表現のこれから
2020年04月03日 16時12分 JST | 更新 2020年04月03日 16時21分 JST

杉田水脈議員は、表現の自由と差別についてどう考えているのか?本人に聞いた。

「表現の自由」と議員としての発言、女性差別と「保守」について。問題発言も多い杉田水脈議員は、そもそもどのように考えているのか?インタビューで聞いた。

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
杉田水脈議員

慰安婦をモチーフとした少女像や昭和天皇の肖像を含む版画を燃やした作品などを展示した「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」に批判が寄せられ、展示が一時中止された。

文化庁の補助金が取り消される方針となる(その後見直し、減額交付に)など、一連の事件は「表現の自由」や権力の介入をめぐる問題として関心が集まった。

杉田水脈・衆院議員も、展示を批判した一人だ。

一方そのころ、杉田議員がパリで行う予定だった講演会に批判が寄せられ、講演の会場変更を迫られたこともあった。杉田議員は「言論の自由が制限された」とも感じたという。

過去の杉田議員の発言、特に『新潮45』のLGBTに関する文章などを巡り、ハフポスト日本版は「差別的」だと批判している。

ハフポストとは「逆」の立ち位置にあるような杉田議員にとって、「表現の自由」などをめぐる今の日本の風景はどのように見えているのか。また、そもそもどのようなスタンスで政治活動をしているのだろうか。杉田議員に聞いた。(インタビューは2019年末に行われた)

 

 表現の自由と差別

――「表現の不自由展」には、攻撃的なツイートや脅迫が集中して一時展示が休止となりました。杉田議員もTwitterなどで批判していましたが、国会議員などの発言は検閲行為になりうるのではとの指摘もありました。

私はあくまでも「あなたの表現の自由は守ります」というスタンスです。

でも事実ではないことを一方的に言われることについては、反論しなければならないと思っています。

――「表現の自由」についての杉田議員の考えを知る上で、お聞きしたいことがあります。同じ2019年、フランスで開催予定だった杉田議員の憲法に関する講演会に抗議があり、「場所を変更せざるを得なくなった」と主張していますね。

私自身は、表現の自由は最大限に尊重しないといけない、考え方が違う人の意見を封じることはよくないと思っています。

その講演で、私がどんな話をしようとしているかは全く考慮せず「歴史修正主義者で差別主義者」というレッテルを貼られて、そして「公的な場所を杉田水脈の講演に使用させるな」という抗議署名も行われて、混乱を望むものではないし、主催者の方や会場にご迷惑をかけたくなかったので、既に申し込んでいただいていた方にだけにご連絡し、場所を替えて実施しました。

実際に講演で話したのは、憲法改正について。自民党が掲げている改正案や、地域活性化のために選挙区の合区解消が必要だということなどを話しました。

会場には私に批判的な立場の方も聴きに来られていて「こういう話だったら聴きに来てよかったと思う」と言われ、少しホッとしました。「杉田水脈なら、憲法九条の話だけをするのだろう」というイメージで捉えていた人も多かったのだと思います。

――「差別主義者」というイメージに関しては、やはり雑誌の『新潮45』でLGBTについて書かれた問題が大きかったと思います。私自身も怒りを持ちました。

声明でも申し上げましたが、差別する意図は全く無かったんです。できるだけ当事者の思いも汲んで書いたつもりでした。不用意に「生産性」という言葉を用いてみなさんを傷つけたことは、大変重く受けとめています。差別するつもりはなかったのですが、勉強不足だったと思います。

あの後で、当事者の方の書籍を読んだり、自民党の性的少数者に関する特命委員会などにも出席したりと勉強を重ねています。傷ついた方がおられたのは事実ですから、批判されて当然のことを自分はやったと思っています。

――新しく気づいた点、学んだ点は何かありますか?

みんな思いが違うんだなと思いました。「LGBT」のそれぞれの方が、同じ(性的指向やジェンダー)であっても事情が違う。ひとくくりにして、こうだああだと論じるのではなく、一人ひとり事情が違うことを知らなくてはならない。 

私は、障害者の福祉にも強い関心があり、その中で特に関係が深いのは、視覚障害者の方。視覚障害って言っても、生まれたときから全く目が見えない方もいるし、色の区別ができない方もいるし、視野が狭い方もいるし、中途失明の方もいる。みんな違って、それぞれの方に必要な支援も違うんです。就労支援と言っても、パソコンで拡大するのがいいのか、音声がいいのかも違う。それぞれに寄り添うというのが大事だと心がけています。

LGBTも同じように一人ひとり事情が違うし、問題になっていることも違うとわかりました。自民党は理解増進に力を入れている。そういったことが必要なのだと思いました。

――でもあの文章では、その気持ちが本当にあったとしても伝わりません。

そう思います。しかし、あの文章を読んだ上で私のことを応援してくださる性的マイノリティの当事者の方もいて、あの後に私の報告会で話していただいたこともあります。私の支援者は、いわゆる「保守」が多いと思います。しかし、当事者の方のスピーチを聞いて拍手をし、握手を求めていました。あの件は非常に申し訳なかったのですが、まずは理解増進から進めようと今は前向きに考えています。

