんが、ふつうの人たちの場合は…」など、LGBTを異質な人と捉えた言葉を使ってしまうことがあったからだ。

古田さんは「友達がいるから理解があるということではない。男性の友達がいたら、全ての男性の気持ちがわかるわけではありませんよね」と話した。

金沢大学准教授の岩本健良さんは、パネルディスカッションの冒頭でLGBTに関する報道の変遷を振り返った。
金沢大学准教授の岩本健良さんは、パネルディスカッションの冒頭でLGBTに関する報道の変遷を振り返った。
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両論併記して良い問題と、そうではない問題がある

LGBTをめぐる報道について、メディア側はどう変わっていくと良いのだろうか。

藤沢さんは「LGBTのテーマを通じて、メディア自身が抱えている問題が見えるようになってきたと感じています。例えば、報道機関の中にいる人材が多様ではないとか、読者から乖離してしまった文化が残っていたり。そういう所が変わっていくと良いなと思います」

古田さんは「僕自身もそうですが、メディアとして政治的には中立でありたいと思っていますし、どこの政党を支持しているということもありません。しかし、両論併記して良い問題と、そうではない問題があると思っています。

差別に関しては、『差別をする側にも言い分がある』ということは成り立たないと思うんです。差別に対してNOということに『偏っている』という見方をする人もいますが、それはおかしい。何のために報道するのかを考えて報道機関は進んでいくべきだと思っています」

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LGBTに関する報道の「ベースライン」を上げる

LGBTに関する取材を受けた経験のある人たちを対象に、毎日新聞が2018年に行なったアンケート調査では、回答者70人中「記者が勉強不足だと感じた」人は46人に上った。一方で、9割が「取材を受けてよかった」と回答している。

報道によってLGBTに関する認知は広がり、差別をなくすための法制度や理解の促進に繋がっている。

最近では、卒業論文でLGBTをテーマにする大学生も増えた。就職活動でも関心のあるテーマとして挙げる人も増加している。LGBTをめぐる課題について考えるハードルが下がり、議論する人が増えることはとても望ましいことだ。

あまりセンシティブになりすぎず、このテーマを取り上げる記者がもっと増えてほしいと筆者自身も感じている。

一方で、適切でない知識や対応によって、さまざまな「不幸」が生まれてきてしまっている。だからこそ、取材する側とされる側のすれ違いによる「不幸」を無くしていくために、記者側、そして当事者側の報道に関するベースラインをあげていく必要がある。そのためにこの「LGBT報道ガイドライン」が活用されてほしい。

神谷さんはパネルディスカッションの最後にこう締めくくった。

「LGBT報道ガイドラインの表紙に『第1版』と書いてあります。ということは、第2版、第3版と版を重ねていく可能性があるということです。取材をする側、される側、お互いにとって良い関係性を築けるようアップデートしていけたらと思っています」

2019年4月16日fairより転載)

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