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「子作りのための夫婦生活」男性たちの本音は?

「形式的」、「待ちのゲーム」...。子を授かるためのセックスとは実際にはどのようなものかを男性たちが語った。
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カップルが子供を作ろうと決断するとき、女性側ばかりが気遣われがちだ。当然、妊娠には2人が必要だ。しかし、しかし、いつでもセックスできるなんて、すべての男性にとって夢のような話だと思われがちなのだ。最高ではないか?たくさんセックスができて、コンドームは不要、そして避妊の心配が一切要らないのだから。

しかし積極的に子を授かろうとするとき、セックスは必ずしも、誰もが慣れ親しんだ、欲望に満ちた情熱的な娯楽ではなくなる。それは、女性の排卵日に合わせてきっちりとスケジュール化されたものになることが多い。そしてある期間努力してみても妊娠しない場合には、双方にとって、精神的に非常に追い詰められることにもなる。

「正直にいってしまえば、そのプロセスは少し形式的になりがちです」とジョン・アダムズさんは言う。彼は9歳のヘレンちゃんと5歳のイジーちゃんの父親だ。「キャンドルを灯したロマンチックな浴室や、週末の小旅行などといった話にもなるところでしょうが、子を授かろうと努めるときには、そのようにロマンチックにはなりません」

アダムズ氏と娘のヘレンちゃんとイギーちゃん
アダムズ氏と娘のヘレンちゃんとイギーちゃん

アダムズさんは、自分と妻は娘を2人とも自然に授かることができて非常に幸運に思っていると話す。1人目は数カ月で、2人目も1年以内に授かった。それでも彼らに何の懸念もなかったわけではない。アダムズさんは10代の頃にヘルニアの手術を受け、術後の合併症で生殖器に腫れがあった。生殖能力には影響しないと言われたものの、それがちょっとした心の重荷になっていた。

「それに、私が初めて父親になったのは30代半ばでしたし、イジーが生まれたときには40歳になろうとしていました」と彼は言う。「妻は少し年上で、1人目は40歳間近、2人目は40歳の大台に乗ったところでした。私たちはそれほど若くはなく、子作りに励んでいたとき、それは常に私の心の片隅にありました」

アダムズさんにとって一番辛かったのは、待つことだった。「それは嫌なものでした。そして妻が妊娠しなかったと知るときの失望感といったら」と彼は話す。「しかし先ほども言ったように、私たちはどちらの場合もとても早く妊娠することができたのは幸運でした」

妊娠がそれほど容易でなかった人々もいる。38歳のブランドン・バーンズさんは、8歳のジャクソン君ともうすぐ2歳になるローレンちゃんの父親だ。ジャクソン君はすぐに授かったが、そのあと数度の流産に見舞われた。夫妻には25週で死産したホリス君という男児もいた。「それは長くて辛い日々でした」と彼は話す。

バーンズ氏とその家族
バーンズ氏とその家族

バーンズさんは、一番辛かったのはスケジュール化されたセックスではなく、それに続く不確かさだったと言う。「私たちは常に物事がどうあるべきかという計画を立てますが、人生はその通りになりません」と語った。「第1子のときを除いて、子供を授かろうと努力するのは精神的に大変なことでした。私たちは子を失い続けました。私たちどちらかに何か問題があるのだろうと考えました。友人や家族たちはなんの問題もなさそうに子供を授かっていくのに...。私たちはひどく落ち込みました。傷つき、感情が麻痺しました」

もう授からないのではと心配したことはあっただろうか。「常に思っていました」と彼は話した。実際にバーンズ夫妻の心の重圧は深刻さを増し、夫妻は代理出産という手段を決断した。彼の義妹が出産を申し出てくれ、2016年に第2子のローレンちゃんが生まれた。

43歳のスチュアート・パウエルさんの場合、妻のルーシーさんとの子作りを開始したのは20代の終わりだったが、家族を作ろうとの決断がセックス観を一変させた。「セックスとは自発的にするものですが、子を授かろうとするときには、周期を見ては本を読んだりと、それが少し計画的なものになり始めるのです」と彼は言う。「回復できないほどのものではありませんが、少しストレスになります。それは大きな変化です」

パウエルさんにとってストレスとなったのは、他の父親たちが言うように、不確かさだった。それは「待ち」のゲームだ。「そして不確かなことをコントロールすることはもちろんできません」と彼は付け加えた。「多くのことに疑問を持ちました」

パウエルさんの3人の子供たち
パウエルさんの3人の子供たち

18カ月の努力を続けた挙句、パウエル夫妻は不妊検査を受け、パウエルさんの不妊症が判明した。夫妻はイギリスの国民保険サービスで体外受精を2回試みて失敗していたが、その後に地元のクリニックで何とか妊娠することができた。ジョシーちゃんという女児が誕生し、4年後にはフレディーちゃんとジェシーちゃんという双子にも恵まれた。

一方、ロビン・ハドリーさんの経験は全く異なる。彼は父親ではないが、かつて最初の妻との間に子作りを試みた。その後再婚し、2度目の妻は年上で、子供を欲しがらなかった。このことから彼は、不本意ながら子供がいない男性たちや、そのことが彼の人生に及ぼした影響について調査したいと考えるに至った。

ハドリーさんはその人生で辿った道のりにも関わらず、あるいはそのお陰で、最初の妻との子作りの努力は非常に独特なものだったと振り返る。愛の営みに「深さと痛切さ」が加わっていたと話す。「子作りのためのセックスは私にとって、人生のなかで最も激しく心や感情を揺さぶられた日々でした」と彼は語る。「私たちは単にセックスをしていたのではありません。自分たちの人生を変えようとしていたのです」

ハフポストUK版の記事を翻訳・編集しました。