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
杉田水脈議員

シングルマザー批判の過去と子育て、少子化

ーー最近(2019年末のインタビュー時点)は、未婚のひとり親に対する支援に取り組んだことがニュースになっていましたね。

国会議員になる前は、兵庫県の西宮市役所で働いていました。その時に感じた、『正直者が馬鹿を見る世の中ではいけない』という思いが、政治家を志した理由のひとつです。

市役所の職員時代の最後の5年間で担当していたのが少子化対策です。日本の少子化対策や子育て支援は、子どもの支援になっていないことが多いなと常々思っていました。

例えば、保育所の時間延長問題。保育園が夜6時までだとすると、お迎えに行ける職に就いている保護者は限られているので、「もっと遅くまで預かって欲しい」という要望が多かったんです。私も働きながら子育てしていたので、気持ちは理解できます。

でも、6時に迎えに行けたとしても、夕食の準備やお風呂などを終えて、子どもを寝かせるのは9時がやっと。これ以上遅くなると、成長期の子どもにとっては十分に睡眠が取れない。

つまり、子育て支援といいながら、本当に子どものためになっているのかな、働く親支援になっているのが現状なのでは、と思っていました。子どもを中心に見ていない。日本社会は、本当に「家族」を大事にしているんだろうか、と。

子どもを中心に考えていく方策のひとつとして税制改正でひとり親の税控除を推進し、実現することができました。

ーー親でなく子ども中心で考えるというスタンスということですか。ただ、延長保育や夜間保育などは、働く親の支援ですが、遅くまで働かざるを得ない親もいて、それは子供を養育するためでもあると私は思うのですが。今の日本の少子化対策については、どう考えているのですか?

「女性の社会進出の時代」、育児と仕事が両立できれば子どもが増えることに繋がるはずという見立てで、日本は主として保育所を増やすことに力を入れてきました。

でも、それだけでは子どもは増えません。少子化は、未婚率が上がっていることにも大きな要因があると思います。結婚しないから子どもを産まない。

まず地域活性化の視点が重要だと思っています。地方に住んでいる女性の場合は、子どもを2人産むことも多い。一方、東京では出生率が低い。女性が東京に出てくる傾向が続けば、どんどん出生率が下がって、さらに少子化が進むと思うんですよ。地方で結婚して子どもを育てられるように、地方に魅力的な就職口をつくる、そのためには地域活性化が必要です。

地方では、おじいちゃんおばあちゃんが子育ての手助けをしてくれることも多い。同居はしていなくても、近くに住んでいれば子育てを手伝ってもらうこともできる。そういう視点も必要だと思います。

また、将来に希望が持てない若者が多くなっているという意識調査結果がありました。いかにこの意識を変えていくかが大事なのではと思います。

ーー確かに、若者の問題は深刻です。ただ、地方から東京に女性が流入する理由には、仕事だけでなく、地方で女性が生き辛い現状もあるのではないでしょうか?女性への差別や抑圧も東京より強い印象があります。そもそも子どもを持ちたくない人もいて、そういう人が抑圧の少ない東京を目指すということも。

そうですね、地方に行くと「よほど家族の理解や我慢がないと、女性で国会議員をさせてもらえないでしょう」とか「(奥さんに好き放題させている)あなたの旦那さん、おかしいんじゃないの?」って言われることもありますよ。だから、地方で暮らしていて、生きにくさを感じる女性もおられると思います。

そうは言っても、地方が廃れると日本はなくなってしまいます。例えば、シャッター通りとなっていた商店街にITベンチャー企業を誘致して、若者の働く場の確保と地域の活性化に成功した宮崎県日南市のようなモデルケースをもっと活かさないと。生まれ育ったところで、働き、夢を持てる、家族を持てるような政策を打ち出さなければと思っています。

ーーひとり親の税控除の件では、少し不思議に思ったことがあります。以前、杉田議員は「現代のシングルマザーは昔ほど苦しい境遇ではない」(『新潮45』2017年9月号「シングルマザーをウリにするな」)という文章を書いていました。今、ひとり親の支援に取り組まれたのは、何か心境の変化があったのですか。

そうですね、当時、そう書きました。

ひとつの変化として、当事者の方々のご意見を聞き、様々な背景や実情を聞いたことが、今回の税制改正に取り組んだ大きな理由と言えると思います。

寄稿をした際の思いとしては、シングルマザーと言っても、離婚した後に実家に戻って、働かずとも生活できる人もいれば、かたや、一人で、誰の手も借りずに仕事をしながら頑張っている人もいます。両者が、同じ支援の在り方でいいんだろうか、ということがその文章を書いた動機です。

今回取り組んだ税制改正の対象となる未婚のひとり親には、これから子どもを抱えて仕事をしないといけない、若い方も多くおられます。

ーー文章で「シングルマザーになるというのはある程度は自己責任」というように書かれていましたね。そもそも、様々な事情の人がいるのに、誰かを貶めるように書かれるのは良くないのでは、という根本的な疑問もあります。

DVがあったり、命の危険に関わる場合は女性を保護しないといけない。それは前提として、でも、自分の意思で結婚して子どもももうけて、合意をもって離婚している場合にはある程度の責任があるのではという思いがあり、そのように書きました。ただ、様々な事情の方がいらっしゃるのに、ひとえに自身の責任であるかのような表現は適切ではなかったと思います。

今回の税控除の対象になった「未婚ひとり親」には、10代も多いです。世間では、そういう女性を批判する人もいますし、結婚を前提とせずに出産をする女性に対して「日本の伝統的な家族の形を壊す」と批判する人もいます。でも、真剣に結婚はしたかったけど、できなかった、という人が大半だと思うんですよ。できない理由も、ほとんどは男性側にある。例えば妻子がいたり。また、結婚を控えていたけど、相手を事故などで亡くした方もいる。それを、全部女性に責任をかぶせるのは間違っていると思います。だから、自分の意思で結婚して離婚した人とは違う点も多いと思うんです。

ーーそういう切り分け方なんですね。2019年にはフランスに視察に行かれたそうですが、どんな事例を学びましたか?

日本は離婚した際の養育費の取り決めの履行に行政などが関与するレベルが低いと思いました。合意した養育費を払わない親が多いことも、シングルマザー世帯の子どもの貧困が生まれる要因です。フランスでは、養育費を払わない親には、公的機関が取り立てをするそうです。これも、子どもの生活を中心に考えるためには必要な取り組みだと思いました。

日本でも、兵庫県明石市で養育費の支払いに自治体が介入することが決まりましたが、地域ごとに格差が出てはいけないので、本来は国が取り組むべき問題だと思います。フランスの事例もカナダのケベック州を参考にしたということですので、日本でも他国の先進事例を参考にしながら取り入れることを検討していきたいと思っています。

――フランスでの働く女性の地位についてはどう思いましたか?

その点については十分に視察をする時間はありませんでしたが、以前訪問したデンマークでは、ほとんどの女性が働いていました。子供はほぼ100%保育所に入れて、老人ホームの待機もない。すると、保育士や介護士の数を増やさなくてはなりませんが、それはほぼ女性でした。(デンマークでは保育士や介護士が公務員であるため、)公務員の8割が女性なんですね。しかし、首長などトップの女性の割合は少ない。

私の若いときは女性が働くと「ダブルインカム」なんて呼ばれましたが、デンマークでは2人で働いてやっと「1」の収入。だから、働かざるを得ない面もあるんです。日本でも現在では、家庭の経済状況がそれに近くなっていて、女性が働くことの意味合いが、かつてとは違ってきていると思うんです。そこのところも見ておかないといけないなと思いました。

 

杉田議員が経験した女性差別

ーー杉田議員は国会議員になる前、過去に住宅メーカーで働いた経験もあります。営業の仕事だったということですが、どのような環境でしたか?

若い方には想像できないかもしれませんが、私が就職活動していたバブルの真っ最中の1989年頃、4年制の大学の女子学生にはまず就職案内さえ来なかったんです。大学の男子寮には山のように就職案内が積まれているのに、女子寮にはまったく来ない。電話で問い合わせても、会社説明会の日程さえ教えてもらえない。私は、就職活動中に生まれてはじめて円形脱毛症になったんです。

とある企業の説明会では、「お客様に、女性に大事な仕事を任せる会社だと思われたくない」って言われたこともありました。その場で机を叩いて帰る女子学生もいましたよ。

――男女雇用機会均等法の施行(1986年)より後ですよね。

そうです。でも、経営者層の考えに対して、採用の現場にはまだ法律の趣旨が徹底されていなかった時代でした。

就職したあとも、営業会議で先輩に「家というのは、一生に一度の大きな買い物。大学を出たての女性が家を買ってくださいって言ってハンコ押すお客さんがいるか?女性の営業なんて、いらないんだよ」って言われたこともありました。私も怒って、会議の席を立って出て行ったことも。でも、「お客さんの意識はまだそうなんだろうな」って理解できる部分はありました。

その後公務員になりましたが、役所もまだ「女性にお茶くみをさせるべきか」などと議論されていた時代。育児休業も、まだ休んでいる間に給料を補填するような給付金はなかった時代でした。保育所にも入れられない、育休も1年しか取れないから、私も産む時期を調整しました。
今でも、女性が働きにくいと言われますが、それでも少しずつ改善されてきていると思います。

ーーしかしジェンダーギャップ指数は国際的にかなり低く(2019年発表の指数は121位)、今も日本は男女格差が大きいと指摘されています。

そうですね、ジェンダーギャップ指数では特に政治分野が大きく足を引っ張っています。ギャップ解消のためにはもっと女性議員が増えるべきなのに、なぜ実現できないか。

デンマークでは、政治家として立候補する際に、選挙資金やノウハウも、政党が準備してくれると聞きました。経験や資金がない若者や女性でも選挙に出やすい環境が整っています。私が選挙に初めて野党から立候補したときには、「公認が決定しました。明日の何時までに、供託金と、党に納めるお金を振り込んでください」って、こんな具合ですよ。すぐそれに対応できる候補者が何人いますか?特に女性で。

これからはちょっと変わってくると思います。勝ちにこだわると、女性候補なんですよ。2019年の参院選では、与野党に関係なく、結果的に見て、最後に競り勝った選挙区は、ほとんどが女性の候補者だったんです。強い男性候補のところには女性候補をぶつけたほうが勝てる可能性がある。挑戦者側の野党はそういう視点を持っていて、実行した。でも、挑戦される側の自民党の候補者選定の基準が変わるのには時間がかかると思います。女性候補者の数の底上げという意味において一番遅れているのは自民党だと思います。それが日本の政治分野でのジェンダーギャップ指数の低さに直結している。

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
杉田水脈議員

女性差別と「保守」

――ところで、杉田議員は「保守」なんですか?

「保守」って世間では言われていますが、何をもって保守というのでしょうかね?守るべきは守って変えるべきは変える、というのが、私は本当の保守だと思っているのですが。

――杉田議員はさきほど、住宅メーカー時代に、女性というマイノリティとして職業的な差別を受けたという話をしました。そうした経験がありながら、LGBTヘの差別的な文章を雑誌で書いたり、Twitterで反対意見の人を攻撃したり、あるいは女性をめぐる社会問題に関して古い価値観を持っている保守系論壇誌で執筆したりするのはどうしてでしょうか。

実は、私自身も、「保守」の人たちとよく論争になるんですよ。「保守」の中には例えば「女性は専業主婦で家にいればいいんだ」っていう方もいます。

私は、そのスタイルが多数派になったのは、せいぜい大正時代以降、もしくは戦後だと思います。それを「伝統的な日本の家族」とするのは間違いだと思います。伝統的な日本の庶民は、農家にお嫁さんが来て、一緒に働く、そして、産休ぐらいの時期、身体を休めたらまた農作業に出ておじいちゃんおばあちゃんが子育てをする。それが日本の伝統的な子育てだという見方があっても良いのではないでしょうか。

そこに戻れというわけではないですが、例えば親の近くに住む場合に住宅の手当を出すなどの方法で、そのような環境を受け継ぐことは可能ではないでしょうか。そういう話をしたりします。

――「保守」の方と議論をするというのは意外です。「男女は平等でなくてもよい」という考えの方と、同じような認識なのではないのですか?

 「男女平等」と言っても、何をもって平等と言うのかという基準によって、見方は変わると思います。例えば私は、男性と女性は、そもそも生物学的に、身体のつくりや妊娠出産などで、異なる点も多いため、すべてにおいて男性と女性が等しいとは言えないと思っています。

その上で、「女性は男性より下であるべき」との認識は持っていませんが、専業主婦になる選択肢は、残しておかないといけないとは思っているんですよ。昔の会社のように「結婚したら女は仕事を辞めろ」というのは押し付けですよ。でも、個人がライフスタイルを選べるようにする選択肢は残すべきです。私は、家事や子育てを行う専業主婦の方も、働く女性と同様に「輝く女性」であると思っています。

確かに「女性の方が下」という考えの方はまだまだ多いと感じます。でも、私は自分の講演会でも話しますよ。女性の政治家が増えたほうがいいという話、本当の伝統的な日本、伝統的な子育ての話なども。昔は、国連のことや、慰安婦について話すことが多かったですが。

 

慰安婦問題

――慰安婦をめぐる議論で杉田議員は注目されました。いまはそうした発言は減った印象です。変わるきっかけがあったのでしょうか?

慰安婦の話は、今はもうあまりする必要がなくなっていると思っているんです。たとえば、北朝鮮の拉致問題に関して、最初は極論と言われてみんな信じていなかったですよね。今は、日本中の人が知っている。

アメリカに、いきなり慰安婦像が建てられて「20万人が強制連行され性奴隷にされた」っていう説明があった、これはおかしいのではないか。そう言い始めた時には、「極論」だと言われましたよ。でも、今はもう浸透しました。だから、私が今更あえて慰安婦の話をする必要はあまりなくなったと思います。新聞を読んでいればわかることだからです。

だから逆に、私の講演を聴きに来てくださるような方には、少子化対策だったり、憲法改正、日本の未来に関する話をするほうがいいと思っています。

――慰安婦問題は、ずっとライフワークとして取り組むのかと思っていました。

ライフワークとしては今後も取り組みます。先人の方々の汚名を晴らしていかないといけないとは思っています。啓発として一定の役割は果たせたと思っています。

ただ、ひとつ申し上げておきたいのは、「慰安婦はただの売春婦だ」っていう人もおられますが、私が慰安婦問題に取り組む中で、そんなことを言ったことは一度もないです。親に売られたにせよ、騙されたにせよ、どんな理由であれ、そうなってしまったことは悲しい、辛いこと。今よりもっと貞操観念が厳しい時代に、理由はどうあれそれを職業にしなくちゃいけなかったこと。「お金をもらってたからいいじゃないか」っていう問題でもないし、その人たちが故郷に戻って隠さざるをえなかったのは事実だと思います。差別された、辛い経験だと思います。それを「ただの売春婦」と言って片付けられることではない。

しかし例えば「強制があったか、なかったか」などで事実とは違うことが世界中に流布されることについては、しっかり反論をして否定していく。ただ、元慰安婦の女性を貶めるという考えはありません。それははっきり言わせてください。

――朝鮮半島での慰安婦問題での「強制性」についてはどういうお考えなのか、改めて教えてください。

政府の見解通りです。日本の国内やアメリカの公文書館の調査で、強制連行を示すという資料は出てきていない、というのが私の立場です。

――例えば「強制性」については、実質的に軍の命令に従った業者が集めた、親に売られたなど、直接ではないにせよ、実質的にはその意向で集められた女性がいた「広い意味での強制性があった」という見解も否定しているのですか?

手配の業者が集めてというような、日本政府が直接的に関与していない、広い意味での強制性があったという可能性はあると思います。

しかし、政府が関与していないことで日本という国が責められるべきことではない。性犯罪国家というレッテルで貶められ、責められ続けるということはおかしいと思う。

朝日新聞の報道などによって、あたかも事実であるかのような印象が広められた「軍人が家に踏み込んできて無理やり娘を引きずり出して、トラックに乗せて連れて行った」ということの証拠はないわけです。広義の強制性があったとしても、日本政府が責められるのはおかしいというのが私の主張です。

――歴史問題では「南京大虐殺はなかった」というタイトルの講演会に出ていたこともありましたが…。

私が話したのは、カナダの州議会で「南京大虐殺記念日」が制定されたという動きについてです。その講演会で私が会自体のタイトルの主旨の主張をしたわけではありません。

――慰安婦問題は、戦時下で軍の関与のもと、女性や子供への暴力が行われたことについてどう捉えるか、という人権の話だと思います。それなのに、杉田議員の左派に対する激しい抗議など、様々な言動では、それすらも否定しているように見えます。

スイス・ジュネーブの国連欧州本部で行われた「女子差別撤廃委員会」にも行きました。ただ、委員会の設立根拠となる条約は1985年に結ばれたもので、法律と同様に制定や批准以前には遡及しないのが大前提なんです。未来志向で、「女性への差別をなくしていきましょう」ということを話し合う場であって、いつまでも慰安婦で世界中から責められるための場ではない。当時は諸外国においても売春が非合法とされていませんでした。是非は置いておいて、それは言わないといけないと思っています。

戦時下での性暴力は未だに様々な国で行われている。それを救うために各国はどういう行動が今できるかというのを本来、話し合う場なんです。

 

ヘイトスピーチを煽っているのでは?にどう答える

――歴史論争全般については、常に批判ばかりで、前向きな議論ができていないように思います。何が問題だと考えますか?

日韓の問題に限って言えば、1965年の日韓基本協定や慰安婦問題の日韓合意など「これで終わりです。その代わり補償はしますよ」という日本政府の努力を韓国側が破棄しているからでしょうね。日韓関係のボールは韓国側に問題があると思います。

――韓国籍の人や在日コリアンへのヘイトスピーチが行われています。杉田議員のTwitterを見ていると、そういう人の賛同を集めているように見えます。

私は、ヘイトスピーチは絶対に許せないことだと思っています。憤りを感じます。ただ、私が「強制連行はなかった」と主張したことに「お前はヘイトだ」って言われるのは違うと思うんですよ。

そこのところが非常に難しい。おっしゃるとおりで、私が書いたことに賛同される方のなかには、そのような方もいるかもしれない。でも、賛同者おひとりおひとりがどのようなバックグラウンドを持つ方々なのか、実は私も知りようがないんです。私の発言は私のもの、賛同者は賛同者と線引きをして見ていただくしかないと思います。

――しかし、杉田議員はヘイトスピーチをするような、いわゆる「ネトウヨ」の人を煽っているのでは?と見られています。Twitterでは、非常に攻撃的な印象を受けます。まるで、自分たちの支持者に攻撃しろと言っているかのようです。ある団体の住所を書いたこともありました。

扇動の意図はないんです。でも、第三者に扇動のように映ることがあるのであればそれは、今後真摯に受け止めて反省していかなければならないと思っています。今後の課題です。

――例えば、人を中傷するような発言をしたり、差別的な文章や本を書く専門家の方がいます。その方々とネット番組に一緒に出演したりするのは、自分はそうではないと言ったとしてもやはり同一視してしまいます。

どなたを前提にされているかわかりませんが、これまで共演してきた方々も差別や扇動の意図でご発言をしているわけではないと思います。みなさんとすべてにおいて考え方や意見が一致するわけではありませんが、考え方が同じ点や違う点も含め勉強になることも多く、人間としても尊敬している方々です。

ただ、最近は、雑誌やネット番組の出演は控えています。

――なぜ控えるようになったんですか?

私自身が至らない故に、考えを意図通りに伝えられず、誤解を与えてしまうことが多いからです。

また、本や雑誌って、売れないといけない宿命なので、過激なことを書いたほうが、売上が伸びてしまう。私も実は、出来上がって初めて「こんな過激な見出しになってるの?」と思うことが多かったんです。 

――関係を切れない理由はなんですか?選挙に勝たなければいけないからですか?

 違います。それぞれの方々との人間関係が大切だからです。そんなに保守の票がたくさんあれば、私、一度も落選してませんよね。

――杉田議員は比例中国ブロックで当選しています。「地盤」がある小選挙区出身の政治家と違って、名簿上位入りを目指して党幹部にアピールするために、ネットやメディアでの「人気」が不可欠なのでは。

 保守の人気に乗っかりたいであるとか、そういうつもりは全くありません。

一期目の慰安婦に関する質疑が注目されて名前が知られるようになりました。落選して海外でのスピーチなども行いましたが、これまであまり誰も手がけていなかった分野だったので本になって、講演に呼ばれたりするようになりました。人との出会いや色々なことで私の人生が変わりました。ですが、路線とか、保守人気とかは考えていないですね。

ただ、自民党の議員は野党の議員と比べて国会での質疑の機会が少ないんです。だから、有権者から、「何もしてないじゃないか」と映ってしまいがちなんです。そのために、言論活動やネットでの活動報告が重要になるという側面もあります。

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
杉田水脈議員

「セクハラはかわすことが大事」問題発言はなぜ?

 ――女性問題に関しては、伊藤詩織さんに関するBBCの番組で「セクハラはかわすことが大事」という発言をされていました。問題ではないですか。

#MeToo運動では、例えば有名な女優さんが「実はセクハラ被害に遭っていました」って言って、話題になりましたね。でも、毅然と断って、その結果仕事を干されてしまった人だってとても大変だったと思う。そっちの問題に、スポットが当たらない。

女性が社会で働く時には、セクハラの1つや2つは、受けることもあると思うんです。でもそのたびに訴訟を起こすことはできないから、みんな自分なりにかわしている。人によっては、これ以上は無理ということは断る。毅然と断った結果、昇進が遅れたりすることはいっぱいあって、私自身もそれを経験しています。

BBCの番組で話したその部分は、あくまでも「私はそうしてきた」という話です。

セクハラがない社会にすることを訴えていくのも大事だと思いますが、セクハラがあったけど自分はこうやって対処してきましたということを伝える年長者の知恵のようなものも求められると思うんですよ。

私はそういう考えで、私の考えを聞かれたから、そういう話をしました。私のスタンスはそうだと。だから、人に押し付けるつもりも、そうでない人を批判するつもりもないんです。それが押し付けがましいとか、他の女性に言うのが酷だろうと思われたのであれば、申し訳なかったなと思います。 

その長時間のインタビューがあのような形になってしまった。 

【関連記事:伊藤詩織さんに対する発言に、杉田水脈議員「私の表現の拙さ」

――ただ、かわせばいいということは、言ってはいけないと思います。「手を尽くすべきなのは、被害者」という主張になってしまい、加害者を免責してしまう。ただ、インタビューの最初でも発言していたように、杉田議員の考え方のベースとして「正直者が馬鹿を見る社会ではいけない」というのが信念だということがわかりました。差別への問題意識も感じます。しかしだからといって、比較的恵まれている人という例に出された「成功した後告発した女優」や「実家がお金持ちのシングルマザー」を叩くような必要はないのでは?

叩いたつもりも貶めたつもりもありませんし、「成功した後告発した女優」や「実家がお金持ちのシングルマザー」が悪いとは一切思っていませんが、そのように映っているのであれば真摯に反省しなければいけません。

#MeTooに関しては、やったらいいと思います。セクハラも、許しちゃいけないとも思う。とはいえ、声を上げることでギスギスして、自分の立場も不利になっていく可能性がある場合に、バランスを取るのは自分だと思うんですよ。

何かがあった時に声を上げるのか、それとも踏みとどまって働こうと思うのか。そこでバランスを決めるのは自分だと思うんです。

性犯罪に関しては、きちんと加害者側が罰を受けるということが大切で、相談機関と警察の連携が取れていないことも非常に重要な問題だと思っています。

――個人としてそう思うというのは自由だと思います。ただ、国会議員としての言葉としてはふさわしくないのでは?公的な場で、公職に就く人が発言すると、被害者に対する抑圧や、声をあげにくい社会につながってしまいます。

私がそういうふうに言ってしまうところがあるというのは反省点です。

ただ、大切なことは、犯罪をどうしたら減らせるのかということ。被害者のケアはもちろん大事だけれど、実際に犯罪がなくなることに目を向けないと。児童虐待も性犯罪も、力の弱いものに対して暴力を振るうのをやめなさいということは、子どもの頃から教えていくことをもう一度やっていかないといけない。

そして、やっぱり男性が、全く女性に対して性的な関心を寄せない社会になっちゃうと、それはそれでどうなんだろうとも思うんですよ。犯罪はダメですよ。痴漢したりは許せないですけど、まず性的な関心があって、そこから恋愛に発展して結婚したりするカップルもいたりする。これを全部ダメだという社会はどうなんだろうと思っていて。

犯罪が悪いというのは当たり前のことです。しかし、異性に対して性的な関心を持つのをやめろということって、できないのではないかと思うんですよ。だからこそ、社会が犯罪をなくす努力をすると同時に、女性にはある程度それをかわす技術を身に着けることが自身を守ることに繋がれば、という意味で申し上げました。

――私は職場や権力関係がある関係性ではその考えは、やめたほうがいいと思います。

ただ、権力関係があるかどうかを判断することって、すごく難しいんじゃないでしょうか?権力とは関係なく好意を寄せている場合もあるので。

その規制が行きすぎて、たとえば男性の上司が女性の部下に声をかけたら罰金です、とかそういう社会になってしまっては不健全ですよね。

私は常に、行き過ぎの社会になることに対する危惧があります。だからバランスが取れた社会にするにはどうすべきか、ということを政策の観点で意見を申し上げているんです。

例えば「ある自治体で副市長の男性が部下の女性とカラオケに行って、デュエットで肩に手を回した、男性は解職になった」という話を聞きました。それってどうなんだろうって思うんです。

その男性は、「セクハラ」とレッテルを貼られ、家族も誹謗中傷を受けて。それぐらいひどいことをやったんだろうか?って思います。

――「セクハラやモラハラなどによって社会が萎縮すると国益を失うことにつながる」とも、雑誌(『新潮45』2017年4月号「『セクハラ』で社会はおかしくなった」)に書かれていましたね。

例えば、髪の毛切った女性に「カワイイね」と言ってはダメ、とかいうポスターを見たことがあるんですよ。そりゃ男性は萎縮するよね、出生率も下がるよねって思います。

――私は仕事の関係では、身体のことに言及したり、接触したりするのは完全にダメだと思いますが。そもそも女性差別は日本にないと考えますか?

ないとは言わないですけど差別の度合いが大きいとは思っていません。例えばネパールは、国会議員の一定数は女性にしないといけないと憲法で定められている。だからジェンダーギャップ指数的には進んでいるように見えますが、女性の進学率も識字率も低く、未だに女性の人身売買もあります。政治への参画は日本よりも進んでいるが、女性の中の差別は日本よりもあると感じました。

 

どうして誰かを貶める発言をやめないのか?

――日本にも、女性差別はあるという考えなんですね?

あると思いますよ。私も経験しました。ただ、女性だから選挙権はありませんとか、立候補できないとかはない。法律上では、建前はパーフェクト。

だから日本は差別の度合いとしては小さいと思うんですよ。一部の外国にある生死に関わるような女性差別はないと思うんですよ。女性が教育の機会を訴えたら銃で撃たれるとか。でも女性の社会進出においては沢山の課題が残っていると思います。 

【関連記事:「LGBTは生産性が無い」の杉田水脈氏、過去には「日本に女性差別はない」発言も

――「男女共同参画」について、杉田議員は2014年の衆院本会議でこのように言っています。「日本は今まで男女の役割分担があったうえで、女性が大切にされていた。女性が輝けなくなったのは、男女共同参画で、伝統や慣習を破壊するナンセンスな男女平等を目指してきたことに起因する。男女平等は絶対に実現しない反道徳の妄想です」と。女性差別はあるけれど、男女平等は目指さなくても良いということなんでしょうか?

かつては妊娠して子供を生んで育てるのがポジティブなことだったのに、共同参画になると「男性ができることが、自分にはできない」という考えがどんどん進んでいく。そのうちに、妊娠出産がネガティブなことになってきている。それをそのまま言葉にしました。

――この発言からは、男性と女性の役割が固定化された考えや、さっき自分の考えではないと言っていた「女性は専業主婦であるべき」という思想を感じましたが。

「女性は専業主婦で三歩下がって」という戦後、古くても大正時代からの価値観を肯定したものではない。私はそういう考えは全然ありません。

男性は外に出て働くけれど、実は財布の紐は江戸時代から女性が握ってたんですよ。海外では、財布も男性が持っていたから、実は、日本のほうが男尊女卑じゃなかったとも言えます。寺子屋には女性の経営者や先生もいた。女流作家もいた。昔の日本の女性って不幸じゃなかったんじゃないかって話なんです。

――仮に制度はパーフェクトでも、先ほどの杉田議員のメーカー時代の話のように、「経営層はわかっていても現場で残っている差別」に苦しんでいる人は多いです。実態をどう正していきますか?

法制度は整っていても現場に浸透しない状況を、本当に打破するのはパイオニアになる女性自身の力だと思います。歩みは遅いかもしれないけど、私が就職した30年前から比べたらだいぶ良くなってきました。なぜなら、一生懸命がんばってきた女性が切り開いてきたから。だから、男女平等は法律や制度ではなく人が変えることだと思うんです。

私が政治家になれたのも、先人の女性政治家がいたから。セクハラとか、差別とか、今よりもっと大変だった時代を切り抜けて来てくださったから。だから、今、私ががんばることが大事なんじゃないかと思っています。

――女性の衆院議員は日本では、たった1割。女性議員を取り巻く環境は、これからどう変わっていくでしょうか? 

ライフステージにはいろんな考え方があっていいと思うんですよ。人生をデザインするのも自分だと思うので。議員になってから、育休を取ったり子育てしてもいいし、子育てが一旦終わってから議員になる人がいてもいい。選択肢があることが大事だと思います。

ただし、育休に限らず、病気や怪我の議員も、男女等しく代理投票などで議会活動が続けられるべきだと思っています。障害を持った議員も、もっと増えたほうがいいと思いますし。

――そういうメッセージはどう発信していくのでしょうか?

きょうの私のインタビューが出たら「保守」の方からは「失望した、がっかりしました」なんて言われるんじゃないでしょうか。でも私はそれはそれで大丈夫。「本当はこういう人だったんだ」って、たくさんの方々に知ってほしいと思っています。 

――「保守」や「リベラル」は考え方の違いだと思います。しかし、杉田議員は自分の考えを主張するために、誰かを貶めるというやり方が多すぎませんか?誰かを扇動するようなつもりはなくても、やはり、ネットなどで誰かを貶める発言をしていいんだというお墨付きを与えてしまった面があると思います。

そうですか…。勉強になります。

貶めるつもりや扇動するつもりがなくても、そのように映ってしまっていることは、真摯に受け止め反省し、今後の課題にしていきたいと思います。また、自身の立場をわきまえ、常に見られているんだという意識を忘れないようにしたいと思います。

 

「政治家としての発言」、どう考えている?

――発信することは難しいと杉田議員は感じますか? 

そうですね。先ほども申し上げた通り、貶めるつもりや扇動するつもりがなくても、そのように映ってしまっているということは、私がうまく発信ができていないということなんだと思います。私の発信も結局は、読む側の人の「ガス抜き」になってしまっていることもあるな、とは感じているんです。「よく言ってくれた!」と言われて満足していても、何も変わらないのでは意味がない。

特に二期目の当選以前は、そういう声に応えることが自分に与えられた仕事なんだと思っていた部分もあると思います。でも、与党になったら実際に変えられることが増えました。ただ「よく言ってくれた!」だけじゃなくて、一歩でも前に進めることができるんだということがわかってきたので、言葉での発信よりも実際の行動を重視するようになりました。

――政治家がみんなを「気持ちよくさせる」ことで、支持を集める。世界的にポピュリズムが強くなっている傾向があります。

そこは非常に、理解しています。勇ましいことを言ってくれる政治家を、国民は求めていますよね。自分が思っていることを代弁する政治家を求めていると。事務所には「もっとやってくれ、言ってくれ」というお電話もいただきます。

――支持者もそうですが、実は杉田議員は政治家の代弁者にもなっていたのではないですか?特に男女の問題では、思っていても言えない立場の与党の男性議員に、杉田議員は利用されているのでは。

 男女平等や共同参画において、「行き過ぎないように」とブレーキをかける政治家も必要なのではないでしょうか?理解推進はしてほしいが、直ちに何かを禁止するようなことは行き過ぎではないか。誰も言わないなら、私が言わなくちゃ、ということもありました。

でもその件で苦しんでいる人には歓迎されないですよね。

――女性の政治家がそもそも少ないですから、女性の国会議員が慰安婦問題や歴史問題について発言したということが、保守派の中では珍しかったのかもしれません。

そうでしょうね。そういうのはあると思います。

しかし、まつり上げられる部分もあれば、バッシングされる部分もあって、これも両方女性なんですよね。

女性が大臣になったら、必ず叩かれますよね。ファッションがどうのこうの、些細なことまで。あれを見て、女の子が大きくなって政治家になろうと思いますか?みなさんが実績あるすごい方なんです。「かっこいいな、ああなりたいな」って思ってくれたら、子どもにとってもいいロールモデルになると思うんだけれど。みんな叩いて、嫌な面ばかりを出しますね。

 私も、講演を聞いてくださった方に「あなたのことが嫌いで仕方なかった、テレビに出てきたらチャンネルを変えました、でも直接会ってイメージが変わりました」と言われたことがあります。でも会える人は限られているんですよね。本来の私を知っていただけるよう、伝える努力をしなければいけないと思っています。